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徐無鬼莊子 雜篇 徐無鬼

荘子(荘周の書) 莊子 · 荘周と後の人びと · 戦国時代(紀元前4〜3世紀)· 西晋・郭象の33篇本 · 段落 69 · 漢字 3,714字 · 朗読 14.9分

荘子(荘周の書) 雑篇 「北の黒い海に魚がいる、その名を鯤という」 — この一行で始まり、背の広さが何千里あるか分からない鳥が南の海へ飛んでいくところから書が開く。胡蝶の夢を見て目覚め「私が胡蝶の夢を見たのか、胡蝶が私の夢を見ているのか」と問い、牛を解く庖丁は十九年のあいだ刃を研がず、妻が死ぬと盆を叩いて歌う。蝸牛の角の上で国と国が戦って死者数万が倒れたという話で戦をやめさせ、恵子の墓を過ぎて「私にはもう語り合う者がいない」と言う。道徳経と並べて置けば、同じところをまるで違う声で語っているのが聞こえる。

1徐無鬼が魏の武侯に会う

徐無鬼因女商見魏武侯,武侯勞之曰:「先生病矣!苦於山林之勞,故乃肯見於寡人。」

徐無鬼が女商を通じて魏の武侯に会うと、武侯は彼を労って言った。「先生はお疲れでしょう。山林の労苦に苦しまれたので、それで寡人に会おうとされたのでしょう。」

2私が君を労おうというのに

徐無鬼曰:「我則勞於君,君有何勞於我!君將盈耆欲,長好惡,則性命之情病矣;君將黜耆欲,掔好惡,則耳目病矣。我將勞君,君有何勞於我!」武侯超然不對。

徐無鬼は言った。「私が君を労おうというのです。君が私を何で労われるでしょうか。

君が楽しもうとするものを満たし、好みと嫌いを増やされれば、性と命の実が病みます。君が楽しもうとするものを退け、好みと嫌いを取り除かれれば、耳と目が病みます。私が君を労おうというのです。君が私を何で労われるでしょうか。」

武侯はぽかんとして答えられなかった。

3犬を見る法と馬を見る法

少焉,徐無鬼曰:「嘗語君,吾相狗也。下之質執飽而止,是狸德也;中之質若視日,上之質若亡其一。吾相狗,又不若吾相馬也。吾相馬,直者中繩,曲者中鉤,方者中矩,圓者中規,是國馬也,而未若天下馬也。天下馬有成材,若卹若失,若喪其一,若是者,超軼絕塵,不知其所。」武侯大悅而笑。

少しして徐無鬼は言った。「ひとつ君に、私が犬を見る法を申しましょう。

下の質は腹いっぱいになることにとらわれて止まります。これは狸の徳です。中の質は日を見つめるようであり、上の質は自分の一つを失ったようです。

私が犬を見るのは、また私が馬を見るのに及びません。私が馬を見るとき、真っ直ぐなものが墨縄に合い、曲がったものが鉤に合い、方なものが曲尺に合い、円いものが円規に合えば、国の馬ですが、まだ天下の馬には及びません。

天下の馬には生まれつきの質があり、憂えるようで、失ったようで、自分の一つを失ったようです。このようなものはひと跳びに飛び越えて塵を断ち、その行く先が分かりません。」

武侯は大いに喜んで笑った。

4どうして我が君をこれほど喜ばせたのですか

徐無鬼出,女商曰:「先生獨何以說吾君乎?吾所以說吾君者,橫說之則以《詩》、《書》、《禮》、《樂》,從說則以《金板》、《六弢》,奉事而大有功者不可為數,而吾君未嘗啟齒。今先生何以說吾君,使吾君說若此乎?」

徐無鬼が出ると、女商は言った。「先生はひとり何によって我が君を喜ばせたのですか。

私が我が君を喜ばせようとしたのは、横に説けば『詩』と『書』と『礼』と『楽』、縦に説けば『金板』と『六韜』でした。事を奉じて大いに功のあったことは数え切れないのに、我が君は一度も歯を見せて笑ったことがありません。

今、先生は何によって我が君を喜ばせ、我が君をこれほど喜ばせたのですか。」

5犬と馬を見る法を告げただけです

徐無鬼曰:「吾直告之吾相狗馬耳。」

徐無鬼は言った。「私はただ、自分が犬と馬を見る法を告げただけです。」

6それだけですか

女商曰:「若是乎?」

女商は言った。「それだけですか。」

7空き谷に隠れた者は足音を聞くだけで喜ぶ

曰:「子不聞夫越之流人乎?去國數日,見其所知而喜;去國旬月,見所嘗見於國中者喜;及期年也,見似人者而喜矣;不亦去人滋久,思人滋深乎?夫逃虛空者,藜藋柱乎鼪鼬之逕,踉位其空,聞人足音跫然而喜矣,又況乎昆弟親戚之謦欬其側者乎!久矣夫莫以真人之言謦欬吾君之側乎!」

