いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻5 芹曝集
安集都監の牛を鎮江と壺串に入って耕す人に分け与えることを請う啓請以安集都監農牛分給鎭江壺串入耕人。啓
懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻5 芹曝集 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。
京畿鍊兵之事近日多方申勅抄得丁壯幾至九千而器械蕩然資粮不備生糓之䇿必須急時講究鎭江壺串兩塲旣爲訓鍊都監屯田之所以土地廣濶人力不及不得遍爲開墾如得農牛百餘隻且出上年屯田所出之糓分給自願幷作之人許令入耕其內則陳地可以漸墾而所得亦多矣黃海道各官散置安集部監農牛及時取來分給何如
京畿で兵を練る事は、近ごろいろいろに申し付けて、丁壮を選んだものが九千人近くに至りました。しかし器械が空しく、食と資が備わっておりませんので、穀を生み出す計策を必ず急いで講究すべきです。
鎮江と壺串の二か所はすでに訓練都監の屯田の地となりましたが、土地が広いのに人の力が及ばず、遍く開墾できませんでした。もし農牛百余頭を得て、また昨年の屯田から出た穀を出し、自ら願って収穫を分けて作る(幷作)人に分け与え、その内に入って耕すことを許せば、荒れた地を次第に開くことができ、得るものも多いでしょう。
黄海道の各邑に散らし置いた安集都監の牛を、時に合わせて取り寄せて分け与えるのはいかがでしょうか。