いにしえの文 › 淮南子(淮南の学士たちの書)

覽冥訓

淮南子(淮南の学士たちの書) 淮南子 · 劉安と文客たち · 紀元前139年頃 · 段落 14 · 漢字 3,136字 · 朗読 12.5分

淮南子(淮南の学士たちの書) 漢の淮南王・劉安が文客たちとともに編んだ書である。道徳経・荘子・列子に続く道家の四番目の位置に置かれるが、一人の声ではなく、幾つもの手が分けて書いた百科に近い。天と地の枠組み(天文・地形・時則)、人の精神と治め、兵法と箴言までを一つの家に全部入れてある。 嫦娥が西王母の不死の薬を盗んで月へ逃げたという話が初めて記されたところが覧冥訓である。今に伝わる月の神話の根がここの一行である。 説山訓と説林訓の二篇は短い箴言を次々に並べており、道応訓は物語五十五段のそれぞれを「ゆえに老子が言うには」で結ぶ。古い話を道徳経の句に一つずつ合わせてみたことになる。 時則訓は東方の果てを「碣石山を過ぎ、朝鮮を過ぎる」と定め、人間訓は秦の始皇が長い城を築いて「東は朝鮮に結んだ」と記す。漢の初めに朝鮮がどのあたりと考えられていたかを示す二箇所である。

昔者,師曠奏白雪之音,而神物為之下降,風雨暴至。平公癃病,晉國赤地。庶女叫天,雷電下擊,景公台隕,支體傷折,海水大出。夫瞽師、庶女,位賤尚葈,權輕飛羽,然而專精厲意,委務積神,上通九天,激厲至精。由此觀之,上天之誅也,雖在壙虛幽間,遼遠隱匿,重襲石室,界障險阻,其無所逃之亦明矣。

かつて師曠が白雪の曲を奏すると、神なるものがそのために降り、風雨が激しく至った。平公は背を病み、晋の国は赤裸の地となった。庶女が天に叫ぶと、雷と電が降りかかり、景公の台は崩れ、手足は傷み折れ、海水が大きく溢れ出た。そもそも瞽の楽師と庶女は、身分は藁ほどに賤しく、権勢は飛ぶ羽ほどに軽かったが、精をひとすじにし意を研ぎ、務めを委ねて神を積み、上は九天に通じ、至上の精を激しく研いだ。これから見れば、上なる天の誅しは、たとえ空の穴や幽かな隙間、はるかに離れ隠れた所、重なる石の室、険しい境の中にいても、逃れる所がないこともまた明らかである。

武王伐紂,渡于孟津,陽侯之波,逆流而擊,疾風晦冥,人馬不相見。於是武王左操黃鉞,右秉白旄,瞋目而捴之曰:「余任天下,誰敢害吾意者!」於是,風濟而波罷。魯陽公與韓構難,戰酣日暮,援戈而捴之,日為之反三舍。夫全性保真,不虧其身,遭急迫難,精通於天。若乃未始出其宗者,何為而不成!夫死生同域,不可脅陵,勇武一人,為三軍雄。彼直求名耳,而能自要者尚猶若此,又況夫宮天地,懷萬物,而友造化,含至和,直偶於人形,觀九鑽一,知之所不知,而心未嘗死者乎!

武王が紂を伐とうとして孟津を渡るとき、陽侯の波が逆流して打ちつけ、疾い風に暗くなって、人も馬も互いに見えなかった。そこで武王は左手に黄色い鉞を執り、右手に白い旄を持ち、目を怒らせて振りかざしていった。「私は天下を任されている。誰が敢えて私の意を害するのか。」そこで風は収まり波は止んだ。魯陽公が韓と難を構え、戦いが熱して日が暮れると、戈を引いて振りかざしたので、日はそのために三舎を戻った。そもそも性を全うし真を保ち、その身を欠かさなければ、急な差し迫った難に遭っても、精は天に通じる。まだその宗から出ていない者であれば、何を為しても成らないことがあろうか。そもそも死と生が同じ領域であれば、脅し凌ぐことはできないので、勇ましい一人が三軍の雄となる。彼らはただ名を求めているだけなのに、自ら要求できる者がなおこのようであるのだから、まして天地を宮とし、万物を懐き、造化と友となり、至上の和を含み、ただ人の形に身を寄せ、九を観て一を鑽ち、知の知らないところを知って、心がいまだ死んだことのない者ならなおさらである。

