全羅道の海の辺の邑を処置することを申し上げる啓處置全羅道沿海郡邑。啓
昨日登對時臣伏承。傳教全羅道海邊郡邑守令棄其官守皆在舟師久而未還以此官家百事虛疎至於村民欲訴疾苦而無可訴之處耕種而無勸課之人還上出納皆失其時種種弊端不可勝言若慮其此弊而使守令還官他人代領軍卒赴陣則亦不如守令親往之時軍中之事反致虛疎二者均爲難處之弊不可不隨時變通以救幣端臣等今以下教之意反覆商議則衆議以爲往時兩湖各官之疲弊者多由於差定假官今若自京差送則雖云極擇而未必皆得其人赴任治官之際儼然一守令模機而其人等不能庇其妻子則必眷率下去坐食官家亦非今日殘弊官力所能支吾不如令本道監司於其邑士子或前䘖朝官中擇其識事理廉謹不爲非義者從公論差定縣則稱爲留縣官郡則稱爲留郡官府則稱爲留府官限事定間使之姑代守令之任凡邑中民人呈訴還上分給催納等事皆令句管而其所食粮料則母得擅用官家之儲只依常時鄕校訓導之例月朔給料會計報監司申勅戶曹施行其中如有善於其職使民心喜悅糶糴以時勸課耕耘者則此乃可用於守令之人監司。御史各別覈實。啓聞以通仕路如有泛濫作弊不治民瘼糶糴失宜撞用官糓者各以輕重治罪事各別下書于本道監司急速擧行而差定之人爲先列名。啓聞母得循情容護以增官民之弊事幷爲知委施行何如
昨日、王に拝謁したとき、臣は伏して伝教をいただきました。全羅道の海の辺の邑の守令が掌る邑を棄ててみな水軍に行っていて、長く戻らないので、このために官の家のさまざまの事が疎かになり、里の民が苦しみを訴えようとしても訴える所がなく、田を耕し種を播いても勧め察する人がなく、還穀を出し収めることがみな時を失って、さまざまの弊が言い尽くせないと言われました。
もしこの弊を慮って守令を邑へ戻し、他の人が代わって軍卒を率いて陣に出るようにしたなら、守令が自ら行ったときには及ばず、軍の中の事がかえって疎かになるでしょう。二つがどちらも処理しがたい弊ですので、時に従って変じ通わせて弊を救わないわけにはいきません。
臣たちがいま下教された意で重ねて相い議りましたところ、諸々の議はこうです。過ぎた日に両湖の諸々の邑が疲れ果てたのは、しばしば臨時の官員を差し定めたことに由ります。いまもし都から差し送るなら、至って選び抜いたとしても、かならずみなその人を得られはしないでしょう。赴いて邑を治めるときには厳然と一人の守令の形ですが、その人々が自分の妻子を支えられなければ、かならず家の者を率いて下って官の家で座って食べるでしょうから、これもまた今日の衰えた邑の力で支えられることではありません。その道の監司に、その邑の士や前に官に仕えた前銜朝官のうち、事の理を知り、清く慎み、義でない事をしない者を、公の論に従って差し定めさせるに越したことはありません。
県なら留県官、郡なら留郡官、府なら留府官と称し、事が定まるまで、まずは守令の任を代わらせ、およそ邑の内の民の訴えの状と、還穀を分け与え催して収める事を、みな掌って見させてください。ただその食べる料米は、官の家に積まれたものを思うままに用いさせず、平時の郷校の訓導の例に従って月ごとに料米を与え、会計して監司に報せさせ、戸曹に申し付けて施し行ってください。
そのうちで自分の職分をよく果たして民の心を喜ばせ、穀を出し収めることを時に合わせ、田を耕し草を取ることを勧め察する者があれば、これはすなわち守令として用いるに足る人ですので、監司と御史が各別に実を調べて申し上げ、官の路を開いてやってください。もしみだりに弊をつくって民の痛みを治めず、穀を出し収めることを適いに失い、官の穀をみだりに用いる者があれば、それぞれ軽い重いに従って罪を治めることを、各別にその道の監司に書を下して急ぎ行わせられ、差し定めた人はまず名を列べて申し上げさせ、情に従って庇って邑と民の弊を増さないようにする事を、あわせて知らせて施し行われてはいかがでしょうか。
夾注 1
底本は模機・母・幣端であるが、それぞれ模様・毋・弊端の誤りと見る。