いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻7 辰巳錄

軍糧の処し方を馳せて申し上げた状啓馳。啓糧餉措置狀

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 234字 · 朗読 2.2分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻7 辰巳錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

唐兵出來日期時未的知一路支待糧餉定州安州輸運措備米豆及其餘郡邑僅備萬餘兵馬一二日之糧脫或。天兵數萬多數出來則必有不足之憂但今秋糓方熟零碎收合似不至於難繼平壤之賊必須速爲蕩平然後黃海以南可以皷行驅逐傳聞賊兵太半還歸黃州等地亦無留兵云而但近日倭賊於順安近處永柔等境日日焚蕩閭閻賊謀難測殊甚可憂然此賊孤軍深入已經累月散出標掠其氣亦老苟能紏率軍兵隨處設伏乘機抄擊其勢自衰而各處將帥守令一向畏縮不敢向前尙使殘寇肆毒生靈塗地誠可痛心今秋風漸高弓力方勁馬足亦健日望。天兵之來以見蕩平之期

明の軍が出て来る日付はまだ確かには分かりません。一つの路で支え待つ軍糧として、定州・安州に運んで備えた米と豆、そのほかの邑のものを合わせても、かろうじて万余の軍と馬の一日二日の糧を備えただけです。もし明の軍の数万が多くの数で出て来れば、必ず足りない憂いがあります。ただ今は秋の穀がまさに熟しますので、少しずつ収め集めれば、継ぎ給しがたいところまでは至らないように思われます。

平壌の敵を必ず速やかに掃き平らげて後に、黄海道より南を鼓を鳴らして進んで追い払うことができます。伝え聞きますに、敵兵は大半が再び帰り、黄州などの地にも留まる兵がないと申します。ところがただ、近ごろ倭賊が順安の近い所と永柔などの地で日ごとに村を焼き蕩しております。敵の謀りごとを測りがたく、なかなか憂えられます。

しかしこの敵は孤りの軍で深く入り、すでに幾月も過ごしながら散り出て掠めていますので、その気もまた老いました。まことに軍を率いて所々に伏兵を置き、機に乗じて抄い撃てば、その勢は自ずから衰えるでしょう。ところが諸所の将と守令は一様に畏れ縮んであえて前へ進まず、今なお残る盗が思いのままに毒を施して民が塗炭に陥っておりますので、まことに心が痛みます。

今、秋の風が次第に高く、弓の力がまさに強く、馬の足もまた健やかです。日ごとに明の軍が来ることを望み、掃き平らげる期を見ようと思います。

夾注 1

九月

九月。