昔雍門子以哭見於孟嘗君,已而陳辭通意,撫心發聲。孟嘗君為之增欷歍唈,流涕狼戾不可止。精神形於內,而外諭哀于人心,此不傳之道。使俗人不得其君形者而效其容,必為人笑。故蒲且子之連鳥於百仞之上,而詹何之騖魚於大淵之中,此皆得清淨之道,太浩之和也。夫物類之相應,玄妙深微,知不能論,辯不能解,故東風至而酒湛溢,蠶咡絲而商弦絕,或感之也。畫隨灰而月運闕,鯨魚死而彗星出,或動之也。故聖人在位,懷道而不言,澤及萬民。君臣乖心,則背譎見於天,神氣相應,徵矣。故山雲草莽,水雲魚鱗,旱雲煙火,涔雲波水,各象其形類,所以感之。

かつて雍門子が泣くことによって孟嘗君に会った。やがて言葉を陳べて意を通わせ、胸を撫でて声を発した。孟嘗君はそのために嘆きを重ねてむせび、涕が流れて乱れ止めることができなかった。精神が内に形をなして、外で人の心に哀しみを悟らせたのであり、これは伝えられない道である。俗人にその君たる形を得ないまま、その姿を真似させれば、必ず人に笑われる。だから蒲且子が百仞の上で鳥を続けて落とし、詹何が大きな淵のなかで魚を馳せたのは、みな清らかな静けさの道、太浩の和を得たものである。そもそも物のたぐいが互いに応じることは、玄かに妙で深く微かであって、知では論じられず、弁では解けない。だから東風が至れば酒が湧き溢れ、蚕が糸を吐けば商の弦が切れる。これは感じ合うからである。絵が灰に従って月が虧け、鯨が死して彗星が出る。これは動かし合うからである。だから聖人が位に在れば、道を懐いて語らなくても、恵みは万民に及ぶ。君と臣が心を違えれば、背き違うさまが天に現れる。神と気が互いに応じるという徴である。だから山の雲は草むらのようであり、水の雲は魚の鱗のようであり、旱の雲は煙と火のようであり、長雨の雲は波のようである。それぞれその形のたぐいに象って、感じ合うゆえである。

夫陽燧取火于日,方諸取露於月,天地之間,巧曆不能舉其數,手徽忽怳,不能覽其光,然以掌握之中,引類於太極之上,而水火可立致者,陰陽同氣相動也。此傅說之所以騎辰尾也。故至陰飂々,至陽赫赫,兩者交接成和,而萬物生焉。眾雄而無雌,又何化之所能造乎?所謂不言之辯,不道之道也。故召遠者使無為焉,親近者使無事焉,惟夜行者為能有之。故卻走馬以糞,而車軌不接于遠方之外,是謂坐馳陸沈,晝冥宵明,以冬鑠膠,以夏造冰。夫道者,無私就也,無私去也。能者有餘,拙者不足,順之者利,逆之者凶。譬如隋侯之珠,和氏之璧,得之者富,失之者貧,得失之度,深微窈冥,難以知論,不可以辯說也。何以知其然?今夫地黃主屬骨,而甘草主生肉之藥也,以其屬骨,責其生肉,以其生肉,論其屬骨,是猶王孫綽之欲倍偏枯之藥,而欲以生殊死之人,亦可謂失論矣!

