いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻5 芹曝集

龍津の事を措置することを申し上げた啓措置龍津事。啓

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 196字 · 朗読 1.5分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻5 芹曝集 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

訓鍊都監所屬平安黃海江原等道僧軍移送龍津令防禦使邊應星領率敎鍊料米依都監軍人例受食于京倉至今數年矣今則別將許售代守龍津方築城壘以爲後日設鎭根基築城旣畢之後當以此軍定爲土兵折給鎭傍閒曠之地資其衣食之路而分番入守以爲可久之規第其所食料米當此經費匱急之日不可每受於京倉欲自鎭中措置饋餉來十一月爲始該曹散料勿爲題給宜當且鎭軍士今年耕作屯田所出雜穀幷二百七十餘石方在本鎭請以此穀因留本鎭以助餉軍之費何如

訓練都監に属する平安・黄海・江原などの道の僧軍を龍津へ移し送り、防禦使の辺応星に率いて教え練らせ、その料米は都監の軍人の例に従って都の倉で受けて食べることが、今や数年になります。

今は別将の許售が代わって龍津を守り、城と壘を築いて後日に鎮を設ける基としています。城を築き終えた後は、この軍を土兵と定めて鎮の傍らの空いた地を割り与えて衣食の路とし、番を分けて入って守らせ、長く続く規とすべきです。

ただし彼らが食べる料米は、国の経費が乏しく急なこの日に、常に都の倉で受けることはできませんので、鎮の中で自ら措置して饋おうと思います。来る十一月を始めとして、該当の曹から料を分け与えないようにするのが当然です。また鎮の軍士が本年、屯田を耕して出した雑穀二百七十余石が今その鎮に在りますので、この穀をそのまま鎮に留めて軍を饋う費えに補わせるのはいかがでしょうか。