いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻4 芹曝集

忠清・全羅道の兵使に諭して、守り防ぐことを重ねて申し付けられることを請う啓請諭忠淸全羅道兵使申勅守禦。啓

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 179字 · 朗読 1.4分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻4 芹曝集 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

李鎰在全羅道市忠淸道則只有兵使邊良俊凡道內要害控扼之處及留兵待變定將約束之事必須閒暇之時預爲區畫有成算然後可無倉卒之患不知邊良俊措置方略果無疎漏否也近者專閫之將多以自己所爲事推調於他人拱手無爲以爲。朝廷當別遣將非我所自處置雖賊犯地方而不爲以身捍禦之計極爲寒心請下書于邊良俊問其道內措置幾何及要害控扼便否使之逐一陳。啓又申勅守令整齊約束抄鍊軍兵繕治器械俾無疎虞何如

李鎰は全羅道にいて、忠清道にはただ兵使の辺良俊がいるだけです。およそ道内の要害の所と、要を押さえてふさぐ所、兵を留めて変に備え、将を定めて約束する事は、かならず閑かな時にあらかじめ分け計って成った算があった後にこそ、にわかの憂えがないでしょうに、辺良俊の措置と方略が果たして漏れる所がないかどうかは分かりません。

近ごろ一つの地方を掌る将が、しばしば自分のする事を人に押しつけ、手を放して何もせずに、廷がまさに別に将を遣わすであろうし、自分が自ら処置することではないとして、賊がその地方を犯しても身で防ぐ計を立てませんので、至って寒心です。

どうか辺良俊に書を下されて、道内に措置したものがどれほどで、要害の所をふさぐことが便であるかどうかを問うて一つ一つ申し上げさせられ、また守令に重ねて申し付けて約束を整え、軍の兵を抜いて習わせ、兵器を修めて疎かなことがないようにされてはいかがでしょうか。

夾注 1

底本は市であるが、而の誤りと見る。