そもそも陽燧が日から火を取り、方諸が月から露を取ることは、天地のあいだで、巧みな暦家でもその数を挙げられず、手はおぼろに惑ってその光を捉えられないのに、掌のうちで太極の上からたぐいを引き寄せ、水と火をたちまち至らせることができるのは、陰陽が同じ気で互いに動くからである。これが傅説が辰尾に騎った理由である。だから至上の陰は冷え冷えとし、至上の陽は燃え立ち、二つが交わり接して和を成して、万物が生まれる。雄ばかりで雌がなければ、どんな変化を造りえよう。いわゆる語らない弁、道といわぬ道である。だから遠くの者を招く者は無為であらせ、近くの者を親しむ者は無事であらせる。ただ夜に行く者だけがこれを持ちえる。だから走る馬を退けて糞を運ばせ、車の轍が遠方の外に接しない。これを坐ったまま馳せ、陸に沈むといい、昼に暗く夜に明るいといい、冬によって膠を溶かし、夏によって氷を造るという。そもそも道は、私して就くことがなく、私して去ることがない。能ある者には余りがあり、拙い者には足らない。これに順う者は利し、逆らう者は凶しい。たとえば隋侯の珠や和氏の璧のようなもので、これを得た者は富み、失った者は貧しい。得失の度は深く微かに奥深く暗くて、知によって論じがたく、弁によって説くことができない。何によってそうと知るのか。いま地黄は骨を繋ぐことを主り、甘草は肉を生やすことを主る薬である。骨を繋ぐものに肉を生やすことを責め、肉を生やすものに骨を繋ぐことを論じるのは、王孫綽が半身不随の薬を倍にして、死んだ人を生かそうとしたのと同じで、やはり論を失っているといえる。

若夫以火能焦木也,因使銷金,則道行矣。若以慈石能運鐵也,而求其引瓦,則難矣。物固不可以輕重論也。夫燧之取火於日,慈石之引鐵,蟹之敗漆,葵之鄉日,雖有明智,弗能然也。故耳目之察,不足以分物理;心意之論,不足以定是非。故以智為治者,難以持國,唯通於太和,而持自然之應者,為能有之。故嶢山崩而薄落之水涸,區冶生而淳鉤之劍成。紂為無道,左強在側;太公並世,故武王之功立。由是觀之,利害之路,禍福之門,不可求而得也。

火が木を焦がせることによって金を溶かさせるのであれば、道は行われる。しかし磁石が鉄を動かせることによって、瓦を引くことを求めるのであれば、難しい。物はもともと軽重によって論じることができない。そもそも燧が日から火を取ること、磁石が鉄を引くこと、蟹が漆を損なうこと、葵が日に向かうことは、たとえ明るい知があっても、そのようにさせることはできない。だから耳目の察しは物の理を分けるには足らず、心と意の論は是非を定めるには足らない。だから知によって治める者は国を保ちがたく、ただ太和に通じて自然の応じ方を保つ者だけが、これを持ちえる。だから嶢山が崩れて薄落の水が涸れ、区冶が生まれて淳鉤の剣が成った。紂が道なきことを行うと、左強が傍らに在り、太公が世をともにしたので、武王の功が立った。これから見れば、利害の路、禍福の門は、求めて得られるものではない。

夫道之與德,若韋之與革,遠之則邇,近之則遠。不得其道,若觀鯈魚。故聖若鏡,不將不迎,應而不藏,故萬化而無傷。其得之,乃失之;其失之,非乃得之也。今失調弦者,叩宮宮應,彈角角動,此同聲相和者也。夫有改調一弦,其於五音無所比,鼓之而二十五弦皆應,此未始異於聲,而音之君已形也。故通於太和者,昏若純醉而甘臥以遊其中,而不知其所由至也。

そもそも道と徳は、なめし革と生皮のようなもので、遠ざけると近く、近づけると遠い。その道を得なければ、鯈魚を見るようなものである。だから聖人は鏡のようで、送らず迎えず、応じて蔵めないので、万度変わっても傷つかない。それを得ることがすなわち失うことであり、それを失うことがすなわち得ることではない。いま弦を調える者が、宮を叩けば宮が応じ、角を弾けば角が動く。これは同じ声が互いに和するものである。一本の弦を改めて調えると、それは五音のどれにも比べられないのに、これを鳴らせば二十五本の弦がみな応じる。これは声と異なったことがないまま、音の君がすでに形をなしたのである。だから太和に通じた者は、おぼろに純らかに酔ったようで、心地よく臥してそのなかに遊び、どうしてそこに至ったのかを知らない。

