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恩赦を論じる論赦令第三十二

貞観政要(貞観の治における政の要) 貞觀政要 · 呉兢 · 8世紀初め · 段落 4 · 漢字 543字 · 朗読 2.2分

貞観政要(貞観の治における政の要) 論赦令第三十二 唐の太宗が臣下と交わした言葉を主題ごとに集めた書。君主の道から始まり、諫言を受け入れる法、官吏を選ぶ法、刑罰と税と征伐を経て「終わりを慎む」で終わる。魏徴が面を合わせて折って諫め、太宗がそれを受け入れる場面が書の骨格である。高句麗の安市城をついに落とせずに退き、城主に絹を与えたこと、房玄齢が死に臨んで遼東征伐を止めた上疏もここにある。

貞觀七年,太宗謂侍臣曰:「天下愚人者多,智人者少,智者不肯為惡,愚人好犯憲章。凡赦宥之恩,惟及不軌之輩。古語云:『小人之幸,君子之不幸。』『一歲再赦,善人喑啞。』凡『養稂莠者傷禾稼,惠奸宄者賊良人』。昔『文王作罰,刑茲無赦。』又蜀先主嘗謂諸葛亮曰:『吾周旋陳元方、鄭康成之間,每見啟告理亂之道備矣,曾不語赦。』故諸葛亮治蜀十年不赦,而蜀大化。梁武帝每年數赦,卒至傾敗。夫謀小仁者,大仁之賊。故我有天下以來,絕不放赦。今四海安寧,禮義興行,非常之恩,彌不可數,將恐愚人常冀僥幸,惟欲犯法,不能改過。」

貞観七年、太宗が侍臣に言った。

「天下には愚かな人が多く、智い人は少ない。智い者は悪を行おうとせず、愚かな人が憲章を犯すのを好む。およそ赦し宥す恩は、ただ法を外れる輩にしか及ばない。古い言葉に『小人の幸いは君子の不幸である』といい、『一年に二度赦せば、善い人は口をつぐむ』という。およそ『莠を養うのは禾を傷め、奸しい盗賊に恵みをかけるのは善い人を害する』という。かつて『文王が罰を作り、こうした者を刑して赦さなかった』という。

また蜀の先主がかつて諸葛亮に『私は陳元方と鄭康成のあいだを行き来したが、彼らが治乱の道を説き示すのを見るたびに、備わってはいたが、ついに赦のことは語らなかった』と言った。だから諸葛亮が蜀を治めた十年のあいだ赦さなかったのに、蜀は大いに教化された。梁の武帝は毎年何度も赦して、ついに傾き敗れるに至った。そもそも小さな仁を謀るのは、大きな仁の賊である。

だから私が天下を得て以来、まったく赦を放ったことがない。いま四海は安らかで、礼と義が起こって行われているのだから、常ならぬ恩をなおさらたびたび与えてはならない。愚かな人がつねに僥倖を望んで、ただ法を犯そうとするばかりで過ちを改められなくなるのではと恐れる。」

貞觀十年,太宗謂侍臣曰:「國家法令,惟須簡約,不可一罪作數種條。格式既多,官人不能盡記,更生奸詐,若欲出罪即引輕條,若欲入罪即引重條。數變法者,實不益道理,宜令審細,毋使互文。」

貞観十年、太宗が侍臣に言った。

「国家の法令は、ただ簡やかであるべきで、一つの罪に何種類もの条を作ってはならない。格と式がすでに多ければ、官人はすべてを覚えきれず、あらためて奸しさと偽りが生じる。罪から出そうと思えば軽い条を引き、罪に入れようと思えば重い条を引くのだ。たびたび法を変えることは、まことに道理の益にならない。審らかに細かく検めさせ、食い違う文がないようにせよ。」

貞觀十一年,太宗謂侍臣曰:「詔令格式,若不常定,則人心多惑,奸詐益生。《周易》稱『渙汗其大號』,言發號施令,若汗出於體,一出而不復也。《書》曰:『慎乃出令,令出惟行,弗為反。』且漢祖日不暇給,蕭何起於小吏,制法之後,猶稱畫一。今宜詳思此義,不可輕出詔令,必須審定,以為永式。」

貞観十一年、太宗が侍臣に言った。

「詔と令、格と式がもしつねに定まっていなければ、人の心は多く惑い、奸しさと偽りがいっそう生じる。『周易』に『その大いなる号を汗のように渙らす』というのは、号を発し令を施すのが、汗が体から出るようなもので、ひとたび出れば戻らないことを言ったのである。『書経』に『汝の令を出すのを慎め。令は出れば行われるだけで、覆してはならない』とある。

また漢の高祖は日々に暇がなく、蕭何は小吏から起こった身であったが、法を定めた後は、やはり一つに揃っていると称えられた。いまはこの義を詳しく思い、詔と令を軽々しく出してはならず、必ず審らかに定めて、永く用いる式としなければならない。」

長孫皇后遇疾,漸危篤。皇太子啟后曰:「醫藥備盡,今尊體不瘳,請奏赦囚徒並度人入道,冀蒙福祐。」后曰:「死生有命,非人力所加。若修福可延,吾素非為惡者;若行善無效,何福可求?赦者國之大事,佛道者,上每示存異方之教耳,常恐為理體之弊。豈以吾一婦人而亂天下法?不能依汝言。」

長孫皇后が病んで、次第に危うく重くなった。皇太子が后に申し上げた。

「医と薬を備え尽くしましたのに、いま御体が癒えられません。奏して囚人を赦し、あわせて人を道に入らせて、福と加護を蒙れるようにお願いしたいと存じます。」

后が言った。

「死と生には命があり、人の力で加えられるものではありません。もし福を修めて延ばせるのなら、私はもとより悪を行った者ではありません。もし善を行っても効がないのなら、どんな福が求められるでしょう。

赦は国の大事です。仏道は、上がつねに他の地方の教えも残しておられることを示されたまでのことで、政の体の弊えになるのをつねに恐れておられます。どうして私一人の女のために天下の法を乱せましょうか。お前の言葉には従えません。」