金応瑞と高彦伯を催して心を合わせて事を成させることを申し上げる啓責勵金應瑞高彥伯協心成事。啓
近日國事方急而各處諸將不以誓心討賊爲重因爭少嫌頗有不睦之漸累形於狀啓之中尋常恠歎伏見徐渻所。啓別錄則高彥伯金應瑞等當初惹起爭端不過因坐次高下而然誠不滿一哂彥伯應瑞等効力於行陣之間皆有功勞國家之所同倚仗今則因前日。下諭已爲釋然相驩似無可慮但徐渻所論坐次事則。朝廷所當處置以止後日之爭端也我朝京外官相會坐次自有大典所宜遵行不可以他議有所移易高下於其間也法典內凡官會坐一從品秩而節度使防禦使同是奉。命使臣高彥伯旣爲嘉義金應瑞爲嘉善則會坐次序甚爲分明豈可以節度使爲藩臣視同守令而以嘉義下於嘉善哉此爭端之所由起也至於洪季男爲永川郡守鄧希玄爲義城縣令皆兼助防將本職兼職皆下於兵水使無相抗之理都元帥以季男希玄爲自己衛將使之與兵使防禦使抗禮通關此則尤無所據豈有舍官職尊卑之序而從一時軍中分部之令與專閫之臣列爲等夷哉此其處置號令之間未能合宜而致令人心不服無事而生事者也大抵輯和諸將鎭定裁抑消其忿爭之氣而使之同心勠力以濟王事者乃是元帥之任昔者楊儀魏延交爭而孔明爲元帥則終身不敢有乖戾之色各盡其才以立戰功良由處置之得宜也以此意下書于權慄及徐渻處使之遵奉施行其在各陣諸將亦一體曉論激以忠義期於協心成事何如
近ごろ国の事がまさに急であるのに、所々の諸々の将が心を誓って賊を撃つことを重く見ず、小さな嫌いを争って、かなり睦まない兆しがあって幾度も状啓の中に現れますので、いつも怪しみ嘆かわしく思います。
伏して徐渻が申し上げた別録を見ますに、高彦伯と金応瑞らがはじめ争いの端を起こしたのは、座る席の高低のためだけですので、まことに一度の笑い話にもなりません。高彦伯と金応瑞らは陣の中で力を尽くしてどちらも功労があり、国が共に寄りかかるところです。いまでは過ぎた日の下諭ですでに解けて互いに喜んでおりますので、慮ることはないようです。
ただ徐渻が論じた座る席の事は、廷がまさに処置して後の日の争いをやめさせるべきです。わが廷で都と外方の官員が互いに集まるときに座る順は、もとより『経国大典』にありますので、まさに従って行うべきであり、他の議でその間に高低を移すことはできません。『経国大典』に、およそ官員が集まって座るときは一様に品の階に従うとあり、節度使と防禦使はどちらも同じく命を奉じた使いです。高彦伯はすでに嘉義大夫であり、金応瑞は嘉善大夫ですので、集まって座る順ははなはだ明らかです。どうして節度使を藩臣だとして守令と同じに見、嘉義大夫を嘉善大夫の下に置けましょうか。これが争いの起こった理由です。
洪季男は永川郡守であり、鄧希玄は義城県令で、どちらも助防将を兼ねていますが、本の職も兼の職もどちらも兵使・水使より下ですので、互いに向かい合う理がありません。それなのに都元帥が洪季男と鄧希玄を自分の衛将として、兵使・防禦使と対等の礼で公文をやり取りさせましたので、これはいっそう根拠がありません。どうして官職の高い低い順を棄てて、一時の軍の中で部署を分けた令に従い、一つの地方を専ら掌る臣と同じ席に列べられましょうか。これは処置し号令する間が適いに適わず、人の心が服さないようにし、事のない所に事を生んだのです。
およそ諸々の将を和合させ、鎮め定め抑えてその怒り争う気を削ぎ、心を同じくして力を合わせて王事を成させることが、すなわち元帥の任です。昔、楊儀と魏延が互いに争いましたが、孔明が元帥でありましたので、死ぬまであえて齟齬った顔の色をつくれず、それぞれ才を尽くして戦いの功を立てましたのは、まことに処置が適いを得た理由です。
この意で権慄と徐渻に書を下されて従い奉じて施し行わせられ、各々の陣にいる諸々の将にも一様に諭して忠と義で励まし、心を合わせて事を成すことを期させられてはいかがでしょうか。
夾注 3
底本は曉論であるが、曉諭の誤りと見る。
嘉義大夫が嘉善大夫より一等高い。
底本は鄧希玄である。実録には義城県令として鄭希玄が見える。底本を照らし合わせたうえで定める。― 訳者