いにしえの文 › 中庸(偏らぬ道を説く書)

第20章20장

中庸(偏らぬ道を説く書) 中庸 · 子思が著したと伝わる · 礼記に収められた文章 · 段落 1 · 漢字 268字 · 朗読 1.1分

中庸(偏らぬ道を説く書) 「天が命じたものを性といい、性に従うことを道といい、道を修めることを教えという」で始まる。四書のうち最も遠くまで行く文章である。 前のほうは孔子の言葉を集めて、中庸がなぜそれほど難しいのかを説く — 天下を平らかに治めることもでき、官位を辞することもでき、真っ青な刃を踏むこともできるが、中庸は能くできない。後のほうは誠の一つに移っていき、誠は天の道であり、誠であろうとするのは人の道であると言って、ついには天地と並んで三つになるところまで行く。 「人が一度で能くするなら私は百度やり、人が十度で能くするなら私は千度やる」という言葉もここから出た。

哀公問政。子曰:「文武之政,布在方策。其人存,則其政舉;其人亡,則其政息。人道敏政,地道敏樹。夫政也者,蒲盧也。故爲政在人。取人以身。脩身以道。脩道以仁。仁者,人也,親親爲大。義者,宜也,尊賢爲大。親親之殺,尊賢之等,禮所生也。在下位,不獲乎上,民不可得而治矣。故君子,不可以不脩身。思脩身,不可以不事親。思事親,不可以不知人。思知人,不可以不知天。天下之達道五,所以行之者三,曰:君臣也、父子也、夫婦也、昆弟也、朋友之交也。五者,天下之達道也。知、仁、勇三者,天下之達德也。所以行之者一也。或生而知之;或學而知之;或困而知之:及其知之,一也。或安而行之;或利而行之;或勉強而行之:及其成功,一也。」

哀公が政を問うた。孔子が言った。

「文王と武王の政は、木札と竹札に広げられています。その人がいればその政は起こり、その人がいなければその政は止まります。

人の道は政に速く、地の道は木に速いのです。およそ政とは、蒲(がま)や葦のようなものです。

ですから政を行うことは人にあります。人を得るのは身をもってし、身を修めるのは道をもってし、道を修めるのは仁をもってします。

仁とは人らしさであり、親を親しむことが大きいのです。義とは宜しさであり、賢い者を尊ぶことが大きいのです。親を親しむことの軽重と、賢い者を尊ぶことの等級から、礼が生まれます。

下の位にあって上から得られなければ、民を治めることはできません。

ですから君子は身を修めずにはいられません。身を修めることを思えば親に仕えずにはいられず、親に仕えることを思えば人を知らずにはいられず、人を知ることを思えば天を知らずにはいられません。

天下に通じる道は五つ、それを行うものは三つです。君と臣、父と子、夫と婦、兄と弟、友の交わり — この五つが天下に通じる道です。知と仁と勇の三つが天下に通じる徳であり、それを行うものは一つです。

ある者は生まれながらに知り、ある者は学んで知り、ある者は苦しんで知りますが、その知るに至っては一つです。ある者は安んじて行い、ある者は利があって行い、ある者は努め励んで行いますが、その功を成すに至っては一つです。」