純溫以淪,鈍悶以終,若未始出其宗,是謂大通。今夫赤螭、青虯之游冀州也,天清地定,毒獸不作,飛鳥不駭,入榛薄,食薦梅,噆味含甘,步不出頃畝之區,而蛇鱔輕之,以為不能與之爭于江海之中。若乃至於玄雲之素朝,陰陽交爭,降扶風,雜凍雨,扶搖而登之,威動天地,聲震海內,蛇鱔著泥百仞之中,熊羆匍匐丘山盤岩,虎豹襲穴而不敢咆,猿狖顛蹶而失木枝,又況直蛇鱔之類乎!鳳凰之翔至德也,雷霆不作,風雨不興,川穀不澹,草木不搖,而燕雀佼之,以為不能與之爭於宇宙之間。還至其曾逝萬仞之上,翱翔四海之外,過昆侖之疏圃,飲砥柱之湍瀨,邅回蒙泛之渚,尚佯冀州之際,徑躡都廣,入日抑節,羽翼弱水,暮宿風穴,當此之時,鴻鵠鶬鸖莫不憚驚伏竄,注喙江裔,又況直燕雀之類乎!此明於小動之跡,而不知大節之所由者也。

純らかに温かく沈み、鈍くおぼろに終わって、まだその宗から出ていないようであれば、これを大通という。いま赤い螭や青い虯が冀州に遊ぶとき、天は清らかで地は定まり、毒ある獣は動かず、飛ぶ鳥は驚かず、藪に入って薦や梅を食べ、味を噛んで甘さを含み、歩みは一区画の畝を出ない。そのため蛇や鱔はこれを軽んじ、江海のなかで自分たちと争うことはできないと思う。ところが玄い雲の白い朝に至り、陰陽が交わり争い、扶風を降らせ、凍える雨を混ぜ、つむじ風に乗って昇れば、威は天地を動かし、声は海内を震わせ、蛇や鱔は百仞の泥のなかに貼りつき、熊や羆は丘や山、巌に這い伏し、虎や豹は穴に入って敢えて吼えず、猿は転び落ちて木の枝を失う。まして蛇や鱔のたぐいなどどうということがあろうか。鳳凰が至徳のもとを翔ぶとき、雷霆は起こらず、風雨は興らず、川や谷は溢れず、草木は揺れない。そのため燕や雀はこれを侮り、宇宙のあいだで自分たちと争うことはできないと思う。ところがひとたび万仞の上へ去り、四海の外を翔け、崑崙の疏圃を過ぎ、砥柱の瀬を飲み、蒙泛の渚をめぐり、冀州の境をさまよい、都広をまたいで踏み、日に入って節を抑え、弱水に羽翼を打ち、暮れに風の穴に宿るに至れば、このとき鴻や鵠、鶬や鸖は、怖れ驚いて伏し隠れ、江のほとりに嘴を伏せないものはない。まして燕や雀のたぐいなどどうということがあろうか。これは小さな動きの跡に明るく、大きな節の由るところを知らないということである。

昔者王良、造父之禦也,上車攝轡,馬為整齊而斂諧,投足調均,勞逸若一,心怡氣和,體便輕畢,安勞樂進,馳騖若滅,左右若鞭,周旋若環,世皆以為巧,然未見其貴者也。若夫鉗且、大丙之禦,除轡銜,去鞭棄策,車莫動而自舉,馬莫使而自走也,日行月動,星耀而玄運,電奔而鬼騰,進退屈伸,不見朕垠,故不招指,不咄叱,過歸雁于碣石,軼鶤雞于姑余,騁若飛,騖若絕,縱矢躡風,追猋歸忽,朝發榑桑,日入落棠,此假弗用而能以成其用也。非慮思之察,手爪之巧也,嗜欲形於胸中,而精神逾于六馬,此以弗禦禦之者也。