言った。「あなたはあの越へ流された人のことを聞いたことがないか。

国を去って数日なら自分の知っている者を見て喜び、国を去って十日か一月なら国の中で見たことのある者を見て喜び、一年になれば人に似たものを見ても喜ぶ。やはり人を去ること久しいほど、人を思うことが深くなるのではないか。

そもそも空き谷に逃げた者は、藜や藋が鼬の通る道を塞いでいるところに、ぼんやりとその空いた場所に立っていて、人の足音がひたひたと聞こえれば喜ぶ。まして兄弟や親戚がその傍らで咳払いするのはどうであろうか。

久しいことだ、真人の言葉で我が君の傍らで咳払いした者がいなかったのは。」

8山林に住みどんぐりを食べていたのに

徐無鬼見武侯,武侯曰:「先生居山林,食芧栗,厭葱韭,以賓寡人,久矣夫!今老邪?其欲干酒肉之味邪?其寡人亦有社稷之福邪?」

徐無鬼が武侯に会うと、武侯は言った。「先生が山林に住み、どんぐりや栗を食べ、葱や韮を飽きるほど食べて、寡人を退けてから久しいことだ。もう老いられたか。酒や肉の味を求められるのか。それとも寡人にもまた社稷の福があるのか。」

9君の酒や肉を飲んだことがありません

徐無鬼曰:「無鬼生於貧賤,未嘗敢飲食君之酒肉,將來勞君也。」

徐無鬼は言った。「無鬼は貧しく賤しく生まれ、君の酒や肉をあえて飲み食いしたことがありません。君を労いに来たのです。」

10どうして寡人を労うというのか

君曰:「何哉!奚勞寡人?」

君は言った。「何のことか。どうして寡人を労うというのか。」

11君の神と形を労おうというのです

曰:「勞君之神與形。」

言った。「君の神と形を労おうというのです。」

12どういうことか

武侯曰:「何謂邪?」

武侯は言った。「どういうことか。」

13神は和を好み乱れを嫌います

徐無鬼曰:「天地之養也一,登高不可以為長,居下不可以為短。君獨為萬乘之主,以苦一國之民,以養耳目鼻口,夫神者不自許也。夫神者,好和而惡姦;夫姦,病也,故勞之。唯君所病之何也?」

徐無鬼は言った。「天と地が養うものは一つです。高いところに登ったからといって長いとは言えず、低いところにいるからといって短いとは言えません。

君はひとり万乗の主となって、国中の民を苦しめて耳と目と鼻と口を養っておられます。そもそも神は自らそれを許しません。

そもそも神は和を好み、乱れを嫌います。そもそも乱れは病です。だから労うのです。ただ、君は何を病んでおられるのでしょうか。」

14民を愛し義のために兵を収めればよいか

武侯曰:「欲見先生久矣。吾欲愛民而為義偃兵,其可乎?」

武侯は言った。「先生に会いたいと思って久しい。私は民を愛し、義のために兵を収めようと思うが、よいだろうか。」

15民を愛することが民を害する始めである

徐無鬼曰:「不可。愛民,害民之始也;為義偃兵,造兵之本也;君自此為之,則殆不成。凡成美,惡器也;君雖為仁義,幾且偽哉!形固造形,成固有伐,變固外戰。君亦必無盛鶴列於麗譙之間,無徙驥於錙壇之宮,無藏逆於得,無以巧勝人,無以謀勝人,無以戰勝人。夫殺人之士民,兼人之土地,以養吾私與吾神者,其戰不知孰善?勝之惡乎在?君若勿已矣!脩胷中之誠,以應天地之情而勿攖。夫民死已脫矣,君將惡乎用夫偃兵哉!」

徐無鬼は言った。「いけません。民を愛することが民を害する始めであり、義のために兵を収めることが兵をつくる根です。君がここから始められるなら、おそらく成し遂げられないでしょう。

そもそも美を成すことは悪い器です。君が仁義を行われたとしても、ほとんど偽りになるでしょう。形はもとより形をつくり、成ることはもとより誇りを生み、変わることはもとより外の戦いになります。

君はまた必ず、美しい楼の間に鶴のように並ぶ兵を盛んにせず、錙壇の宮に駿馬を移さず、得ることに逆らいを隠さず、技で人に勝とうとせず、謀で人に勝とうとせず、戦で人に勝とうとなさらないでください。

そもそも人の兵や民を殺し、人の土地を併せて、自分の私と自分の神を養うのなら、その戦いで何が善いのか分かりません。勝ちはどこにあるのでしょうか。

君がもしおやめになれないのなら、胸の中の誠を修めて天地の実に応じ、触れないでください。そもそも民が死から既に脱するなら、君はどうしてあの兵を収めることを用いられるでしょうか。」

