鳥嶺を守る事の当たるべき方を申し上げる啓鳥嶺把守事宜。啓
前日所遣鳥嶺把守官辛忠元使人來報云已於延豐水回村擇肥饒處落種十餘石又召集遺民百七十餘人擇其丁壯者敎以火炮自他方欲爲來集者亦相續不絕願得糓種鹽石載船上去以爲安集之資又言鳥嶺把截形止云嶺下十餘里兩峽斗斷中間僅容數疋長若聚石橫築作城十丈建樓其上而下爲虹門以通往來譏察非常賊來閉門守險則儼然成一關口而鳥嶺之守自固願於麥熟之時於淸風堤川永春丹陽及槐山陰竹等地隨便以鹽貿麥自以已聚之軍漸次築之云計之成否未可知鳥嶺設關之事從前講求而不得者今果能爲之則忠州之襟抱自堅矣待其措置成緒。朝廷別遣一使馳下觀之而且以此意先爲移文于本道監司尹承勳使之踏勤以定且延豐旣已殘破不能成縣邑模樣而居民盡散及聞忠元以糓種招集耕種且喜其不被侵於官役稍稍來集而延豐有縣監往往有徵發之事未免掣肘云還集之民悉皆復除十年延豐一縣置之於等棄之地而忘之凡百徭役皆勿侵只專委屯田把守等事待其民力稍完流亡還集然後復設邑居似合時宜此事幷問於監司處之鹽五十餘石令該司及時題給載船上送鹽鐵所管之鹽待其到泊連續付水站判官輪送分給靑藍布十疋亦幷下送軍士之學習火炮而成才者略爲分給以勸其心如何
さきに遣わした鳥嶺把守官の辛忠元が人を遣わして知らせて来ました。すでに延豊の水回村で肥えた所を選んで種十石余りを播き、また残る民百七十余名を呼び集めてそのうちの健やかな者を選んで火砲を教えており、他の土地から来て集まろうとする者も続いて絶えないとのことです。穀の種と塩を幾石か得て船に載せて上し送ってくだされば、民を安らかに集める元手としたいと申しました。
また鳥嶺を防ぎ守る勢いを申しました。嶺の下の十余里に二つの谷が削ったように切れ、その間はやっと馬が数匹通れる幅ですので、石を集めて横切って十丈の城を築き、その上に楼を立て、下には虹の門を開けて行き来させながら、ただならぬものを察し、賊が来れば門を閉じて険しい所を守るなら、厳然と一つの関が成って、鳥嶺の守りが自ずと固まるだろうとのことです。麦が熟す時に清風・堤川・永春・丹陽と槐山・陰竹などの地で有様に従って塩で麦を換え、すでに集めておいた兵で次々に築いてゆくとのことです。
量りますに、成るか成らないかは分かりません。しかし鳥嶺に関を置く事は古くから図りながら得られなかったものですので、いま果たしてやり遂げられるなら、忠州を包む勢いが自ずと固まるでしょう。その措置が端緒を成すのを待って、廷から別に使い一人を遣わして馳せ下って見させられ、またこの意をまずその道の監司の尹承勳に公文で知らせて、自ら踏み見て定めさせてください。
また延豊はすでに崩れて邑の形を成せず、住む民がみな散ったのに、辛忠元が種で呼び集めて田を耕し種を播くと聞き、また官の役に苦しめられないことを喜んで、少しずつ集まって来るとのことです。ところが延豊に県監がいて、ときに徴し発する事があるので、肘を引かれることを免れないとのことです。戻って集まった民はみな十年のあいだ役を免じてやり、延豊一つの邑は棄てた地と見て忘れられて、さまざまの徭役をみな侵さず、ただ屯田と把守などの事だけを専ら掌らせてください。民の力が少し実り、散った者たちが戻って集まった後に改めて邑を置くのが、時に適うようです。この事もあわせて監司に問って処理してください。
塩五十余石は担う官司に時に出して与えさせ、船に載せて上し送らせてください。塩鉄使が掌る塩は、着くなり続いて水站判官に付けて回し送って分け与えさせてください。青藍布十匹もあわせて下し送られて、兵のうち火砲を習って才を成した者に少しずつ分け与えてその心を勧め励ませられてはいかがでしょうか。
夾注 2
同月
同じ月。
底本は踏勤であるが、踏勘(自ら踏んで察すること)の誤りと見る。