かつて王良や造父の御しようは、車に上がって手綱を取れば、馬は揃って収まり調い、足の運びは均しく、労と逸は一つのようで、心は喜び気は和し、体は軽やかに動き、労を安らかに思い進むことを楽しみ、馳せる姿は消えるようで、左右は鞭のようで、めぐる姿は環のようであった。世の人はみな巧みだと思ったが、その貴いところを見た者はなかった。あの鉗且や大丙の御しようは、手綱と銜を外し、鞭を捨て策を棄て、車は動かされないのに自ずと進み、馬は使われないのに自ずと走り、日が行き月が動き、星が輝いて玄きものがめぐり、電が奔り鬼が騰り、進み退き屈み伸びて、その兆しも際も見えない。だから呼んで指さすこともなく、叱り咤ることもなく、碣石で帰る雁を追い抜き、姑余で鶤鶏を抜き、走る姿は飛ぶようで、馳せる姿は断ち切るようで、矢を放ち風を踏み、つむじ風を追っておぼろへ帰り、朝に榑桑を発って日の入るころ落棠に至った。これは用いないことを借りてその用を成しえたのである。思い巡らしの察しや手先の巧みさではない。嗜みと欲が胸のうちで形をなし、精神が六頭の馬を越えたのであって、これは御さないことによって御するものである。

昔者黃帝治天下,而力牧、太山稽輔之,以治日月之行律,治陰陽之氣,節四時之度,正律曆之數,別男女,異雌雄,明上下,等貴賤,使強不掩弱,眾不寡,人民保命而不夭,歲時孰而不凶,百官正而無私,上下調而無尤,法令明而不暗,輔佐公而不阿,田者不侵畔,漁者不爭隈。道不拾遺,市不豫賈,城郭不關,邑無盜賊,鄙旅之人相讓以財,狗彘吐菽粟于路,而無仇爭之心。於是日月精明,星辰不失其行,風雨時節,五穀登孰,虎狼不妄噬,鷙鳥不塾搏,鳳皇翔于庭,麒麟游於郊,青龍進駕,飛黃伏皂,諸北、儋耳之國,莫不獻其貢職,然猶未及虙戲氏之道也。

かつて黄帝が天下を治めたとき、力牧と太山稽がこれを輔けて、日月の運行の律を治め、陰陽の気を治め、四季の度を節し、律暦の数を正し、男女を別け、雌雄を異にし、上下を明らかにし、貴賤に等をつけ、強い者が弱い者を覆わず、多い者が少ない者を虐げないようにさせた。そこで民は命を保って若死にせず、年は実って凶しくなく、百官は正しくて私がなく、上下は調って咎がなく、法令は明るくて暗くなく、輔佐は公らかで阿らず、田を作る者は畦を侵さず、漁をする者は入江を争わなかった。道に落ちたものを拾わず、市では値を先に決めず、城郭は閉ざさず、邑に盗賊はなく、田舎の旅人は財を互いに譲り、犬や彘が豆や粟を路に吐き出しても、仇として争う心がなかった。そこで日月は精らかに明るく、星はその運行を失わず、風雨は時に適い、五穀は実り、虎や狼はみだりに噛まず、猛禽はむやみに襲わず、鳳皇が庭に翔け、麒麟が郊に遊び、青龍が進んで車を引き、飛黄が馬屋に伏し、諸北や儋耳の国も、その貢と職を献じないものはなかった。それでもなお、虙戯氏の道には及ばなかった。

