四方の様子と処置が宜しさを失った事を条ごとに述べ申し上げた状啓條陳四方形止處置失宜狀
天未悔禍賊勢猶熾臣誠痛心近日因往來之言時聞四方形止其間人謀不臧處置失宜者亦多有之不得不達伏望留神焉
天がまだ禍を悔いず、敵の形勢がそのまま猛々しいので、臣はまことに心が痛みます。近ごろ往き来する話でときおり四方の様子を聞きますが、そのうちに人の謀りごとが善くなく、処置が宜しさを失ったものがまた多くあります。申し上げないわけにはいきませんので、伏して望みますに、心を留めてくださいますよう。
夾注 1
十月
十月。
一曰聚兵自衛之弊昔唐時監軍悉聚軍中精勇之士名爲牙兵臨陣不戰而軍敗則先遁河朔終以不振今聞京畿等處巡察使及守令等盡聚道內精軍自隨其身或令分衛家屬平時出入各官貽弊多端而避賊潜行未甞一戰纔聞賊報不問多少輒棄軍先遁如廣州水原加平高陽等地之民初猶團結設伏捕賊而今則盡皆散赴各處不能禦賊官舍閭閻次第殘破誠可痛心今宜下書警䇿母使更踵前失且京畿一道諸將之中惟楊州牧使高彥伯稍可倚仗自楊州永平加平抱川之軍皆使彦伯統之俾令督捕京城以東之賊又令全羅兵及兩湖義兵紏合高陽交河等處之兵勦捕京城以西之賊以成掎角之勢又使果川廣州金浦通津仁川富平南陽水原等邑之軍統於一將皆各精抄射手各於其地分屯設伏嚴加瞭望賊至則互相通報登時勦擊且以遮遏南面使不得南下仍使忠淸全羅道爲繼援若是則京城之賊其勢日縮而恢復之形已成矣且江原一道山林險阻樹木深味往往有百二之險道內雖云軍丁鮮少而山谷之間以射獵爲生名爲山尺者甚多苟能以重賞購之授以方略哨探賊兵去來處處要擊射殺則賊必歛縮不敢恣意橫行而今乃畏避先逃如恐不及使之如蹈無人之地亦以此意下書于監司施行民間如有殺賊者其所得財物悉以與之官不得推人不得奪則人人必力於殺賊矣
一つ。兵を集めて自らの身を衛る弊です。
昔、唐の時に監軍が軍中の精鋭で勇ましい士をすべて集めて牙兵と名づけました。陣に臨めば戦わず、軍が崩れればまず逃げ去りましたので、河朔はついに振るいませんでした。
今聞きますに、京畿などの地の巡察使と守令たちが道中の精鋭の軍をすべて集めて自分の身に従わせ、あるいは分けて自分の家属を衛らせていると申します。平時には各邑に出入りして弊を残すことが幾通りもあるのに、敵を避けて密かに回り、一度も戦ったことがありません。敵の知らせを聞くや、多少を問わずすぐ軍を捨てて先に逃げ去ります。
広州・水原・加平・高陽などの地の民は、初めはそれでも結び固まって伏兵を置いて敵を捕らえましたが、今はみな散って諸所へ行って敵を防げません。官舎と村里が順を追って崩れ破れますので、まことに心が痛みます。今は当然、書を下して戒められ、重ねて前の失を踏まないようにしてください。
また京畿一道の諸将のうち、ただ楊州牧使の高彦伯だけが少し頼るに足ります。楊州・永平・加平・抱川の軍をすべて彦伯に率いさせ、都より東の敵を督して捕らえさせてください。また全羅道の軍と忠清・全羅の二道の義兵で高陽・交河などの地の軍を収め合わせ、都より西の敵を撃って捕らえさせ、前後から掎角となる勢を成させてください。
また果川・広州・金浦・通津・仁川・富平・南陽・水原などの邑の軍を一人の将に率いさせ、みな射手を精しく択んでそれぞれその地に分かれて屯し、伏兵を置いて瞭望を厳しくさせてください。敵が来れば互いに知らせてその場でただちに撃ち破り、また南を遮って敵が下れないようにし、続いて忠清・全羅道に後ろを継いで助けさせてください。このようにすれば都の敵はその勢が日ごとに縮み、取り戻す形勢がすでに成るでしょう。
また江原一道は山と林が険しく阻まれ、木が深く密で、ときおり少ない兵でも防ぐに足る険しい所があります。道中に兵となる丁壮が少ないとは申しますが、山谷で狩りをして暮らす山尺という者が非常に多くあります。まことに厚い賞を懸けて募り、方略を言い授けて敵兵の往き来を探らせ、所々で路の要を遮って撃ち射殺させれば、敵は必ず縮んで敢えて思いのままに横行できないでしょう。ところが今は畏れ避けて先に逃げることを及ばないかと憂えるようにして、敵に人のない地を踏むようにさせています。この意でも監司に書を下して施行させてください。
