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説疑說疑

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 11 · 漢字 2,642字 · 朗読 10.6分

韓非子(韓非の書) 說疑 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

凡治之大者,非謂其賞罰之當也。賞無功之人,罰不辜之民,非所謂明也。賞有功,罰有罪,而不失其人,方在於人者也,非能生功止過者也。是故禁姦之法,太上禁其心,其次禁其言,其次禁其事。今世皆曰「尊主安國者必以仁義智能」,而不知卑主危國者之必以仁義智能也。故有道之主,遠仁義,去智能,服之以法。是以譽廣而名威,民治而國安,知用民之法也。凡術也者,主之所執也;法也者,官之所師也。然使郎中日聞道於郎門之外,以至於境内日見法,又非其難者也。

そもそも治めの大きなものは、その賞罰が当を得ていることを言うのではない。功のない人に賞を与え、罪のない民を罰するのは、いわゆる明ではない。功のある者に賞を与え、罪のある者を罰して、その人を取り違えないことは、しょせん人にかかっていることであって、功を生み過ちを止められるものではない。それゆえ邪を禁じる法は、最上がその心を禁じること、次がその言を禁じること、次がその事を禁じることである。いま世はみな「主君を尊び国を安らかにするには必ず仁義と智能による」と言いながら、主君を低め国を危うくするのもまた必ず仁義と智能によることを知らない。だから道のある君主は仁義を遠ざけ、智能を捨て、法によって人を服させる。それゆえ誉れは広く名は威を持ち、民は治まり国は安らかになる。民を用いる法を知っているからである。そもそも術とは主君が握るべきものであり、法とは官が師とすべきものである。そのうえで郎中が日ごと郎門の外で道を聞き、領内が日ごと法を目にするようにさせることは、これもまた難しいことではない。

昔者有扈氏有失度,讙兜氏有孤男,三苗有成駒,桀有侯侈,紂有崇侯虎,晉有優施,此六人者,亡國之臣也。言是如非,言非如是,内險以賊,其外小謹,以徵其善;稱道往古,使良事沮;善禪其主,以集精微,亂之以其所好,此夫郎中左右之類者也。往世之主,有得人而身安國存者,有得人而身危國亡者。得人之名一也,而利害相千萬也,故人主左右不可不慎也。爲人主者誠明於臣之所言,則別賢不肖如黑白矣。

昔、有扈氏に失度があり、讙兜氏に孤男があり、三苗に成駒があり、桀に侯侈があり、紂に崇侯虎があり、晋に優施があった。この六人は国を滅ぼした臣である。正しいことを誤りのように言い、誤りを正しいことのように言い、内では険しく人を害しながら、外では小さく慎んでその善さを見せる。昔の古い例を持ち出して善い事を阻み、その主君をうまく惑わして微かな心を集め、好むものによって乱す。これが郎中や側近の類である。過ぎた世の君主には、人を得て身が安らかで国が存続した者もあり、人を得て身が危うく国が滅んだ者もある。人を得たという名は一つなのに、利と害は千万も違う。だから君主は側近を慎まないわけにいかない。君主たる者がまことに臣の言うところに明らかであれば、賢と不肖を分けるのは黒と白のようである。

若夫許由、續牙、晉伯陽、秦顛頡、衛僑如、狐不稽、重明、董不識、卞隨、務光、伯夷、叔齊,此十二人者,皆上見利不喜,下臨難不恐,或與之天下而不取,有萃辱之名,則不樂食穀之利。夫見利不喜,上雖厚賞,無以勸之;臨難不恐,上雖嚴刑,無以威之,此之謂不令之民也。此十二人者,或伏死於窟穴,或槁死於草木,或饑餓於山谷,或沉溺於水泉。有民如此,先古聖王皆不能臣,當今之世,將安用之?