16黄帝が大隗に会いに行って道に迷う

黃帝將見大隗乎具茨之山,方明為御,昌㝢驂乘,張若謵朋前馬,昆閽滑稽後車;至於襄城之野,七聖皆迷,無所問塗。

黄帝が具茨の山へ大隗に会いに行くとき、方明が御し、昌㝢が添え馬に乗り、張若と謵朋が馬の前に立ち、昆閽と滑稽が車の後ろに従った。襄城の野に至って、七人の聖はみな道に迷い、道を問うところがなかった。

17馬を飼う子どもに道を問う

適遇牧馬童子,問塗焉,曰:「若知具茨之山乎?」曰:「然。」

ちょうど馬を飼う子どもに出会って道を問うた。「お前は具茨の山を知っているか。」「知っています。」

18大隗のいるところを知っているか

「若知大隗之所存乎?」曰:「然。」

「お前は大隗のいるところを知っているか。」「知っています。」

19天下を治める法をお尋ねします

黃帝曰:「異哉小童!非徒知具茨之山,又知大隗之所存。請問為天下。」

黄帝は言った。「不思議な子だ。具茨の山を知っているだけでなく、大隗のいるところまで知っている。天下を治める法を尋ねよう。」

20日の車に乗って遊べと言われました

小童曰:「夫為天下者,亦若此而已矣,又奚事焉!予少而自遊於六合之內,予適有瞀病,有長者教予曰:『若乘日之車而遊於襄城之野。』今予病少痊,予又且復遊於六合之外。夫為天下亦若此而已。予又奚事焉!」

子どもは言った。「そもそも天下を治めることも、またこのようなだけです。また何を事としましょうか。

私は幼くて自ら六合の内に遊んでいたとき、ちょうど目がかすむ病を得ました。ある長者が私に告げて『お前は日の車に乗って襄城の野に遊べ』と言いました。今、私の病が少し癒えたので、私はまた六合の外に遊ぼうとしています。そもそも天下を治めることも、またこのようなだけです。私がまた何を事としましょうか。」

21子どもが辞退する

黃帝曰:「夫為天下者,則誠非吾子之事。雖然,請問為天下。」小童辭。

黄帝は言った。「そもそも天下を治めることは、まことにあなたの仕事ではない。それでも、天下を治める法を尋ねよう。」子どもは辞退した。

22馬を害するものを除くだけです

黃帝又問。小童曰:「夫為天下者,亦奚以異乎牧馬者哉!亦去其害馬者而已矣!」

黄帝がまた問うた。子どもは言った。「そもそも天下を治めることが、また馬を飼うことと何が違いましょうか。やはり馬を害するものを除くだけです。」

23二度拝して天の師と呼ぶ

黃帝再拜稽首,稱天師而退。

黄帝は二度拝して頭を垂れ、天の師と呼んで退いた。

24みな物に囲われた者たちである

知士無思慮之變則不樂,辯士無談說之序則不樂,察士無淩誶之事則不樂,皆囿於物者也。

知ある士は思い慮りの変化がなければ楽しまず、弁の立つ士は語りの筋立てがなければ楽しまず、察する士は責め立てて咎める事がなければ楽しまない。みな物に囲われた者たちである。

25自分の形と性を走らせて万物に沈む

招世之士興朝,中民之士榮官,筋力之士矜難,勇敢之士奮患,兵革之士樂戰,枯槁之士宿名,法律之士廣治,禮教之士敬容,仁義之士貴際。農夫無草萊之事則不比,商賈無市井之事則不比。庶人有旦暮之業則勸,百工有器械之巧則壯。錢財不積則貪者憂,權勢不尤則夸者悲。勢物之徒樂變,遭時有所用,不能無為也。此皆順比於歲,不物於易者也。馳其形性,潜之萬物,終身不反,悲夫!

世を招く士は朝廷を興し、並の民の士は官を栄えとし、力の強い士は難きを誇り、勇敢な士は患いに奮い立ち、甲冑の士は戦いを楽しみ、痩せ枯れた士は名に宿り、法律の士は治めを広げ、礼教の士は身なりを敬い、仁義の士は交わりを貴ぶ。

農夫は草を刈る仕事がなければ落ち着かず、商人は市の仕事がなければ落ち着かない。並の人は朝夕の仕事があれば励み、諸々の職人は器や機械の技があれば勇む。

銭や財が積まれなければ貪る者が憂え、権勢が抜きん出なければ誇る者が悲しむ。勢いと物の徒は変わることを楽しみ、時に遇って用いられるところがあれば、何もしないではいられない。

