いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻16 軍門謄錄
黃海道の觀察使に送った文移黃海道巡察使文
懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻16 軍門謄錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。
今月初六日忠淸道鴻山林川等處有土賊竊發勢頗鴟張不得已分送京中炮射手期於勦滅事定間京中宿衛之軍數小京城近處各官武士發送事已爲下書此初非大端難制之賊萬一遠方之民不知事實過爲驚動則事甚騷擾十分詳審處置勿使人心動搖武士則延安白川海州等邑所居者先抄三四百名定將起送刻日無滯其餘亦鱗次整齊以待朝廷命令監司稍於近京之地駐箚待候本道之民久困徭役性且愚頑鎭定之事更加詳審處置
今月六日、忠淸道の鴻山・林川などの地で土賊がひそかに起こって勢いがかなり荒い。やむを得ず京城の炮手と射手を分け送って、きっと討ち滅ぼそうとしている。事が収まるあいだ、京城を宿衛する軍が数が少ないので、京城に近い各邑の武士を送る事はすでに書で下した。
これは初めから大きく制しがたい賊ではない。もし遠い所の民が事実を知らずに過度に驚き動けば、事がはなはだ騒がしくなるので、十分に詳しく調べて処置し、人心が揺れないようにせよ。
武士は延安・白川・海州などの邑に住む者で、まず三、四百名を抜いて將を定めて起こし送るが、日を刻んで滞ることのないようにせよ。その残りも順に整え揃えて朝廷の命令を待て。監司は京城に少し近い地に留まって待ち受けよ。
本道の民は長く徭役に苦しみ、性がまた愚かで頑なであるから、鎮め定める事をさらに詳しく調べて処置せよ。