あの許由、続牙、晋の伯陽、秦の顛頡、衛の僑如、狐不稽、重明、董不識、卞随、務光、伯夷、叔斉のような者たち、この十二人はみな上では利を見ても喜ばず、下では難に臨んでも恐れず、天下を与えられても取らず、辱められる名が伴うなら穀を食む利を楽しまなかった。そもそも利を見ても喜ばなければ、上がいくら厚く賞しても励ますすべがない。難に臨んでも恐れなければ、上がいくら刑を厳しくしても威すすべがない。これを令の及ばぬ民という。この十二人は、洞穴に伏して死に、草木のあいだで枯れ死に、山谷で飢え死に、水に沈んで死んだ。こうした民があれば、古の聖王もみな臣とすることができなかった。今の世で、いったい何に用いようか。

若夫關龍逄、王子比干、隨季梁、陳泄冶、楚申胥、吳子胥,此六人者,皆疾爭強諫以勝其君。言聽事行,則如師徒之勢;一言而不聽,一事而不行,則陵其主以語,待之以其身,雖身死家破,要領不屬,手足異處,不難爲也。如此臣者,先古聖王皆不能忍也,當今之時,將安用之?

あの関龍逄、王子比干、随の季梁、陳の泄冶、楚の申胥、呉の子胥のような者たち、この六人はみな激しく争い強く諫めてその君に勝とうとした。言が聞かれ事が行われれば師と弟子の勢いとなり、一言が聞かれず一事が行われなければ、言葉でその主君を踏み越え、自分の身をもって立ち向かい、身は死に家は破れ、腰と首がつながらず手足が別のところに置かれても、それを難しがらなかった。こうした臣は、古の聖王もみな忍ぶことができなかった。今の時に、いったい何に用いようか。

若夫齊田恆、宋子罕、魯季孫意如、晉僑如、衛子南勁、鄭太宰欣、楚白公、周單荼、燕子之,此九人者之爲其臣也,皆朋黨比周以事其君,隱正道而行私曲,上偪君,下亂治,援外以撓内,親下以謀上,不難爲也。如此臣者,唯聖王智主能禁之,若夫昏亂之君,能見之乎?

あの斉の田恆、宋の子罕、魯の季孫意如、晋の僑如、衛の子南勁、鄭の太宰欣、楚の白公、周の単荼、燕の子之のような者たち、この九人の臣としてのふるまいは、みな朋党を組んでその君に仕え、正しい道を隠して私の曲がったことを行い、上では君を迫り、下では治めを乱し、外を引いて内を揺さぶり、下に親しんで上を謀ることを難しがらなかった。こうした臣は、聖王や智ある主君だけがこれを禁じられる。あの昏く乱れた君が、それを見抜けようか。

若夫后稷、臯陶、伊尹、周公旦、太公望、管仲、隰朋、百里奚、蹇叔、舅犯、趙衰、范蠡、大夫種、逢同、華登,此十五人者爲其臣也,皆夙興夜寐,卑身賤躰,竦心白意;明刑辟、治官職以事其君,進善言、通道法而不敢矜其善,有成功立事而不敢伐其勞;不難破家以便國,殺身以安主,以其主爲高天泰山之尊,而以其身爲壑谷鬴洧之卑;主有明名廣譽於國,而身不難受壑谷鬴洧之卑。如此臣者,雖當昏亂之主尚可致功,況於顯明之主乎?此謂霸王之佐也。

あの后稷、皐陶、伊尹、周公旦、太公望、管仲、隰朋、百里奚、蹇叔、舅犯、趙衰、范蠡、大夫種、逄同、華登のような者たち、この十五人の臣としてのふるまいは、みな朝早く起き夜遅く寝て、身を低くし自らを賤しくし、心を張り意を清くした。刑罰を明らかにし官職を整えてその君に仕え、善い言を進め道と法を通じさせながら、あえてその善さを誇らず、功を成し事を立てても、あえてその労を自慢しなかった。国を便にするために家を破り、主君を安らかにするために身を殺すことを難しがらず、その主君を高い天や泰山の尊さとし、自分の身を谷や窪みの低さとした。主君には明らかな名と広い誉れを国に得させながら、自分の身は谷や窪みの低さを受けることを難しがらなかった。こうした臣は、昏く乱れた主君に当たってもなお功を成しうる。まして顕れて明らかな主君のもとならなおさらである。これを覇王を補佐する者という。

