いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻9 辰巳錄

軍務を兼ねて察する任をお収めくださることを請う辭免兼察軍務狀

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 222字 · 朗読 2.1分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻9 辰巳錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

臣前年七月受。命以檢勅一路糧餉事出來其後九月間伏承有。旨有兼察軍務鎭定之。敎蓋緣其時有爲而然耳今則別無可察之事而臣前所云元帥之任不容有二號令雜出有損無益者。朝廷所宜更加詳察也自古軍事必須專任責效若使一人已任其事而又使傍人參錯無不敗之理此易有輿尸之戒也况臣性識昏劣從前竊據誤國誠甚今於危急存亡之際更犯古人所戒以速僨敗其罪益大又臣自亂離以來公私痛切憂憤成疾往往狂呌絕氣思慮精神日益顚倒死亡無日其勢已不能參理軍務敢望。聖恩還收兼察軍務之。命使之專力於所管糧料一事

臣は昨年七月に命を受け、一筋の路の軍糧を取り締まる事で出て参りました。その後、九月ごろに御旨を承りましたが、軍務を兼ねて察し、鎮め定めよとの御教えでございました。おおよそその時はそうすべき理由があってのことで、今は別に察するべき事がございません。

臣が先に申しました、都元帥の任は二つあってはならず、号令が入り混じって出れば損があって益がないということは、朝廷において改めて詳しく察していただくべきことです。古より軍の事は、必ずもっぱら任せて成果を責めねばなりません。もし一人にすでにその事を任せておきながら、さらに傍らの人を入り混じらせれば、敗れない理がありません。これが『易』に「尸を輿に載せる」という戒めがある理由です。

ましてや臣は性と識が暗く劣っており、以前から位を盗んで国を誤ったことがまことに甚しいのです。今、危急にして国の存亡がかかる折に、改めて古人の戒めた所を犯して敗れを招くならば、その罪はいっそう大きいのです。

また臣は乱離の後、公私ともに痛みが切実で、憂いと憤りが病となりました。おりおり狂ったように叫んで息が絶え、思いも精神も日ごとにいっそう転び覆り、死ぬ日も遠くありませんから、その形勢ではもう軍務に与かって治めることができません。あえて願いますに、聖恩をもって軍務を兼ねて察せよとの命をお収めになり、任された糧の一事に力をもっぱらにさせてください。

夾注 1

二月十一日

二月十一日。