往古之時,四極廢,九州裂,天不兼覆,地不周載,火爁炎而不滅,水浩洋而不息,猛獸食顓民,鷙鳥攫老弱,於是女媧煉五色石以補蒼天,斷鼇足以立四極。殺黑龍以濟冀州,積蘆灰以止淫水。蒼天補,四極正,淫水涸,冀州平,狡蟲死,顓民生。背方州,抱圓天,和春陽夏,殺秋約冬,枕方寢繩,陰陽之所壅沈不通者,竅理之;逆氣戾物,傷民厚積者,絕止之。當此之時,臥倨倨,興眄眄,一自以為馬,一自以為牛,其行蹎蹎,其視瞑瞑,侗然皆得其和,莫知所由生,浮游不知所求,魍魎不知所往。當此之時,禽獸蝮蛇,無不匿其爪牙,藏其螫毒,無有攫噬之心。考其功烈,上際九天,下契黃壚,名聲被後世,光暉重萬物。乘雷車,服駕應龍,驂青虯,援絕瑞,席蘿圖,黃雲絡,前白螭,後奔蛇,浮游消搖,道鬼神,登九天,朝帝於靈門,宓穆休於太宜之下。然而不彰其功,不揚其聲,隱真人之道,以從天地之固然。何則?道德上通,而智故消滅也。

遠い昔、四つの極が廃れ、九州が裂け、天はすべてを覆わず、地はあまねく載せず、火は燃え上がって消えず、水は溢れ広がって息まず、猛獣は善良な民を食い、猛禽は老いた者や弱い者を攫った。そこで女媧は五色の石を練って蒼い天を補い、鼇の足を断って四つの極を立てた。黒い龍を殺して冀州を救い、葦の灰を積んで溢れる水を止めた。蒼い天は補われ、四つの極は正され、溢れる水は涸れ、冀州は平らかになり、狡い虫は死に、善良な民は生きた。方なる州を背にし、円い天を抱き、春に和し夏に陽き、秋に殺し冬に約し、方を枕とし縄に寝て、陰陽が塞がり沈んで通じないところは穴をあけて理め、気に逆らい物に背いて民を傷め厚く溜まるものは断ち止めた。このとき、臥せばゆったりと、起きればぼんやりと、ある者は自分を馬だと思い、ある者は自分を牛だと思い、その歩みはつまずくようで、その眼差しはおぼろで、素朴にみなその和を得て、どこから生じたのかを知らず、浮かび遊んで求めるものを知らず、ぼうっとして行く先を知らなかった。このとき、禽獣や蝮や蛇も、その爪や牙を隠し、その刺す毒を蔵め、攫み噛む心を持つものがなかった。その功烈を考えれば、上は九天に接し、下は黄壚に契り、名声は後世に被り、輝きは万物に重なる。雷の車に乗り、応龍を駕し、青い虯を添え馬とし、絶えてまれな瑞を執り、蘿図を席とし、黄色い雲を絡め、前に白い螭、後ろに奔る蛇を従え、浮かび遊び逍遥し、鬼神を導き、九天に登り、霊門で帝に朝し、安らかに静まって太宜の下で休んだ。それでもその功を顕わさず、その声を揚げず、真人の道を隠して、天地のもともとそうであることに従った。なぜか。道徳が上に通じて、知と作為が消え滅びていたからである。

逮至夏桀之時,主暗晦而不明,道瀾漫而不修,棄捐五帝之恩刑,推蹶三王之法籍。是以至德滅而不揚,帝道掩而不興,舉事戾蒼天,發號逆四時,春秋縮其和,天地除其德,仁君處位而不安,大夫隱道而不言,群臣准上意而懷當,疏骨肉而自容,邪人參耦比周而陰謀,居君臣父子之間,而競載驕主而像其意,亂人以成其事。是故君臣乖而不親,骨肉疏而不附,植社槁而墵裂,容台振而掩覆,犬群嗥而入淵,豕銜蓐而席澳,美人挐道墨面而不容,曼聲吞炭內閉而不歌,喪不盡其哀,獵不聽其樂,西老折勝,黃神嘯吟,飛鳥鎩翼,走獸廢腳,山無峻幹,澤無窪水,狐狸首穴,馬牛放失,田無立禾,路無莎薠,金積折廉,璧襲無理,磬龜無腹,蓍策日施。