若夫周滑之、鄭王孫申、陳公孫寧、儀行父、荊芋尹申亥、隨少師、越種干、吳王孫頟、晉陽成泄、齊竪刁、易牙,此十二人者之爲其臣也,皆思小利而忘法義,進則揜蔽賢良以陰闇其主,退則撓亂百官而爲禍難;皆輔其君,共其欲,苟得一說於王,雖破國殺衆,不難爲也。有臣如此,雖當聖王尚恐奪之,而況昏亂之君,其能無失乎?有臣如此者,皆身死國亡,爲天下笑。故周威公身殺,國分爲二;鄭子陽身殺,國分爲三;陳靈公身死於夏徵舒氏;荊靈王死於乾谿之上;隨亡於荊;吳并於越;知伯滅於晉陽之下;桓公身死七日不收。故曰:諂諛之臣,唯聖王知之,而亂主近之,故至身死國亡。

あの周の滑之、鄭の王孫申、陳の公孫寧、儀行父、楚の芋尹申亥、随の少師、越の種干、呉の王孫頟、晋の陽成泄、斉の竪刁、易牙のような者たち、この十二人の臣としてのふるまいは、みな小さな利を思って法と義を忘れ、進み出れば賢良の者を覆い隠してその主君を暗くし、退けば百官を揺さぶり乱して禍と難を作った。みなその君に迎合してその欲を共にし、かりそめにも王に一度の喜びを得られれば、国を破り衆を殺すことさえ難しがらなかった。こうした臣があれば、聖王に当たってさえ奪われることを恐れるのに、まして昏く乱れた君が失わずにいられようか。こうした臣を持った者はみな身は死に国は滅び、天下の笑いものとなった。だから周の威公は身を殺され国は二つに分かれ、鄭の子陽は身を殺され国は三つに分かれ、陳の霊公は夏徴舒氏に殺され、楚の霊王は乾谿のほとりで死に、随は楚に滅ぼされ、呉は越に併せられ、智伯は晋陽の下で滅び、桓公は身が死んで七日のあいだ収められなかった。だから言う、諂う臣は聖王だけがこれを見抜き、乱れた主君はこれを近づけるので、身が死に国が滅ぶに至るのである。

夾注 1

底本は周滑之である。「滑之(こつし)」と読んだ。 ― 訳者

聖王明君則不然,内舉不避親,外舉不避讎。是在焉,從而舉之;非在焉,從而罰之。是以賢良遂進而姦邪並退,故一舉而能服諸侯。其在記曰:堯有丹朱,而舜有商均,啓有五觀,商有太甲,武王有管、蔡。五王之所誅者,皆父兄子弟之親也,而所殺亡其身、殘破其家者何也?以其害國傷民敗法類也。觀其所舉,或在山林藪澤巖穴之間,或在囹圄緤紲纏索之中,或在割烹芻牧飯牛之事。然明主不羞其卑賤也,以其能爲可以明法,便國利民,從而舉之,身安名尊。

聖王や明君はそうではない。内から挙げるときは親しい者を避けず、外から挙げるときは仇を避けない。正しさがそこにあればそれに従って挙げ、誤りがそこにあればそれに従って罰する。それゆえ賢良の者はついに進み、邪悪な者はともに退く。だから一度挙げるだけで諸侯を服させられる。記録にこうある。堯に丹朱があり、舜に商均があり、啓に五観があり、商に太甲があり、武王に管叔・蔡叔があった。五人の王が誅した者はみな父・兄・子・弟の親しい間柄であるのに、その身を殺し滅ぼし、その家を壊し破ったのはなぜか。彼らが国を害し民を傷つけ、法の筋を崩したからである。彼らが挙げた者を見れば、山林・藪沢・岩穴のあいだにいた者もあり、牢に入れられ縄に縛られていた者もあり、肉を切り煮る仕事、飼葉をやり牛を飼う仕事にいた者もある。しかし賢明な君主はその卑賤を恥じなかった。その能が法を明らかにし国を便にし民を利しうると見て、それに従って挙げたので、身は安らかで名は尊かった。