これらはみな年に従って並び行き、物において変わることのできない者たちである。自分の形と性を走らせて万物に沈み、一生帰ってこない。悲しいことだ。

26射る者が狙わずに当たれば

莊子曰:「射者非前期而中,謂之善射,天下皆羿也,可乎?」

荘子が言った。「射る者が前もって狙わずに当たったのを、射が上手だというのなら、天下がみな羿だとしてもよいだろうか。」

27よい

惠子曰:「可。」

恵子が言った。「よい。」

28天下がみな堯だとしてもよいか

莊子曰:「天下非有公是也,而各是其所是,天下皆堯也,可乎?」

荘子が言った。「天下に公の是があるのではないのに、それぞれが自分の是とするところを是とするなら、天下がみな堯だとしてもよいだろうか。」

29よい

惠子曰:「可。」

恵子が言った。「よい。」

30魯遽の瑟 — 音の君

莊子曰:「然則儒墨楊秉四,與夫子為五,果孰是邪?或者若魯遽者邪?其弟子曰:『我得夫子之道矣!吾能冬爨鼎而夏造冰矣。』魯遽曰:『是直以陽召陽,以陰召陰,非吾所謂道也。吾示子乎吾道。』於是為之調瑟,廢一於堂,廢一於室,鼓宮宮動,鼓角角動,音律同矣。夫或改調一弦,於五音無當也,鼓之,二十五弦皆動,未始異於聲,而音之君已。且若是者邪?」

荘子が言った。「それならば儒家と墨家と楊朱と公孫竜の四つに、あなたを加えて五つだが、はたして誰が是なのか。

もしや魯遽のようなものか。その弟子が『私は先生の道を得ました。私は冬に鼎を温め、夏に氷をつくることができます』と言った。魯遽は『それはただ陽で陽を呼び、陰で陰を呼ぶだけで、私のいう道ではない。私はあなたに私の道を示そう』と言った。

そこで彼のために瑟を調え、一つを堂に置き、一つを室に置いた。宮を弾けば宮が鳴り、角を弾けば角が鳴った。音律が同じだからである。

さて一つの弦を調え直して五音に合わないようにしておいて弾くと、二十五の弦がみな鳴った。初めから音が違うのではなく、音の君であったからである。またあなたもこのようなものか。」

31彼らが私と弁じ争うのに

惠子曰:「今乎儒墨楊秉,且方與我以辯,相拂以辭,相鎮以聲,而未始吾非也,則奚若矣?」

恵子が言った。「今、儒家と墨家と楊朱と公孫竜がまさに私と弁じ争い、互いに言葉で払い、互いに声で押さえつけるが、まだ私を非とできたことがない。それはどうなのか。」

32斉の人が子を宋に捨て置いて

莊子曰:「齊人蹢子於宋者,其命閽也不以完,其求鈃鍾也以束縛,其求唐子也而未始出域,有遺類矣!夫楚人寄而蹢閽者,夜半於無人之時而與舟人鬬,未始離於岑而足以造於怨也。」

荘子が言った。「斉の人が子を宋に捨て置いて門番をさせるのに全うさせないのに、自分の鐘や杯を求めるときは包んで縛っておき、自分の失った子を探すときは境を出ようともしない。同じ類を捨てたのである。

そもそも楚の人が人の家に寄り住みながら門番を責め、夜半に人のいない時に舟人と争う。まだ岸を離れてもいないのに、恨みをつくるに足るのである。」

33郢の人の鼻先に塗った土を削り落とす

莊子送葬,過惠子之墓,顧謂從者曰:「郢人堊慢其鼻端若蠅翼,使匠人斲之。匠石運斤成風,聽而斲之,盡堊而鼻不傷,郢人立不失容。宋元君聞之,召匠石曰:『嘗試為寡人為之。』匠石曰:『臣則嘗能斲之。雖然,臣之質死久矣。』自夫子之死也,吾無以為質矣,吾無與言之矣。」

荘子が葬列を送る途中、恵子の墓を過ぎて、従う者を振り返って言った。

「郢の人が自分の鼻先に蠅の羽ほど土を塗っておいて、職人に削らせた。匠石が斧を振るって風を起こし、音に任せて削ると、土はすべて削り落ちたのに鼻は傷つかず、郢の人は立ったまま顔色を変えなかった。

宋の元君がこれを聞いて匠石を呼び、『ひとつ寡人のためにやってみよ』と言った。匠石は『私はかつて削ることができました。それでも、私の相手が死んでから久しいのです』と言った。