民間で敵を殺した者があれば、その得た財物をすべてその人に与え、官が取り上げられず、他人が奪えないようにされれば、人ごとに必ず敵を殺すことに力を尽くすでしょう。
一修築山城督民入保此最爲急務近日遠近避亂之人率皆奔竄山谷無所棲泊糜粉寇手者日以千萬數安有如此慘痛之事乎若使之入處山城而聚軍守之則賊兵雖散漫四出而人情有所憑恃不至崩潰且一道之中多有完城賊來則據險力戰賊退則乘勢追躡賊必不敢肆意攻剽矣蓋自東萊釜山陷城之後人以守城爲必死之道莫肯守之故賊如蹈無人之地今則全州延安皆以據守得全故人頗知守城之利若乘此際有所區處則人必信從而事可有濟矣况秋候日寒而賊兵未退林藪木落之後何處藏避宜令該司急速知委擧行以救萬一
一つ。山城を修め築き、民を督して入って守らせることが最も急な務めです。
近ごろ遠近で乱を避ける人がおおよそみな山谷へ逃げ隠れて棲み泊まる所がなく、盗の手で粉となる者が日ごとに千万と数えられます。どうしてこのように惨く痛ましい事がありましょうか。
もし山城に入って住まわせ、軍を集めて守らせれば、敵兵がたとえ散って四方へ出ても、人の情が憑り頼る所があって崩れ潰えるには至らないでしょう。また一道のうちに全い城が多くありますので、敵が来れば険しい所に拠って力を尽くして戦い、敵が退けば勢に乗じて追い迫れば、敵は必ず敢えて思いのままに攻め掠められないでしょう。
おおよそ東萊と釜山が城を失った後、人々は城を守ることを必ず死ぬ道と思って守ろうとしませんでしたので、敵は人のない地を踏むようにしました。今は全州と延安がどちらも拠って守って全きを得ましたので、人々はなかなか城を守る利を知っています。もしこの折に乗じて処するところがあれば、人々は必ず信じ従って事を済うことができるでしょう。
まして秋の候が日ごとに寒いのに敵兵は退いておりません。林の木の葉が落ちた後には、どこに隠れ避けるのでしょうか。当然、掌る官衙に命じて急ぎ知らせ挙行させ、万に一つでも救ってください。
一今日八道之中尤甚板蕩處北道江原京畿黃海道而京畿黃海道則猶有倡義討賊之人至於北道江原道則民心敗毀幾不知有國極爲駭愕今宜急急收拾大抵江原道山林最爲深險往往人所不能通行道內軍卒雖少而山谷之間擊殺猛獸名爲山尺者其類甚多若處處購募設伏於要害隨見輒射則賊必不敢近境而監司守令只以遇賊奔避爲心一不規畫使之崩潰令北道江原道全爲賊藪而與京畿之賊連勢且與慶尙道海邊只隔一嶺若諸處皆無追捕之人則一朴晉雖在慶尙道其能禦之乎如不能禦則八方無地爲我國矣事之危迫至於如此可爲痛心北道則賊勢彌漫固不可趁時收取江原京畿道之事所當及時區處臣請言京畿形勢自楊州積城抱川永平加平等邑之軍統於一將遮蔽京城以東江華喬桐高陽交河長湍坡州等邑之軍統於一將遮遏京城以西廣州果川衿川安山水原南陽等邑之軍又統於一將遮遏南方三面合勢約束相通號令歸一氣勢聯絡且與諸處義兵同心戮力以圖濟事臣觀今日京畿諸將中惟高彥伯最爲可任東邊之軍一委於彥伯其在西南之將亦惟。朝廷所擇耳如是然後江原道之軍與京畿東道之軍合勢崔遠金千鎰之軍與西道之軍合勢忠淸道軍及義兵洪季男等軍與廣州等邑之軍合勢三面掎角相機進取先抄精軍分道出奇散出之賊次第勦盡則賊之在城中者氣勢日縮而京城我民必有內應相圖者矣京畿巡察使權徵處事乖當人情憤鬱。朝廷更寄以巡察之任徵不思討賊專收道內丁壯稱爲牙兵軍官自衛其身及其家屬賊退則出入官邑責辦厨傳以爲民弊賊至則數十里之外散軍逃去且如高彥伯等雖欲盡力捕賊而不肯分與精勇至於委邊彥琇以大軍而廣州陷沒委趙儆以衆兵而加平失守臣不知國家今日之勢能堪幾敗耶。朝廷所以激發人心有勸有懲者全在賞罰平時尙然况於危難乎如黃海前監司趙仁得自臨津失守以後在相望之地未甞遣一卒勤王且以海州爲金城鐵關乘船逃避於賊兵未至之前而旣遞監司而旋爲巡察海州牧使李泰亨棄城逃走留軍危地離陣獨宿使康翎瓮津之民血肉狼籍罪狀如此而猶保官爵四方聞之有以議。朝廷賞罰之無章臣甚惜焉此等事臣本不敢妄言但。國事危迫如此而臣冒居大臣之後旣知利害所關不得不達惶恐無已江原監司姜紳亦非統禦之才亦當以他人改差