亂主則不然,不知其臣之意行,而任之以國,故小之名卑地削,大之國亡身死,不明於用臣也。無數以度其臣者,必以其衆人之口斷之。衆之所譽,從而悅之;衆之所非,從而憎之。故爲人臣者破家殘賥,内搆黨與、外接巷族以爲譽,從陰約結以相固也,虚相與爵祿以相勸也。曰:「與我者將利之,不與我者將害之。」衆貪其利,劫其威:「彼誠喜,則能利己;忌怒,則能害己。」衆歸而民留之,以譽盈於國,發聞於主。主不能理其情,因以爲賢。彼又使譎詐之士,外假爲諸侯之寵使,假之以輿馬,信之以瑞節,鎮之以辭令,資之以幣帛,使諸侯淫說其主,微挾私而公議。所爲使者,異國之主也;所爲談者,左右之人也。主說其言而辯其辭,以此人者天下之賢士也。内外之於左右,其諷一而語同。大者不難卑身尊位以下之,小者高爵重祿以利之。夫姦人之爵祿重而黨與彌衆,又有姦邪之意,則姦臣愈反而說之,曰:「古之所謂聖君明王者,非長幼世及以次序也;以其搆黨與,聚巷族,偪上弑君而求其利也。」彼曰:「何知其然也?」因曰:「舜偪堯,禹偪舜,湯放桀,武王伐紂。此四王者,人臣弑其君者也,而天下譽之。察四王之情,貪得之意也;度其行,暴亂之兵也。然四王自廣措也,而天下稱大焉;自顯名也,而天下稱明焉。則威足以臨天下,利足以蓋世,天下從之。」又曰:「以今時之所聞,田成子取齊,司城子罕取宋,太宰欣取鄭,單氏取周,易牙之取衛,韓、魏、趙三子分晉,此八人者,臣之弑其君者也。」姦臣聞此,蹷然舉耳以爲是也。故内搆黨與,外攄巷族,觀時發事,一舉而取國家。且夫内以黨與劫弑其君,外以諸侯之權矯易其國,隱正道,持私曲,上禁君,下撓治者,不可勝數也。是何也?則不明於擇臣也。記曰:「周宣王以來,亡國數十,其臣弑其君而取國者衆矣。」然則難之從内起與從外作者相半也。能一盡其民力,破國殺身者,尚皆賢主也。若夫轉身易位,全衆傳國,最其病也。