先生が死んでから、私には相手がなくなった。私はともに語る者がない。」

34管仲が病んで桓公が問う

管仲有病,桓公問之曰:「仲父之病病矣,可不謂,云至於大病,則寡人惡乎屬國而可?」

管仲が病むと、桓公が問うた。「仲父の病が重いので、言わずにはいられない。大病に至ったら、寡人は誰に国を託せばよいだろうか。」

35公は誰に託そうとお思いですか

管仲曰:「公誰欲與?」

管仲は言った。「公は誰に与えようとお思いですか。」

36鮑叔牙だ

公曰:「鮑叔牙。」

公は言った。「鮑叔牙だ。」

37いけません、人の過ちを一生忘れません

曰:「不可。其為人絜廉善士也,其於不己若者不比之,又一聞人之過,終身不忘。使之治國,上且鉤乎君,下且逆乎民。其得罪於君也,將弗久矣!」

言った。「いけません。その人柄は潔く清廉な善い士ですが、自分に及ばない者と並ぼうとせず、また一度人の過ちを聞けば一生忘れません。

彼に国を治めさせれば、上では君を引っ張り、下では民に逆らうでしょう。彼が君に罪を得るのは久しくないでしょう。」

38それでは誰がよいだろうか

公曰:「然則孰可?」

公は言った。「それでは誰がよいだろうか。」

39どうしてもとおっしゃるなら隰朋がよいでしょう

對曰:「勿已,則隰朋可。其為人也,上忘而下畔,愧不若黃帝而哀不己若者。以德分人謂之聖,以財分人謂之賢。以賢臨人,未有得人者也;以賢下人,未有不得人者也。其於國有不聞也,其於家有不見也。勿已,則隰朋可。」

答えて言った。「どうしてもとおっしゃるなら、隰朋がよいでしょう。

その人柄は、上を忘れ下を捨て、黄帝に及ばないことを恥じ、自分に及ばない者を哀れみます。

徳で人に分け与える者を聖といい、財で人に分け与える者を賢といいます。賢さで人に臨んで人を得た者はいまだなく、賢さで人に下って人を得なかった者はいまだありません。

彼は国について聞かないことがあり、家について見ないことがあります。どうしてもとおっしゃるなら、隰朋がよいでしょう。」

40技を誇った猿

吳王浮於江,登乎狙之山。衆狙見之,恂然棄而走,逃於深蓁。有一狙焉,委蛇攫𢮞,見巧乎王。王射之,敏給搏捷矢。王命相者趨射之,狙執死。

呉の王が川に舟を浮かべ、猿の山に登った。群れの猿は彼を見て怖れ、捨てて走り、深い茂みに逃げた。

ところが猿が一匹いて、ゆったりと木の枝をつかんで、技を王に見せた。王が射ると、素早く矢を摑み取った。王が側の者たちに命じて競って射させると、猿は捕らえられて死んだ。

41お前の顔色で人に自慢するな

王顧謂其友顏不疑曰:「之狙也,伐其巧恃其便以敖予,以至此殛也!戒之哉!嗟乎,無以汝色驕人哉!」顏不疑歸而師董梧以助其色,去樂辭顯,三年而國人稱之。

王はその友の顔不疑を振り返って言った。「この猿は自分の技を誇り、自分の素早さを恃んで私に自慢し、こうして死に至った。気をつけよ。ああ、お前の顔色で人に自慢するな。」

顔不疑は帰って董梧を師として自分の顔色を治め、楽しみを捨て顕れを辞したので、三年で国の人が彼を称えた。

42南伯子綦が天を仰いで息を吐く

南伯子綦隱几而坐,仰天而噓。顏成子入見曰:「夫子,物之尤也。形固可使若槁骸,心固可使若死灰乎?」

南伯子綦が几に寄りかかって坐り、天を仰いで息を吐いた。顔成子が入って会って言った。「先生は物のうちで優れた方です。体をまことに枯れた骸のようにすることができ、心をまことに冷えた灰のようにすることができるのですか。」

43私は人を悲しむ者をまた悲しむ

曰:「吾嘗居山穴之中矣。當是時也,田禾一覩我,而齊國之衆三賀之。我必先之,彼故知之;我必賣之,彼故鬻之。若我而不有之,彼惡得而知之?若我而不賣之,彼惡得而鬻之?嗟乎!我悲人之自喪者,吾又悲夫悲人者,吾又悲夫悲人之悲者,其後而日遠矣。」

言った。「私はかつて山の洞穴の中に住んでいた。その時に田禾が一度私を見ると、斉の国の人々が三度彼を祝った。

私が必ず先に表したので彼が知り、私が必ず売ったので彼が買い取った。もし私が持っていなかったなら、彼がどうして知りえたろうか。もし私が売らなかったなら、彼がどうして買い取りえたろうか。

