後題
1後題
後題
末尾に添える文(後題)。
2李源の文
先生業文精博, 洞明古今. 官以右司諫·知制誥, 便歸老關東. 雖迹同去國, 而志在匡君. 遂於看藏餘, 修此帝王韻紀, 以供乙覽, 其辭約, 其旨暢, 如珠之在貫, 網之在綱, 萬代相承, 理亂終始, 不出乎此, 可謂通鑑之粹歟. 但所惜者, 於本朝 仁宗紀, 只言見逼, 不言其終復天位, 永貽孫謨, 是一缺耳. 胡不添撥亂賴忠臣, 龍孫綿不已之一句, 而足之乎? 先生非不知, 撮略故爾. 臣幸以不才, 獲承憂寄, 比到州, 彫板僅終矣. 故無所補, 徒以姓名, 冠于板尾耳. 副使, 臣, 李源, 謹題.
先生は文章が精緻で広く、古今を明らかに見通された。官は右司諫・知制誥に至り、やがて関東に退いて老いられた。足跡は国を去った人のようであったが、志は君主を正すことにあった。ついに大蔵経を読む合間に、この『帝王韻紀』を著して乙覧(乙覽)に供した。その言葉は簡略で、その趣旨は明快であり、珠が緒に貫かれ、網が綱に掛かっているようである。万代にわたり相承された治乱の始めと終わりがここから外れることはなく、『通鑑』の精粋と言えよう。
ただ惜しまれるのは、本朝の仁宗紀において、ただ逼られたことだけを述べ、ついに天位を回復して永く子孫に謀を遺したことを述べていない点であり、これが一つの欠けであるにすぎない。なぜ「乱を治めたのは忠臣に頼り、竜の子孫は連なって已まなかった」という一句を加えて補わなかったのか。先生が知らなかったのではなく、要約したためであろう。
臣は幸いにも才のない身で憂慮すべき委嘱を承ったが、州に着いたころには板を刻む仕事がほぼ終わっていた。それゆえ補うところがなく、ただ姓名を板の末尾に載せるだけである。副使の臣、李源が謹んで記す。
3安克仁の重刻記
先居士, 臣動安所製進, 歷代帝王韻紀, 在元貞間勅令, 鋟梓于晉州牧官, 年旣久, 而板朽字滅. 其季男, 前密直使李公, 嘗以重彫爲意, 而力不給. 姪婿克仁, 幸按是道, 取暇隙, 而售其意於東京官, 非止爲繼述, 自私門戶, 蓋欲以卷中眉目, 傳不泯而利後生稽覽耳. 按廉使·中散大夫·兵部侍郞, 臣, 安克仁, 題.
亡き居士、臣の動安(李承休)が著して献上した『歴代帝王韻紀』は、元貞年間に勅令によって晋州牧の官衙で板に刻まれたが、年月がすでに久しくなり、板は朽ち字は消えていた。その末子である前密直使の李公が、かつて重ねて刻む意志を持っていたが、力が及ばなかった。姪の婿である克仁が幸いにこの道の按廉使となり、暇を得てその意志を東京(慶州)の官衙で成し遂げた。これは先代の事業を継いで自らの門戸を私するためにとどまるものではなく、おおむね巻中の要点を滅びることなく伝え、後生の考覧に資そうとしたまでである。按廉使・中散大夫・兵部侍郎、臣の安克仁が記す。
4至正二十年 東京開板
至正二十年庚子五月 日, 東京開板.
至正二十年庚子(一三六〇年)五月某日、東京(慶州)で板を刻んで刊行した。
5書 金禧
書, 進士, 臣, 金禧.
文字は進士、臣の金禧が書いた。
6安克仁
按廉使·中散大夫·兵部侍郞, 臣, 安克仁.
按廉使・中散大夫・兵部侍郎、臣の安克仁。
7李輊の跋文
帝王韻紀, 繡梓歲久, 糢糊之板, 間或有之, 故就而印之者, 絶矣. 令監司廣陵李相國, 聞之慨然, 有補朽之志. 府尹李相國, 判官潘君, 求此本於予. 命工鋟梓, 親自監督, 不日而全書復見, 豈無益於經世之君子哉? 是可書也. 永樂丁酉五月旣望, 朝散大夫·慶州儒學敎授官, 李輊, 跋.
『帝王韻紀』は板に刻まれてから年を経て、ぼやけた板が所々にあったため、そこから印刷する者が絶えていた。監司である広陵の李相国がそれを聞いて慨然とし、朽ちたものを補う志を持った。府尹の李相国と判官の潘君が、この本を私に求めた。職人に命じて板に刻ませ、自ら監督したので、幾日もせずに完全な書が再び現れた。どうして世を治める君子に益がないことがあろうか。これは書き留めるに値することである。永楽丁酉(一四一七年)五月既望、朝散大夫・慶州儒学教授官の李輊が跋を書く。
夾注 3
之剛
名は之剛である。
承幹
名は承幹である。
泳
名は泳である。