一つ。今日、八道のうち いっそう甚しく崩れた所は北道と江原・京畿・黄海道です。
京畿と黄海道にはそれでも義を倡えて敵を討つ人がありますが、北道と江原道に至っては民心が壊れて国のあることをほとんど知りませんので、極めて驚かれます。今は当然、急ぎ収め拾うべきです。
おおよそ江原道は山と林が最も深く険しく、ときおり人の通い行けない所があります。道中の軍卒は少ないとはいえ、山谷で猛い獣を撃ち殺す山尺という者が、その輩が非常に多くあります。もし所々で賞を懸けて募り、要害に伏兵を置いて見るままに射させれば、敵は必ず敢えて境に近づけないでしょう。ところが監司と守令は、ただ敵に遇えば逃げ避ける心ばかりで、一度も計り画かず、崩れさせました。
北道と江原道がまるごと敵の藪となって京畿の敵と勢を連ね、また慶尚道の海辺とはただ一つの嶺を隔てるだけです。もし諸所にみな追い捕らえる人がなければ、朴晋一人がたとえ慶尚道に在っても、それを防げましょうか。防げなければ、八方に我が国となる地がありません。事の危うく迫ることがこれに至りましたので、心を痛めます。
北道は敵の形勢が満ち広がって、まことに時に合わせて収め取れませんが、江原・京畿道の事は当然、時に及んで処すべきです。
臣は請うて京畿の形勢を申し上げます。楊州・積城・抱川・永平・加平などの邑の軍を一人の将に率いさせて都より東を遮り蔽い、江華・喬桐・高陽・交河・長湍・坡州などの邑の軍を一人の将に率いさせて都より西を遮り、広州・果川・衿川・安山・水原・南陽などの邑の軍をまた一人の将に率いさせて南を遮らせてください。三つの面が勢を合わせ、約束が互いに通じて号令が一つに帰れば、気勢が連なるでしょう。また諸所の義兵と心を同じくし力を尽くして、事を済うことを図ってください。
臣が見ますに、今日、京畿の諸将のうち、ただ高彦伯が最も任せるに足ります。東の軍を一様に彦伯に委ねられ、西と南に在る将は、また ただ朝廷の択ばれるところです。このようにして後に、江原道の軍が京畿の東の軍と勢を合わせ、崔遠・金千鎰の軍が西の軍と勢を合わせ、忠清道の軍と義兵の洪季男らの軍が広州などの邑の軍と勢を合わせるでしょう。三つの面が掎角となって機を見て進んで取り、まず精鋭の軍を択んで路を分けて不意に出、散り出た敵を順を追ってすべて撃ち尽くせば、城の中に在る敵は気勢が日ごとに縮み、都の我が民のうちに必ず内から応じて共に図る者があるでしょう。
京畿巡察使の権徴は事の処し方が食い違って人の情が憤り悶えているのに、朝廷から改めて巡察の任を委ねられました。徴は敵を討つ事を思わず、もっぱら道中の丁壮を収めて牙兵だ軍官だと称して自分の身とその家属を衛っています。敵が退けば邑に出入りして供応を督して弁えさせ、民の弊となり、敵が来れば数十里の外で軍を散らして逃げ去ります。また高彦伯らがたとえ力を尽くして敵を捕らえようとしても、精鋭で勇ましい軍を分け与えようとしません。辺彦琇に大軍を委ねて広州が陥ち、趙儆に多くの兵を委ねて加平を守れないことに至りました。臣は国の今日の形勢が幾度の敗れに堪えられるかを知りません。