ああ。私は人が自分を失うことを悲しみ、私はまた人を悲しむ者を悲しみ、私はまた人を悲しむ者を悲しむ者を悲しむ。その後、日ごとに遠ざかった。」

44孫叔敖と市南宜僚

仲尼之楚,楚王觴之。孫叔敖執爵而立,市南宜僚受酒而祭,曰:「古之人乎!於此言已。」

仲尼が楚に行くと、楚の王が酒をもてなした。孫叔敖が杯を持って立ち、市南宜僚が酒を受けて祭って言った。「古の人よ。ここでお話しください。」

45私は嘴三尺を持ちたいと願います

曰:「丘也聞不言之言矣,未之嘗言,於此乎言之。市南宜僚弄丸而兩家之難解,孫叔敖甘寢秉羽而郢人投兵。丘願有喙三尺。」

言った。「私は言わない言葉を聞きましたが、まだ言ったことがありませんので、ここで言いましょう。

市南宜僚が玉を転がすと二つの家の難が解け、孫叔敖が甘く眠って羽の扇を手にすると郢の人が兵を置きました。私は嘴三尺を持ちたいと願います。」

46海は東へ流れる水を辞さない

彼之謂不道之道,此之謂不言之辯,故德總乎道之所一。而言休乎知之所不知,至矣。道之所一者,德不能同也;知之所不能知者,辯不能舉也;名若儒墨而凶矣。故海不辭東流,大之至也;聖人幷包天地,澤及天下,而不知其誰氏。是故生無爵,死無諡,實不聚,名不立,此之謂大人。狗不以善吠為良,人不以善言為賢,而況為大乎!夫為大不足以為大,而況為德乎!夫大備矣,莫若天地;然奚求焉,而大備矣。知大備者,無求,無失,無棄,不以物易己也。反己而不窮,循古而不摩,大人之誠。

あの人が言ったのは道でない道であり、この人が言ったのは言葉のない弁である。だから徳は道が一つであるところに集まり、言葉は知の知らないところに休む。至極である。

道が一つであるものは徳が同じにすることができず、知が知ることのできないものは弁が挙げることができない。名が儒家や墨家のようであれば凶である。

だから海は東へ流れる水を辞さない。大きさの至りである。聖人は天と地を併せ包み、恵みが天下に及ぶのに、それが誰であるか知られない。

このために生きて爵がなく、死んで諡がなく、実を集めず、名を立てない。これを大人という。

犬はよく吠えるからといって良いとされず、人は言葉が巧みだからといって賢いとされない。まして大きいとすることはどうであろうか。そもそも大きいとすることが大きいに足らないのに、まして徳とすることはどうであろうか。

そもそも大きく備わったものとしては天と地に及ぶものがない。それなのに何を求めて大きく備わったであろうか。大きく備わることを知る者は、求めることがなく、失うことがなく、捨てることがなく、物で自分を取り替えない。自分に帰って尽きることがなく、古に従って摩り減ることがない。大人の誠である。

47子綦が八人の子を並べて相を見させる

子綦有八子,陳諸前,召九方歅曰:「為我相吾子,孰為祥?」

子綦に八人の子があり、前に並ばせて九方歅を呼んで言った。「私のために私の子の相を見てくれ。誰が吉いか。」

48梱が吉いです

九方歅曰:「梱也為祥。」

九方歅は言った。「梱が吉いです。」

49国君とともに食べて一生を終えるでしょう

子綦瞿然喜曰:「奚若?」曰:「梱也將與國君同食以終其身。」

子綦は驚き喜んで言った。「どのようか。」言った。「梱は国君とともに食べて一生を終えるでしょう。」

50どうしてこのような極みに至ったのか

子綦索然出涕曰:「吾子何為以至於是極也!」

子綦はぽたぽたと涙を流して言った。「私の子がどうしてこのような極みに至ったのか。」

51ご子息は吉いが父は吉くありません

九方歅曰:「夫與國君同食,澤及三族,而況父母乎!今夫子聞之而泣,是禦福也。子則祥矣,父則不祥。」

九方歅は言った。「そもそも国君とともに食べれば恵みが三族に及ぶのに、まして父母はどうでしょうか。今、先生がこれを聞いて泣かれるのは、福を拒むことです。ご子息は吉いが、父は吉くありません。」

52怪しい兆しには必ず怪しい行いがある

子綦曰:「歅,汝何足以識之。而梱祥邪?盡於酒肉,入於鼻口矣,而何足以知其所自來?吾未嘗為牧而牂生於奧,未嘗好田而鶉生於宎,若勿怪,何邪?吾所與吾子遊者,遊於天地。吾與之邀樂於天,吾與之邀食於地;吾不與之為事,不與之為謀,不與之為怪;吾與之乘天地之誠而不以物與之相攖,吾與之一委蛇而不與之為事所宜。今也然有世俗之償焉!凡有怪徵者,必有怪行,殆乎。非我與吾子之罪,幾天與之也!吾是以泣也。」

子綦は言った。「歅よ、お前がどうしてこれを知るに足ろうか。梱が吉いというのは酒と肉に尽きて鼻と口に入るだけなのに、どうしてそれがどこから来たものかを知るに足ろうか。

私はかつて家畜を飼ったことがないのに子羊が部屋の隅で生まれ、狩りを好んだことがないのに鶉が部屋の南で生まれた。お前が怪しまないのは、どうしたことか。

私が私の子と遊ぶところは、天と地に遊ぶことである。私は彼とともに天で楽しみを迎え、地で食べ物を迎える。私は彼とともに事とせず、謀らず、怪しいことをしない。私は彼とともに天と地の誠に乗って、物で互いに触れ合わない。私は彼とともに一様にうねって従い、事の宜しきところを行わない。