夏の桀の時に至って、主は暗くおぼろで明るくなく、道は乱れ崩れて修められず、五帝の恩と刑を棄て捨て、三王の法と書物を蹴り倒した。そのため至徳は滅びて揚がらず、帝の道は覆われて興らず、事を起こせば蒼い天に背き、号を発すれば四季に逆らい、春と秋はその和を縮め、天と地はその徳を除き、仁ある君は位に在っても安らがず、大夫は道を隠して語らず、群臣は上の意を測って当たりそうなものを懐き、骨肉を疎んじて自らを容れ、邪な人は入り込み組んで党を作って陰で謀り、君臣父子のあいだに在って、競って驕った主を担ぎその意に似せ、人を乱してその事を成した。そのため君と臣は違えて親しまず、骨肉は疎くなって寄らず、植えた社は枯れ土壇は裂け、容台は震えて覆り、犬は群れて吼えて淵に入り、豕は蓐をくわえて奥まった所に寝、美人は道を引いて顔を黒くし飾らず、艶やかな声は炭を呑んで内に閉ざし歌わず、喪にはその哀しみを尽くさず、猟にはその楽を聴かず、西の老いた者は勝を折り、黄の神は嘯き吟じ、飛ぶ鳥は翼を折られ、走る獣は脚を廃し、山に高い幹はなく、沢に窪んだ水はなく、狐や狸は穴に頭を向け、馬や牛は放れ失せ、田に立つ禾はなく、路に莎や薠はなく、積んだ金は稜を欠き、重ねた璧は理を失い、磬と亀は腹を失い、蓍と策が日ごとに用いられた。

晚世之時,七國異族,諸侯制法,各殊習俗,縱橫間之,舉兵而相角,攻城濫殺,覆高危安,掘墳墓,揚人骸,大沖車,高重京,除戰道,便死路,犯嚴敵,殘不義,百往一反,名聲苟盛也。是故質壯輕足者為甲卒,千里之外,家老羸弱,悽愴於內,廝徒馬圉,軵車奉饟,道路遼遠,霜雪亟集,短褐不完,人羸車弊,泥塗至膝,相攜於道,奮首于路,身枕格而死,所謂兼國有地者,伏屍數十萬,破車以千百數,傷弓弩矛戟矢石之創者,扶舉于路,故世至於枕人頭,食人肉,菹人肝,飲人血,甘之於芻豢故。故自三代以後者,天下未嘗得安其情性,而樂其習俗,保其修命,而不夭於人虐也。所以然者何也?諸侯力征,天下不合而為一家。

末の世の時、七つの国は族を異にし、諸侯は法を制めてそれぞれ習俗を異にし、縦横の説者がその間に入り込み、兵を挙げて互いに角し、城を攻めてみだりに殺し、高いものを覆し安らかなものを危うくし、墳墓を掘り、人の骸を揚げ、衝車を大きくし、重なる丘を高くし、戦いの道を掃き、死の路を便にし、厳しい敵を犯し、不義を傷め、百人が往って一人が返っても、名声は空しく盛んであった。そのため体が壮んで足の軽い者は甲の卒となって千里の外に在り、家の老いた者や弱い者は内で悲しみ痛み、下僕や馬飼いは車を押し糧を奉じ、道は遥かに遠く、霜や雪はしばしば重なり、短い褐の衣は満足でなく、人は痩せ車は壊れ、泥は膝に至り、道で互いに支え合い、路に頭を振り、身を車の軛に枕して死んだ。いわゆる国を併せ地を有つ者のもとでは、伏す屍が数十万、壊れた車が千百を数え、弓・弩・矛・戟・矢・石の傷を受けた者が路で抱え挙げられた。そうして世は、人の頭を枕とし、人の肉を食い、人の肝を漬け、人の血を飲んで、それを芻豢より甘く思うまでに至った。だから三代より後は、天下はいまだその情と性を安らげ、その習俗を楽しみ、その長い命を保って、人の虐げによって若死にしないことを得たことがない。そうなるのはなぜか。諸侯が力で征ち、天下が合して一家とならなかったからである。