朝廷が人心を励まし起こして勧めもし懲らしもするのは、まったく賞と罰に在ります。平時でもそうですのに、まして危うく難しい時はなおさらです。黄海の前監司の趙仁得は、臨津を守れなかった後、互いに眺め合う地に在りながら一人の卒も遣わして勤王したことがありません。また海州を鉄の城と関と思いながら、敵兵の至る前に船に乗って逃げ避けましたのに、監司を替えられてすぐ巡察となりました。海州牧使の李泰亨は城を捨てて逃げ走り、軍を危うい地に置いて陣を離れて独り寝、康翎・瓮津の民の血と肉が乱れ散るようにさせました。罪状がこのようであるのに、なお官爵を保っています。四方でこれを聞いて、朝廷の賞罰に法度がないと議しますので、臣はひどく惜しまれます。
このような事は臣がもともと敢えて妄りに申すべきことではありませんが、ただ国事がこのように危うく迫っているのに、臣がかたじけなく大臣の末に在って、すでに利害にかかわるところを知りましたので、申し上げないわけにはいきません。恐れ入るばかりです。江原監司の姜紳もまた率い治める才ではありませんので、当然、他の人に替えて差し任じてください。
一賊兵屯據京城已久民情狃安且迫於飢饉太半入處幾與相忘極爲寒心然賊敗去之時則必盡爲芟刈以泄其毒假使不爲芟刈而亦必虜掠卷去百工伎藝擧爲倭人如火炮水戰弓矢等事無不敎之其爲後日之憂庸有紀乎此亦急設方略諭以禍福使之登時自拔而出以免死亡且有心於內應者亦當以優賞勸之以動其心此亦今日之最急者也
一つ。敵兵が都に屯して拠ってすでに久しく、民の情が馴れて安んじております。
また飢えに迫られて大半が入って住み、ほとんど互いに忘れたようですので、ひどく寒心すべきことです。しかし敵が敗れて去る時には、必ずすべて刈り殺してその毒を洩らすでしょうし、たとえ刈り殺さなくても、必ず虜にし掠めて引き払って行くでしょう。あらゆる工人と技藝のある者がみな倭人の手に入って、火砲・水の戦い・弓矢のような事を彼らに教えないものがないでしょうから、後日の憂いにどうして限りがありましょうか。
これもまた急ぎ方略を設け、禍と福で諭して、その場でただちに自ら抜け出て死を免れさせてください。また内から応じる心のある者には、当然、厚い賞で勧めてその心を動かさせてください。これもまた今日の最も急なことです。
一各道將官不可不省蓋將官太多而號令雜出守令人民莫適所從徒爲貽弊無益於事今宜急省其不能者如召募官等亦徒爲紛紛其無顯效者姑且罷遣爲當
一つ。各道の将官は省かないわけにはいきません。
おおよそ将官が多すぎて号令が雑りに出ますので、守令と民が従うべきところを知りません。いたずらに弊を残すばかりで事には益がありません。今は当然、その事のできない者を急ぎ省いてください。召募官らも また、いたずらに紛らわしいばかりで顕かな効のない者は、まず罷めて遣わすのが当然です。
一當今急務惟在激勵人心使之興起如公私賤之捕殺賊倭者皆卽許免賤不可吝惜以失人心古語云重賞之下必有死士且聞江原道等處凡民射殺賊倭所奪之物皆以平時賊臟爲例本官報監司置簿推尋若失之則或以民間牛馬充納而監司認爲己物私與所知之人民皆怨苦莫肯以射賊爲心云其爲無謂甚矣今宜廣加知委凡捕賊而所得之物悉與其人官不得推人不得奪則村民皆知殺賊之利處處蜂起而賊勢少衰矣
一つ。今の急務は、ただ人心を励まし起こして奮い立たせることに在ります。
公の賤であれ私の賤であれ、倭賊を捕らえ殺した者はみなただちに賤を免ずることを許されるべきで、惜しんで人心を失ってはなりません。古い言葉に「重い賞の下には必ず死を決する士がある」と申します。
また聞きますに、江原道などの地では、民が倭賊を射殺して奪った物をすべて平時の賊の臓物の例とし、その邑が監司に報じて簿に載せて取り立て、もし失えば民間の牛馬で充てて納めさせると申します。ところが監司は自分の物と思って私かに知る人に与えますので、民はみな怨み苦しんで敵を射ることを心に置こうとしないと申します。その謂れのなさが甚しいのです。
今は当然、広く知らせられ、およそ敵を捕らえて得た物はすべてその人に与え、官が取り上げられず、他人が奪えないようにしてください。そうすれば村の民はみな敵を殺す利を知って所々で蜂のように起こり、敵の勢は少し衰えるでしょう。