今、世俗の報いがあるのだな。そもそも怪しい兆しのある者には必ず怪しい行いがあるので、危うい。私と私の子の罪ではなく、ほとんど天が与えたものである。私はこれゆえに泣くのだ。」

53足を切られて売られ、肉を食べて終える

無幾何而使梱之於燕,盜得之於道,全而鬻之則難,不若刖之則易。於是乎刖而鬻之於齊,適當渠公之街,然身食肉而終。

幾らも経たないうちに梱を燕へ遣わしたところ、盗人が道で彼を捕らえた。そのままで売るのは難しいから足を切れば易しいと言った。そこで足を切って斉に売ったので、ちょうど渠公の街に置かれ、一生肉を食べて終えた。

54齧缺が許由に出会う

齧缺遇許由,曰:「子將奚之?」

齧缺が許由に出会って言った。「あなたはどこへ行こうとするのか。」

55堯を避けて逃げるのだ

曰:「將逃堯。」

言った。「堯を避けて逃げるのだ。」

56どういうことか

曰:「奚謂邪?」

言った。「どういうことか。」

57堯は賢人が天下を利することだけを知って

曰:「夫堯,畜畜然仁,吾恐其為天下笑。後世其人與人相食與!夫民,不難聚也;愛之則親,利之則至,譽之則勸,致其所惡則散。愛利出乎仁義,捐仁義者寡,利仁義者衆。夫仁義之行,唯且無誠,且假乎禽貪者器。是以一人之斷制利天下,譬之猶一覕也。夫堯知賢人之利天下也,而不知其賊天下也,夫唯外乎賢者知之矣。」

言った。「そもそも堯はつとめて仁であろうとするので、私は彼が天下の笑い者になりはしないかと怖れる。後の世には人と人が互いに食い合うだろう。

そもそも民は集めるのが難しくない。愛せば親しみ、利すれば至り、誉めれば励み、嫌うところに至れば散る。

愛することと利することは仁義から出るが、仁義を捨てる者は少なく、仁義を利とする者は多い。

そもそも仁義の行いはただ誠がなく、また獣のように貪る者の器を貸すことになる。このために一人の判断で天下を利するのは、たとえば一度横目で見るようなものである。

そもそも堯は賢人が天下を利することだけを知って、天下を害することを知らない。ただ賢さを外に置く者だけがこれを知る。」

58自分のものに満足する者と寄りかかって過ごす者と曲がって苦しむ者

有暖姝者,有濡需者,有卷婁者。

自分のものに満足する者(暖姝)がおり、寄りかかって過ごす者(濡需)がおり、曲がって苦しむ者(卷婁)がいる。

59自分のものに満足するとは何か

所謂暖姝者,學一先生之言,則暖暖姝姝而私自說也,自以為足矣,而未知未始有物也,是以謂暖姝者也。

いわゆる自分のものに満足する者とは、一人の先生の言葉を学べば、満ち足りて愛おしく思って自ら喜び、自ら十分だと思うが、まだ物があったことがないことを知らない。このために自分のものに満足する者という。

60寄りかかって過ごす者とは豚の体の虱である

濡需者,豕蝨是也,擇疏鬣自以為廣宮大囿,奎蹏曲隈,乳間股腳,自以為安室利處,不知屠者之一旦鼓臂布草操煙火,而己與豕俱焦也。此以域進,此以域退,此其所謂濡需者也。

寄りかかって過ごす者とは、豚の体の虱である。疎らな毛を選んで自ら広い宮殿や大きな庭と思い、股や曲がった隅や乳の間や脚の間を自ら安らかな部屋や都合のよい場所と思う。

屠る者がある朝腕をまくって草を敷き、煙と火を扱えば、自分も豚とともに焼けてしまうことを知らない。これは場所によって進み、場所によって退くのであり、これがいわゆる寄りかかって過ごす者である。

61曲がって苦しむ者とは舜である

卷婁者,舜也。羊肉不慕蟻,蟻慕羊肉,羊肉羶也。舜有羶行,百姓悅之,故三徙成都,至鄧之虛而十有萬家。堯聞舜之賢,舉之童土之地,曰冀得其來之澤。舜舉乎童土之地,年齒長矣,聰明衰矣,而不得休歸,所謂卷婁者也。

曲がって苦しむ者とは舜である。

羊の肉は蟻を慕わず、蟻が羊の肉を慕う。羊の肉が生臭いからである。舜に生臭い行いがあったので民が彼を喜んだ。だから三度移って都を成し、鄧の空き地に至って十万戸となった。

堯が舜の賢さを聞き、彼を荒れた土地に挙げ用いて、彼が来て恵みを施すことを望むと言った。舜が荒れた土地に挙げ用いられたとき、年は長けており、耳と目は衰えていたのに、休んで帰ることができなかった。いわゆる曲がって苦しむ者である。

