いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻3 芹曝集

軍の糧の備えを自分が引き受けることを請う請自行措置粮餉。啓

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 141字 · 朗読 1.2分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻3 芹曝集 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

臣伏覩。傳敎以唐兵粻餉支待事急緣臣有病欲令左相尹斗壽出去措置而沿道粮料臣自前次知爲之且龜城及諸處輸運之事皆已移文知委別遣從事官等整理必無不及之理且臣雖有病未死之前自當限力驅馳而。行在所駐凡接應緊關之事不但粮料一事三公之中只有左相一人豈可出外臣今日先遣辛慶晋明曉力疾隨行不至遲緩故惶恐敢。啓

臣が伏して伝教を見ますに、明の兵の軍の糧を送る事が急であるので、臣に病があるとして、左議政の尹斗寿を出して備えさせようとされました。しかし路の辺の軍の糧は臣が前から掌ってまいりましたし、亀城や諸々の所から運ぶ事も、みなすでに公文を送って知らせ、従事官を別に遣わして整えさせましたので、かならず時に及ばない理はありません。また臣に病があっても、死ぬ前にはまさに力の及ぶかぎり馳せ歩きます。

王がおられる所で応対すべき緊要な事は軍の糧一つだけではありませんのに、三政丞のうち左議政一人だけですから、どうして外に出られましょうか。臣は今日まず辛慶晋を遣わし、明日の暁に病を押して後から行けば遅くはありません。それゆえ恐れ入って、あえて申し上げます。

夾注 1

壬辰七月六日

壬辰の年の七月六日。