いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻3 芹曝集

軍の糧を運ぶ船を備える事を申し上げる糧餉漕運船隻措置。啓

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 225字 · 朗読 1.6分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻3 芹曝集 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

伏見都元帥金命元等狀。啓祖摠兵言平壤餘賊過江當追擊幷勦中路及在京之賊云在我極爲喜幸但前途粮餉船隻等事措置無路黃海道則三縣軍粮輸轉宣傳官今朝下去時已爲有。旨于黃海監司矣京畿監司則一向不知去處聞江華喬桐兩邑時得完全云又以宣傳官一人給馬發送以兩邑守令差使員定體本邑及他邑軍粮極力措置船運于臨津又以下流船隻多般搜得整齊格軍亦於臨津待候而一邊京城所用軍粮與隣近如金浦通津仁川富平南陽安山等邑通議急運于龍山等處使及於前頭之用何如今此之擧天實啓之人不得繼之極爲憫望敢。啓

伏して都元帥の金命元らの状啓を見ますに、祖総兵が、平壌に残る賊が江を渡れば、まさに追い踏んで撃ち、中ほどの路と都にいる賊までもあわせて打ち破ろうと言ったとのことです。わが方としてははなはだ喜ばしく幸いなことです。ただ前の路の軍の糧と船を備える道がありません。

黄海道は三つの邑の軍の糧を運ぶ事で、宣伝官が今朝下る折に、すでに黄海監司へ伝旨を下しました。京畿監司はずっと行った所が分からず、江華と喬桐の二つの邑はいま全いといいます。また宣伝官一人に馬を与えて遣わし、二つの邑の守令を差使員に定め、その邑と他の邑の軍の糧を力を尽くして備えて臨津へ船で運ばせ、下の水の路の船もさまざまに探し出して備え、船方も臨津で待たせてください。一方で都で用いる軍の糧は、近い金浦・通津・仁川・富平・南陽・安山などの邑と議って、龍山などの所へ急ぎ移し、これから用いる所に当てさせてはいかがでしょうか。

今度の事はまことに天が開いてくれたものですのに、人が継ぎ送れないのですから、はなはだ惜しいことです。あえて申し上げます。