いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻5 芹曝集
兵を召して諸所を守らせることを請う啓請徵兵把守各處。啓
懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻5 芹曝集 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。
都監砲殺軍亦已過半出去都中留軍數小楊州蘆原等處束伍軍及樓院別營軍合百五十人入番于乾川洞近處新設左營高陽坡州交河束伍軍一百五六十人把守於漢江別營以爲緩急之用何如
都監の砲手と殺手もすでに半ばを越えて出て行きましたので、都の中に残る軍が少ないのです。楊州の蘆原などの地の束伍軍と樓院の別営の軍を合わせて百五十人を乾川洞の近い所に新しく設けた左営に番を入れさせ、高陽・坡州・交河の束伍軍百五、六十人は漢江の別営で守らせて、急な時の用とするのはいかがでしょうか。
夾注 1
七月十日
七月十日。