逮至當今之時,天子在上位,持以道德,輔以仁義,近者獻其智,遠者懷其德,拱揖指麾而四海賓服,春秋冬夏皆獻其貢職,天下混而為一,子孫相代,此五帝之所以迎天德也。夫聖人者,不能生時,時至而弗失也。輔佐有能,黜讒佞之端,息巧辯之說,除刻削之法,去煩苛之事,屏流言之跡,塞朋黨之門,消知能,修太常,隳肢體,絀聰明,大通混冥,解意釋神,漠然若無魂魄,使萬物各複歸其根,則是所修伏犧氏之跡,而反五常之道也。

今の時に至って、天子が上の位に在って、道徳によって保ち、仁義によって輔けるので、近い者はその知を献じ、遠い者はその徳を懐き、拱き揖し指し揮えば四海は客として服し、春・秋・冬・夏にみなその貢と職を献じ、天下は混じって一つとなり、子孫が相継いだ。これが五帝が天の徳を迎えたゆえんである。そもそも聖人は時を生むことはできないが、時が至れば失わない。輔佐に能ある者があって、讒りや佞りの端を退け、巧みな弁の説を止め、刻薄な法を除き、煩わしく苛い事を去り、流言の跡を退け、朋党の門を塞ぎ、知と能を消し、太常を修め、肢体を崩し、聡明を退けて、大きく通じて混じり暗く、意を解き神を放ち、しんとして魂魄がないようであって、万物がそれぞれまたその根へ帰るようにさせれば、これは伏犧氏の跡を修めて、五常の道へ返ることである。

夫鉗且、大丙不施轡銜而以善禦聞於天下,伏戲、女媧不設法度而以至德遺於後世。何則?至虛無純一而不𡁕喋苛事也。《周書》曰:「掩雉不得,更順其風。」今若夫申、韓、商鞅之為治也,挬拔其根,蕪棄其本,而不窮究其所由生,何以至此也?鑿五刑,為刻削,乃背道德之本,而爭於錐刀之末,斬艾百姓,殫盡太半,而忻忻然常自以為治,是猶抱薪而救火,鑿竇而出水。夫井植生梓而不容甕,溝植生條而不容舟,不過三月必死。所以然者何也?皆狂生而無其本者也。河九折注於海而流不絕者,崑崙之輸也。潦水不泄,瀇瀁極望,旬月不雨則涸而枯澤,受瀷而無源者。譬若羿請不死之藥於西王母,姮娥竊以奔月,悵然有喪,無以續之。何則?不知不死之藥所由生也。是故乞火不若取燧,寄汲不若鑿井。

そもそも鉗且や大丙は手綱と銜を施さずに御しの巧みさで天下に名が聞こえ、伏戯や女媧は法度を設けずに至徳によって後世に遺した。なぜか。至って虚しく無く純らかに一つで、苛い事をあげつらわなかったからである。『周書』にいう。「雉を覆って捕れなければ、あらためてその風に順う。」いま、あの申・韓・商鞅の治めようは、その根を引き抜き、その本を荒らし捨てて、それが由って生じるところを究めない。それでどうしてここに至れよう。五つの刑を穿って刻薄さを行い、道徳の本に背いて錐や刀の先で争い、人々を斬り刈って大半を尽くしながら、喜び勇んで常に自分は治めていると思っている。これは薪を抱えて火を救い、穴を穿って水を出すようなものである。そもそも井に植えて梓が生えれば甕を容れられず、溝に植えて枝が生えれば舟を容れられず、三月を越えずに必ず死ぬ。そうなるのはなぜか。みな狂ったように生えてその本がないからである。河が九度折れて海に注ぎながら流れが絶えないのは、崑崙が注ぎ込むからである。溜まった水が漏れず、広々と見渡すかぎりであっても、十日ひと月雨が降らなければ涸れて乾いた沢になるのは、注ぎ込みを受けながら源がないからである。たとえば、羿が西王母に死なない薬を請うと、姮娥がそれを盗んで月へ奔り、羿はぼうぜんとして失うものがあり、継ぐものがなかったようなものである。なぜか。死なない薬が由って生じるところを知らなかったからである。そのため火を乞うのは燧を取るに及ばず、水を汲ませてもらうのは井を穿つに及ばない。