乱れた主君はそうではない。その臣の意と行いを知らないまま国を任せるので、小さくは名が低くなり地が削られ、大きくは国が滅び身が死ぬ。臣を用いることに明らかでないからである。その臣を測る数がない者は、必ず人々の口で決める。衆が誉めるところに従ってそれを喜び、衆が非とするところに従ってそれを憎む。だから臣たる者は家を破り財を減らして、内では党を組み、外では街の仲間と交わって誉れを作り、ひそかに約を結んで互いに固め、空手形の爵禄を与え合って互いに励ます。そして「私に味方する者は利し、私に味方しない者は害する」と言う。衆はその利を貪り、その威に脅え、「あの人がまことに喜べば自分を利してくれ、嫌って怒れば自分を害しうる」と言う。衆が帰し民が留まって誉れが国に満ち、主君の耳に入る。主君はその実情を整理できず、そのまま賢者だと思う。彼はさらに偽りの巧みな士を使い、外では諸侯の寵愛する使者のように装わせ、車馬を貸し、割り符で信を持たせ、辞令で重みを添え、幣帛で資金を与えて、諸侯がその主君に大げさに語らせ、ひそかに私を抱えながら公の議であるかのようにさせる。使者として立てた相手は他国の主君であり、語った者は側近の人である。主君はその言を喜びその弁を良しとして、この人こそ天下の賢士だと思う。内と外とが側近について、その言い回しは一つで言うことも同じである。大きくは身を低くし位を高くしてその者に下ることを難しがらず、小さくは高い爵と重い禄で利を与える。そもそも邪な人の爵禄が重くなり党がますます多くなり、さらに邪悪な意を抱けば、邪な臣はいよいよ転じてこう言う。「古のいわゆる聖君明王という者は、年の順や代を継ぐ順序でそうなったのではない。党を組み街の仲間を集め、上を迫り君を殺してその利を求めたのだ。」相手が「どうしてそうだと分かるのか」と言えば、続けてこう言う。「舜は堯を迫り、禹は舜を迫り、湯は桀を追放し、武王は紂を討った。この四人の王は、臣としてその君を殺した者であるのに、天下は彼らを誉める。四王の実情を調べれば、得ようと貪った意であり、その行いを測れば、暴虐で乱れた兵である。それなのに四王は自ら広く構えたのに天下は大と称え、自ら名を顕したのに天下は明と称えた。それなら威は天下に臨むに足り、利は世を覆うに足る。天下はそれに従うのだ。」またこう言う。「今の時に聞くところでは、田成子が斉を取り、司城の子罕が宋を取り、太宰欣が鄭を取り、単氏が周を取り、易牙が衛を取り、韓・魏・趙の三人が晋を分けた。この八人は、臣としてその君を殺した者である。」邪な臣はこれを聞き、さっと耳を立ててそのとおりだと思う。だから内では党を組み、外では街の仲間を広げ、時を見て事を起こし、一挙に国家を奪う。しかもそもそも内では党によってその君を脅かし殺し、外では諸侯の権によってその国を曲げ変え、正しい道を隠し私の曲がったことを保ち、上では君を禁じ下では治めを揺さぶる者は、数えきれない。これはなぜか。臣を択ぶことに明らかでないからである。記録に「周の宣王以来、滅びた国は数十、その臣が君を殺して国を取った者は多い」とある。それなら難が内から起こるのと外から起こるのとは半々である。一度その民の力を尽くして国を破り身を殺した者は、それでもみな賢い主君のほうである。あの身を転じ位を替え、衆を全うして国を渡してしまうのが、最も重い病である。

爲人主者,誠明於臣之所言,則雖罼弋馳騁,撞鐘舞女,國猶且存也;不明臣之所言,雖節儉勤勞,布衣惡食,國猶自亡也。趙之先君敬侯,不修德行,而好縱慾,適身體之所安,耳目之所樂,冬日罼弋,夏浮淫,爲長夜,數日不廢御觴,不能飲者以筩灌其口,進退不肅、應對不恭者斬於前。故居處飲食如此其不節也,制刑殺戮如此其無度也,然敬侯享國數十年,兵不頓於敵國,地不虧於四鄰,内無羣臣百官之亂,外無諸侯鄰國之患,明於所以任臣也。燕君子噲,邵公奭之後也,地方數千里,持戟數十萬,不安子女之樂,不聽鐘石之聲,内不堙汙池臺榭,外不罼弋田獵,又親操耒耨以修畎畝。子噲之苦身以憂民如此其甚也,雖古之所謂聖王明君者,其勤身而憂世不甚於此矣。然而子噲身死國亡,奪於子之,而天下笑之。此其何故也?不明乎所以任臣也。

