いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻3 芹曝集

諸々の将の号令が一つ所から出るようにすることを請う請諸將號令出一。啓

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 512字 · 朗読 4.3分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻3 芹曝集 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

被擄逃還女人所言雖不可盡信亦當有一二近似者所謂仇法谷賊屯前此諸將之報皆無所載今始因女人知之是皆體探之不密賊情之不察極爲駭愕今雖欲往圖所當先爲詳盡哨探悉得其形勢險夷軍士所從入處然後密約諸將乘機疾趨如狄靑之夜渡崑崙關乃可有功此在都元帥臨時處置不必預禀於千里之外軍令不嚴人心縱恣之弊誠有如應瑞所言者然軍令不嚴實出於體統不一令出多門之致今以慶尙諸將言之則旣有元帥總領諸軍則諸將凡有進取之事皆當密禀於元帥聽其可否元帥亦當出令於諸將指揮方略進退遲速之間動合事機而如有聞令不行逗留誤事或輕動取敗者必以軍法繩之如身之使臂臂之使指母得違越參差則體統自然相維而軍令肅然矣近觀諸將所報參以南方之事軍中大體不立而各自行令防禦使兵使巡邊使等官皆擁主斷之權所謂助防將守令以下彼此相牽不知適從更生怠慢翫愒之念欲進則進欲退則退因以不及期會則必以他將爲解如往日金應瑞高彥伯爭一鄭希玄互相紛挐是其驗也今此應瑞所請之事誠合事機則都元帥卽參酌事勢畫授方略傳令各陣約束進退如此而不遵號令者則惟有劒耳至如倉卒遇賊不及申由於元帥者則亦於其處見在主將聽其號令如助防將別將以下聽防禦使兵使節制而違令者亦爲行法不必更禀於。朝廷而求其處置以此意。下諭于都元帥權慄申勅諸將一體施行何如

捕らえられて逃げて来た女の言葉をみな信じることはできませんが、やはり一つ二つは事実に近いものがあるでしょう。いわゆる仇法谷の賊の陣は、さきの諸々の将の報せにはみな載っていなかったのに、いまになってその女によって知ることになりましたので、これはみな察することが細かでなく、賊の実情を量れなかったのですから、はなはだ驚くことです。いま行って図ろうとしても、まさにまず詳しく偵い、その勢いの険しさ平らかさと、兵の入る路をことごとく知り得た後に、諸々の将とひそかに約し、隙に乗じて速く馳せること、狄青が夜に崑崙関を越えたようにしてこそ、功があるでしょう。これは都元帥が時に臨んで処理する事で、千里の外にあらかじめ伺うことではありません。

軍の令が厳しくなくて人の心が放恣になる弊は、まことに金応瑞が言ったとおりです。しかし軍の令が厳しくないのは、まことに号令の体統が一つでなく、命が幾つもの門から出ることに由ります。いま慶尚道の諸々の将で言えば、すでに元帥があって諸軍を率いているのですから、諸々の将は進んで撃つ事があればみな元帥にひそかに伺ってその可否を聞くべきであり、元帥も諸々の将に命を下して方略を指揮し、進むも退くも遅いも速いも、動くたびに事の機に適うべきです。命を聞いても行わない者、ためらって事を誤る者、軽々しく動いて敗れた者があれば、かならず軍法で治め、身が腕を使い腕が指を使うようにして、背いたり食い違ったりすることがないようにすれば、体統は自ずと互いに連なって軍の令が厳かになるでしょう。

近ごろ諸々の将の報せを見て南の事に比べてみますと、軍の中に大きな体統が立たず、それぞれが命を下し、防禦使・兵使・巡辺使らがみな自分の意のままに決める権を挟んでおります。いわゆる助防将と守令以下は、あちらこちらに引かれてどこに従うべきか分からず、改めて怠って月日を送ろうという心が生じ、進みたければ進み、退きたければ退きます。それで約した時に及ばなければ、かならず他の将に口実を言います。過ぎた日に金応瑞と高彦伯が鄭希玄一人をめぐって争って互いに乱れ絡まったのが、その証です。

いま金応瑞が請うた事がまことに事の機に適っているなら、都元帥がすぐに勢いを量って方略を引いて与え、各々の陣に命を伝えて進むも退くも約束し、そうしてもなお号令に従わない者には、ただ剣があるだけです。にわかに賊に出会って元帥に伺う暇がない場合には、その所にいる主将の号令を聞くことにし、助防将と別将以下は防禦使と兵使の節制を受けさせ、命に背く者もまた法のとおりに治めて、改めて廷に伺ってその処置を求める必要はありません。この意を都元帥の権慄に下し諭されて、諸々の将に固く申して一様に施し行わせられてはいかがでしょうか。