一今日之所恃者人心古人以單膠感士楚王撫慰戰士三軍如挾纊蓋怨不在大惠不在小所貴推赤心置人腹而已今凡在戰陣之士當加撫恤而南軍義兵之在江華及他處者因往來之使別以。敎旨宣慰以慰其勞訪問村落間私自捕賊之人令所在官吏一一具錄。啓聞而施賞使有激勵之心
一つ。今日、頼るものは人心です。
昔の人は一樽の酒で士を感じ入らせ、楚の王が戦う士を撫で慰めると三軍が綿入れを挟んだようであったと申します。おおよそ怨みは大きなものに在らず、恵みは小さなものに在らぬものですから、貴いのは赤き心を出して人の腹に置くことだけです。
今、およそ戦陣に在る士を当然撫で恤んでください。江華や他の所に在る南の軍と義兵には、往き来する使いに託して別に教旨を下して宣べ慰め、その労を慰めてください。村里のあいだで私かに敵を捕らえた人を訪ね問われ、その地の官吏に一つ一つ具えて記して申し上げさせ、賞を与えて、奮い起こる心を持たせてください。
一近日賊兵漸加其實我民投入者太半傳聞錦山之戰賊陣射矢如雨此皆我民耳極爲可駭蓋賊獲我民之壯健者皆卽削髮變爲倭形而驅使故民往往雖欲逃出畏見殺於官軍甘心附賊以助其勢誠可痛也今宜別爲事目處處張榜知委如自賊中來投者母得斬殺使之各還其居其有能殺賊或以賊情來告者厚加賞賜以廣歸順之路
一つ。近ごろ敵兵が次第に増えますが、実のところ我が民で入った者が大半です。
伝え聞きますに、錦山の戦いで敵陣から射た矢が雨のようであったと申しますが、これはみな我が民に過ぎませんので、極めて驚かれます。おおよそ敵は我が民のうち壮く健やかな者を獲れば、みなただちに髪を削いで倭人の形に変えて駆り使います。ですから民はときおり逃げ出ようとしても、官軍に殺されるのではないかと畏れて、甘んじて敵に附いてその勢を助けますので、まことに痛ましいのです。
今は当然、別に事目を作って所々に榜を張って知らせられ、敵の中から来て投ずる者は斬り殺さず、それぞれ自分の住んだ所へ帰らせてください。敵を殺し、あるいは敵の情を来て告げる者には厚く賞を賜って、帰り順う路を広めてください。
一倭奴短於水戰而當初淺慮之人妄言水戰非便使賊任意登陸人謀不臧亦天之爲尙何言哉今全羅道舟師甚盛而慶尙道則蕩敗幾盡明年備患亦是數月間事耳此賊雖幸而得勝而慶尙舟船若不登時措置明年與今年等耳臣意當此。國家危急之際所當不計他事專力爲防備如以下三道奴婢身貢及他所出之物盡爲軍備預爲知委于當事之臣於春冬之間隨其賊退之處造得板屋戰船百餘隻且以善於水戰者爲水使又以常時慶尙道倭料米價布盡餉戰士待變於海口然後可以有濟今內賊未退固難議此然凡事不預則不立受任方面之臣不可以不知也
一つ。倭奴は水の戦いに短いのです。
ところが初めに浅く慮った人が、水の戦いは便でないと妄りに申して、敵に思いのままに陸へ上らせました。人の謀りごとが善くなかったことも また天のしたことですから、重ねて何を申しましょうか。
今、全羅道の舟師は非常に盛んですが、慶尚道は崩れてほとんど尽きました。明年の患いに備える事も また数か月のあいだの事に過ぎません。この敵をたとえ幸いに勝ったとしても、慶尚道の船をその場でただちに備えなければ、明年は本年と同じになるだけです。
臣の思いはこうです。このように国が危急な際に当たっては、当然、他の事は数えず、もっぱら防ぎ備えることに力を尽くすべきです。下の三道の奴婢の身の貢と、そのほかに出る物をすべて軍備とするよう、事を任された臣に予め知らせられ、冬と春のあいだに敵の退いた所に従って板屋戦船百余隻を造らせてください。また水の戦いに熟んだ者を水使とされ、平時に慶尚道で倭人を饋った米と値を払った布をすべて戦う士に饋い、海の口で変を待たせられて後に、済うことができます。
今は内の敵が退いておりませんので、まことにこれを議しがたいのです。しかし諸事は予めしなければ立ちませんから、一方面を任された臣は知らぬわけにはいきません。