いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻6 辰巳錄

軍糧を量って備えた事を申し上げた状啓料理軍糧狀

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 604字 · 朗読 4.7分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻6 辰巳錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

本月十九日左承旨成貼有。旨書狀臣在安州祇受各處郡邑倉穀板蕩之餘大兵遽出調度之事百計無䇿前於五千兵馬支給之需破東補西移彼就此僅得成形固已殫竭心思不遺餘力而。天兵退還再調兵馬直出於萬萬意外罔知所措一路糧穀見在之數大槪略具於昨日狀啓定州用餘時留在者龜城來田米三百餘石牙山田稅全五百石以平石通計則合爲一千五百餘石乃是萬兵五日之糧安州則時存牙山稅米七百石移轉米用餘二百石三和龍岡田造米幷一千餘石載船已久而中間令回泊于廣梁唐兵退來之後又令移泊于安州故時未來到方爲催促若無事到泊則此所儲幾至二千餘石雖萬兵出來足可支十餘日此外如嘉山宣川龍川鐵山所儲僅可支三四千名一日之糧而更無措辦之路以此參酌後運出來之軍若至於一萬之多則誠無可繼之䇿至於馬料則每一匹支給一斗所入十倍於人糧辦出尤爲無䇿雖欲以唐黍粟稷雜物充給而唐人例不喜受且雜糓亦所難繼尤爲悶迫安州時留在馬豆一千石定州有一千石宣川亦有千石義州則本倉及所串定遠倉所儲最優於他邑幾至萬六七千石此外傍邑見在之數龜城龍岡皆有一萬餘石三和江西皆有六七千石如可登時取用則可以接濟而龜城距定州雖一日程山路險遠近日各官散輸之數合米豆已過千石人力已盡今欲連續繼轍而恐難如意惟三和龍岡船路相通似可優輸而海潮風汛順逆不齊難定期限至爲悶慮且軍粮每人當用二升而當初過於優厚日支三升傅聞唐兵不能盡食多以餘米換買他物云亦當擧實裁損以爲可繼之路臣當此大事計拙心耗恐乏軍興晝夜憂悶自該司凡生財足食之䇿別爲講究急速施行

本月十九日に左承旨が官印を押した有旨の書状を、臣が安州で謹んで受けました。

諸所の邑の倉の穀は、すべて壊れ残ったものばかりなのに大きな軍が不意に出て来ますので、調え度る事にあらゆる計策を出しても方策がありません。さきに五千の兵馬へ給するものを、東を崩して西を繕い、あちらのものを移してこちらに充てて、かろうじて形を成しましたので、まことにすでに心と思いを尽くし、余す力を残しませんでした。ところが明の軍が退いた後、改めて兵馬を調え発して出て来るとは、まことに思いの外で、どうすべきかを知りません。

一つの路の糧穀が残っている数は、おおよそ昨日の状啓に簡略に具えました。定州で用いて余り、今あるものは亀城から来た田米三百余石と牙山倉の田税米五百石ですから、平石で通して数えますと合わせて千五百余石で、すなわち万の兵の五日の糧です。安州は今、牙山倉の田税米七百石、他邑から移して来た米のうち用いて余った二百石、三和・龍岡の田米と造米を併せて千余石があります。船に載せて久しいのに、途中で広梁へ回して泊めさせ、明の軍が退いた後にまた安州へ移して泊めさせましたので、まだ来ておらず、今、催促しております。無事に来て泊まれば、ここに蓄えたものが二千余石に至りますので、万の兵が出て来ても十日余りは十分に給するに足ります。そのほか嘉山・宣川・龍川・鉄山に蓄えたものは、かろうじて三、四千名の一日の糧を給するに足るほどで、重ねて弁え備える路がありません。これで量りますと、後から出て来る軍が万に至るほど多ければ、まことに継ぐに足る計策がありません。

馬の料は一匹に一斗ずつ与えますので、要るものが人の糧の十倍であり、弁じ出すのはいよいよ方策がありません。唐黍・粟・稷のような雑物で充てて給そうとしても、明の人は例として受けることを喜ばず、また雑穀も継ぎがたいので、いよいよ悩ましく迫られます。安州に今ある馬の豆が千石、定州に千石、宣川にも千石があります。義州は本倉と所串倉・定遠倉に蓄えたものが他邑より最も豊かで、万六、七千石に至ります。そのほか傍らの邑に在る数は、亀城と龍岡がどちらも万余石、三和と江西がどちらも六、七千石です。時に合わせて取って用いられるなら、継ぎ給するに足ります。

しかし亀城は定州から一日の道のりであっても、山路が険しく遠いのです。近ごろ各邑が散らし運んだ数が米と豆を合わせてすでに千石を越え、人の力がすでに尽きましたので、今、相次いで運び継ごうとしても、意のようになりがたいのではないかと恐れます。ただ三和と龍岡は船路が通じていて十分に運べそうですが、海の潮と風の順い逆らいが揃わず期限を定めがたいので、ひどく憂慮されます。

また軍糧は一人に二升を用いるのが当然なのに、当初、過分に厚くして一日に三升を与えました。伝え聞きますに、明の軍が食べきれず、余った米で他の物を換え買うことが多いと申しますので、これもまた当然、実のとおり申し上げて減らし、継ぎ給せる路とすべきです。臣はこの大事に当たって計策は拙く心は疲れ、軍の興すものが乏しくなることを恐れて昼夜憂え悩みます。該当の司から、財を生み食を足らわせる計策を別に講究して急ぎ施行させてください。

夾注 2

八月九日

八月初九日。

底本は傅聞であるが、傳聞の誤りと見る