いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻3 芹曝集

民の役を減らしてその力を伸べさせることを請う請裁省民役以紓民力。啓

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 317字 · 朗読 2.6分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻3 芹曝集 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

兵亂之後重以飢饉疾疫千里之內無復人烟不過數月生類殆盡事之痛迫莫過於此其中畿甸尤甚凡便民之政所當勿論大小急急擧行如救焚拯溺然後庶可有一分之效常時各官民戶貢物進上名目多端今於草創之際凡百祭享以至供上等事一切從簡比舊只存十分之二三戶曹急急通融商量實用之數樽節裁定又於郡邑察其焚蕩最甚及其稍完處可減者减之可存者存之明白知委使人民曉然知之然後貪官猾吏及各司下人等不敢刀蹬作弊孑遺之民得蒙一分之惠此事最急一刻不可遲緩前在海州至於。敎書下諭而今旣歲暮民間尙未知蠲减仍存之數剝膚推髓慘不忍言而公家亦無所益極爲寒心請令戶曹數日內急速磨鍊如京畿全咸少紓民力其他道則參商緊歇量宜裁减使公私兼濟宜當此非常時貢物詳定之比只取今年所納損其應用之外而已捧承。傳施行何如

兵の乱の後に飢えと疫まで重なって、千里のうちに改めて人の家の煙がなく、幾月もたたぬうちに生きているものがほとんど尽きましたので、事の痛く急なことはこれに増すものがありません。そのうち京畿がいっそう甚だしいのです。およそ民を安らかにする政は、大きい小さいを選ばず、火を消し水に落ちた者を救うように急ぎ行った後にこそ、少しでも甲斐があるでしょう。

平生、諸々の邑の民の家の貢の物と進上は、名も種類も多かったのですが、いまはすべてを新しく始める時ですので、さまざまの祭りと進上などの事をみな簡略にして、昔に比べて十に二つ三つだけ残してください。戸曹が急ぎ量って、実際に用いる数を惜しみ減らして定め、また邑ごとに焼け失われたことが最も甚だしい所と、どうにか全い所を察して、減らすものは減らし、置くものは置き、はっきり知らせて民が明らかに分かるようにしてください。その後にこそ、貪る官や狡い吏、各々の官庁の下の者たちがあえて誤魔化しを働けず、残る民が少しでも恩を被るでしょう。

この事が最も急で、しばらくも緩められません。さきに海州にいたとき、教書を下して諭されるまでなさったのに、いま年が暮れるまで民のあいだでは、まだ減らされたものとそのまま置かれた数を知りません。皮を剥ぎ骨の髄を搾る惨さは忍んで言えず、国にも利することがありませんので、はなはだ寒心です。どうか戸曹に幾日かのうちに急ぎ備えさせ、京畿のような所はみな減らして民の力を少し伸べさせ、他の道は緊要と緩やかとを量って適うように減らし、国も民も共に済われるようにするのが当たっております。これは平常の時に貢の物を詳しく定めるのとは違い、ただ今年納めるものだけを取って、まさに用いるべきもの以外を減らすだけです。伝教を奉じて施し行われてはいかがでしょうか。

夾注 1

癸巳十一月一日

癸巳の年の十一月一日。