君主たる者がまことに臣の言うところに明らかであれば、網を張り弋射をし馬を駆り、鐘を打ち女を舞わせても、国はそれでもなお存続する。臣の言うところに明らかでなければ、節し倹しくし勤め労し、布衣に粗食であっても、国はそれでも自ずと滅びる。趙の先君の敬侯は徳行を修めず欲を恣にすることを好み、身体の安らかなところ、耳目の楽しいところに合わせた。冬の日には網を張り弋射をし、夏には水遊びに耽り、長夜の宴を張って数日も杯を下げず、飲めない者には筒でその口に注ぎ込み、進退が厳めしくなかったり応対が恭しくなかった者を前で斬った。だから居住も飲食もこれほど節度がなく、刑と誅を下すこともこれほど度がなかったのに、敬侯が国を享けたことは数十年、兵は敵国に鈍らず地は四隣に欠けず、内には臣下や百官の乱れがなく、外には諸侯や隣国の患いがなかった。臣に任せる道に明らかだったからである。燕君の子噲は邵公奭の後で、地は四方数千里、戟を持つ兵は数十万であった。宮中の女たちの楽しみに安んぜず、鐘や石の音を聞かず、内では池や台や榭を掘り築かず、外では網を張らず狩りをせず、さらに自ら鋤と鍬を手にして畦と畝を手入れした。子噲が身を苦しめて民を憂えたことはこれほど甚だしく、古のいわゆる聖王明君であっても、身を勤め世を憂えることがこれ以上であったことはない。それなのに子噲は身は死に国は滅び、子之に奪われて天下の笑いものとなった。これはどういう理由か。臣に任せる道に明らかでなかったからである。

故曰:人臣有五姦,而主不知也。爲人臣者,有侈用財貨賂以取譽者,有務慶賞賜予以移衆者,有務朋黨徇智尊士以擅逞者,有務解免赦罪獄以事威者,有務奉下直曲、怪言、偉服、瑰稱以眩民耳目者。此五者,明君之所疑也,而聖主之所禁也。去此五者,則譟詐之人不敢北面立談,文言多、實行寡而不當法者不敢誣情以談說。是以羣臣居則修身,動則任力,非上之令不敢擅作疾言誣事,此聖王之所以牧臣下也。彼聖主明君,不適疑物以闚其臣也。見疑物而無反者,天下鮮矣。故曰:孽有擬適之子,配有擬妻之妾,廷有擬相之臣,臣有擬主之寵,此四者,國之所危也。故曰:内寵並后,外寵貳政,枝子配適,大臣擬主,亂之道也。故《周記》曰:「無尊妾而卑妻,無孽適子而尊小枝,無尊嬖臣而匹上卿,無尊大臣以擬其主也。」四擬者破,則上無意、下無怪也;四擬不破,則隕身滅國矣。

だから言う、臣には五つの邪があるのに、主君はそれを知らない。臣たる者のうちには、財貨や賄賂を派手に使って誉れを取る者があり、祝いや賞や下し物に努めて衆の心を移す者があり、朋党に努め智者に従い士を尊んで思いのままにふるまう者があり、罪や裁きを解き免じ赦すことに努めて自分の威を作る者があり、下にへつらい曲がったものを直と言い、怪しい言葉、異様な衣、奇抜な言い回しで民の耳目を眩ませる者がある。この五つは賢明な君主が疑うところであり、聖なる主君が禁ずるところである。この五つを除けば、騒がしく偽る人はあえて君の前に進み出て立って語ることができず、飾った言が多く実の行いが少なくて法に合わない者はあえて実情を偽って説くことができない。それゆえ臣下は居れば身を修め、動けば力に任せ、上の令でなければあえて勝手に急な言を立て事を偽ることをしない。これが聖王が臣下を牧する道である。あの聖なる主君、賢明な君主は、疑わしいものを当てはめてその臣を窺うことはしない。疑わしいものを見せられて裏切らない者は、天下に稀である。だから言う、庶子に嫡子に見立てられる子があり、配偶に妻に見立てられる妾があり、朝廷に相に見立てられる臣があり、臣に主君に見立てられる寵があれば、この四つは国が危うくなるところである。だから言う、内の寵が后と並び、外の寵が政を二つにし、枝の子が嫡子と並び、大臣が主君に見立てられるのは、乱れの道である。だから『周記』に「妾を尊んで妻を卑しくするな。嫡子を庶子扱いにして小さな枝を尊ぶな。お気に入りの臣を尊んで上卿と並べるな。大臣を尊んでその主君に見立てさせるな」とある。四つの見立てが破れれば、上に別の意はなく下に怪しいことはない。四つの見立てが破れなければ、身は落ち国は滅びる。