62神人は人が群れ集まるのを嫌う

是以神人惡衆至,衆至則不比,不比則不利也。故無所甚親,無所甚疏,抱德煬和以順天下,此謂真人。於蟻棄知,於魚得計,於羊棄意。

このために神人は人が群れ集まるのを嫌う。群れ集まれば並ばず、並ばなければ利がない。

だから甚だ親しむところもなく、甚だ疎いところもなく、徳を抱き和を温めて天下に従う。これを真人という。

蟻において知を捨て、魚において計を得、羊において意を捨てる。

63目で目を見、耳で耳を聞く

以目視目,以耳聽耳,以心復心。若然者,其平也繩,其變也循。古之真人,以天待人,不以人入天。古之真人,得之也生,失之也死;得之也死,失之也生。

目で目を見、耳で耳を聞き、心で心を返す。そのような者は、その平らかさが墨縄のようであり、その変わりが従うことである。

古の真人は天で人を待ち、人で天に入らなかった。古の真人は、得れば生き、失えば死に、得れば死に、失えば生きた。

64薬の実 — 時を得れば君となる

藥也其實,堇也,桔梗也,雞𢋊也,豕零也,是時為帝者也,何可勝言!

薬となるその実に烏頭と桔梗と鶏頭と猪苓があり、これは時を得れば君となるものである。どうして言い尽くせようか。

65梟の目と鶴の脛

句踐也以甲楯三千棲於會稽。唯種也能知亡之所以存,唯種也不知其身之所以愁。故曰,鴟目有所適,鶴脛有所節,解之也悲。

句踐は甲と楯の兵三千で会稽に宿った。ただ文種だけが亡びることが存る理由を知り、ただ文種だけが自分の身が憂えることになる理由を知らなかった。

だから言う。梟の目には適うところがあり、鶴の脛には節がある。これを解けば悲しい。

66風と日が河を過ぎても

故曰,風之過河也有損焉,日之過河也有損焉。請只風與日相與守河,而河以為未始其攖也,恃源而往者也。故水之守土也審,影之守人也審,物之守物也審。

だから言う。風が河を過ぎれば減るところがあり、日が河を過ぎれば減るところがある。ただ風と日が互いにともに河を守るとしても、河は初めから触れられたことがないと思う。源を恃んで行くからである。

だから水が土を守ることは確かであり、影が人を守ることは確かであり、物が物を守ることは確かである。

67目は明らかであることで危うい

故目之於明也殆,耳之於聰也殆,心之於殉也殆。凡能其於府也殆,殆之成也不給改。禍之長也茲萃,其反也緣功,其果也待久。而人以為己寶,不亦悲乎!故有亡國戮民無已,不知問是也。

だから目は明らかであることで危うく、耳はよく聞こえることで危うく、心は従うことで危うい。そもそも能は、その蔵において危うい。危うさが成れば改める暇がない。

禍が育てばいっそう集まり、その返りは功に縁り、その実は久しきを待つ。それなのに人はこれを自分の宝と思う。やはり悲しいことではないか。

だから国を亡ぼし民を殺すことがやまないのに、これを問うことを知らない。

68足は踏まないところを恃んではじめて広く歩く

故足之於地也踐,雖踐,恃其所不蹍而後善博也;人之於知也少,雖少,恃其所不知而後知天之所謂也。知大一,知大陰,知大目,知大均,知大方,知大信,知大定,至矣。大一通之,大陰解之,大目視之,大均緣之,大方體之,大信稽之,大定持之。

だから足は地に対して踏むものである。踏むとはいえ、その踏まないところを恃んではじめて広く歩く。人は知に対して少ない。少ないとはいえ、その知らないところを恃んではじめて天のいうところを知る。

大いなる一を知り、大いなる陰を知り、大いなる目を知り、大いなる均しさを知り、大いなる方を知り、大いなる信を知り、大いなる定まりを知れば、至極である。

大いなる一は通じさせ、大いなる陰は解き、大いなる目は見させ、大いなる均しさは従わせ、大いなる方は体でさせ、大いなる信は察させ、大いなる定まりは持たせる。

69惑わないことで惑いを解く

盡有天,循有照,冥有樞,始有彼。則其解之也似不解之者,其知之也似不知之也,不知而後知之。其問之也,不可以有崖,而不可以無崖。頡滑有實,古今不代,而不可以虧,則可不謂有大揚搉乎!闔不亦問是已,奚惑然為!以不惑解惑,復於不惑,是尚大不惑。

尽きることに天があり、従うことに照らしがあり、暗さに枢があり、始まることに彼がある。

そうであれば、その解くことが解かないようであり、その知ることが知らないようである。知らずしてはじめて知る。

その問うことは、崖があってもならず、崖がなくてもならない。滑らかなもののうちに実があって、古と今が入れ替わらず、欠くこともできない。大いに挙げて量ることがあるといわないであろうか。

どうしてまたこれを問わずに、どうして惑うのか。惑わないことで惑いを解き、惑わないことに帰れば、これがなお大いに惑わないことである。