いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻7 辰巳錄

朝廷の臣一人を出して江華の軍糧を掌らせることを請うた状啓請差出朝臣一人句管江華糧穀狀

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 131字 · 朗読 1.1分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻7 辰巳錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

臣前因朴忠侃聞忠淸等處田稅米豆七千餘石留泊江華忠侃來時言于掌令鄭姬藩使之看護臣今到肅川適姬藩自江華來到言其船尙在江華不少軍糧若無句當管攝之人恐或有閪失飄散之憂臣聞宰相朝官時方留在江華者甚多而前頭調度之任亦甚關重。朝廷別差一人急急。下諭使之管理且以措置糧餉之事允爲便益

臣はさきに朴忠侃を通じて、忠清などの地の田税の米と豆七千余石が江華に留め泊められているという話を聞きました。忠侃が来る時、掌令の鄭姫藩に申して見守らせました。

臣が今、粛川に至りますと、ちょうど姫藩が江華から来て至り、その船はまだ江華に在るのに、少なくない軍糧に掌り率いる人がなければ、あるいは失い散らす憂いがあるのではないかと恐れると申しました。

臣が聞きますに、宰相や朝廷の官員で今、江華に留まっている者が非常に多く、これからのことを思えば軍糧と物資を備える任も非常に重いのです。朝廷から別に一人を出され、急ぎ諭しを下して掌り理めさせ、また軍糧を備える事を任せられれば、まことに便宜で利があるでしょう。

夾注 1

壬辰九月

壬辰の年九月。