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盗跖莊子 雜篇 盜跖

荘子(荘周の書) 莊子 · 荘周と後の人びと · 戦国時代(紀元前4〜3世紀)· 西晋・郭象の33篇本 · 段落 39 · 漢字 3,261字 · 朗読 13.0分

荘子(荘周の書) 雑篇 「北の黒い海に魚がいる、その名を鯤という」 — この一行で始まり、背の広さが何千里あるか分からない鳥が南の海へ飛んでいくところから書が開く。胡蝶の夢を見て目覚め「私が胡蝶の夢を見たのか、胡蝶が私の夢を見ているのか」と問い、牛を解く庖丁は十九年のあいだ刃を研がず、妻が死ぬと盆を叩いて歌う。蝸牛の角の上で国と国が戦って死者数万が倒れたという話で戦をやめさせ、恵子の墓を過ぎて「私にはもう語り合う者がいない」と言う。道徳経と並べて置けば、同じところをまるで違う声で語っているのが聞こえる。

1孔子と柳下季、そして盗跖

孔子與柳下季為友,柳下季之弟名曰盜跖。盜跖從卒九千人,橫行天下,侵暴諸侯,穴室樞戶,驅人牛馬,取人婦女,貪得忘親,不顧父母兄弟,不祭先祖。所過之邑,大國守城,小國入保,萬民苦之。

孔子は柳下季(りゅうかき)と友であったが、柳下季の弟は名を盗跖(とうせき)といった。

盗跖は従う兵が九千人であった。天下を思いのままに歩き回って諸侯を侵し荒らし、部屋に穴をあけ戸を外し、人の牛馬を駆り立て、人の妻や娘を奪った。得ることを貪って親を忘れ、父母や兄弟を顧みず、先祖を祭らなかった。通り過ぎる町ごとに、大国は城を守り、小国は砦に入り、民はみなこれに苦しんだ。

2わたしが先生のために行って説いてみましょう

孔子謂柳下季曰:「夫為人父者,必能詔其子;為人兄者,必能教其弟。若父不能詔其子,兄不能教其弟,則无貴父子兄弟之親矣。今先生,世之才士也,弟為盜跖,為天下害,而弗能教也,丘竊為先生羞之。丘請為先生往說之。」

孔子が柳下季に言った。「そもそも人の父である者は、必ずその子を諭せなければならず、人の兄である者は、必ずその弟を教えられなければなりません。もし父がその子を諭せず、兄がその弟を教えられないなら、父子や兄弟の親しみも貴ぶに足りません。

いま先生は世の才ある士でありながら、弟が盗跖となって天下の害となっているのに教えることができない。わたしはひそかに先生のために恥ずかしく思います。わたしは先生のために行って彼を説いてみたいのです。」

3弟が兄の教えを受けないなら、どうしようもあるまい

柳下季曰:「先生言為人父者必能詔其子,為人兄者必能教其弟,若子不聽父之詔,弟不受兄之教,雖今先生之辯,將柰之何哉?且跖之為人也,心如涌泉,意如飄風,強足以距敵,辯足以飾非,順其心則喜,逆其心則怒,易辱人以言。先生必无往。」

柳下季は言った。「先生は、人の父である者は必ずその子を諭せなければならず、人の兄である者は必ずその弟を教えられなければならないと言われるが、もし子が父の諭しを聞かず、弟が兄の教えを受けないなら、たとえ今の先生の弁をもってしても、どうしようもあるまい。

また跖の人となりは、心は湧く泉のようで、思いはつむじ風のようだ。強さは敵を防ぐに足り、弁は非を飾るに足りる。自分の心に従えば喜び、自分の心に逆らえば怒り、言葉で人を辱めることを平気でする。先生はぜひとも行かれるな。」

4泰山の南で人の肝を膾にして食べていた

孔子不聽,顏回為馭,子貢為右,往見盜跖。盜跖乃方休卒徒大山之陽,膾人肝而餔之。孔子下車而前,見謁者曰:「魯人孔丘,聞將軍高義,敬再拜謁者。」

孔子は聞かず、顔回に車を御させ、子貢を右に乗せて、盗跖に会いに行った。盗跖はちょうど泰山(たいさん)の南で兵を休ませ、人の肝を膾(なます)にして食べていた。

孔子は車を下りて進み出て、取次の者に会って言った。「魯の人、孔丘が将軍の高い義を聞き、つつしんで取次の方に二度拝みます。」

5あの魯国の小細工をする偽り者の孔丘ではないか

謁者入通,盜跖聞之大怒,目如明星,髮上指冠,曰:「此夫魯國之巧偽人孔丘非邪?為我告之:『爾作言造語,妄稱文武,冠枝木之冠,帶死牛之脅,多辭繆說,不耕而食,不織而衣,搖脣鼓舌,擅生是非,以迷天下之主,使天下學士不反其本,妄作孝弟,而儌倖於封侯富貴者也。子之罪大極重,疾走歸!不然,我將以子肝益晝餔之膳。』」

取次の者が入って伝えると、盗跖はこれを聞いて大いに怒り、目は明星のようで、髪は立ち上がって冠を押し上げた。言った。

「これはあの魯国の小細工をする偽り者の孔丘ではないか。わたしのためにこう告げよ。『おまえは言葉をこしらえ話を作って、みだりに文王・武王を称し、枝の張った木のような冠をかぶり、死んだ牛の脇腹のような帯を締め、言葉が多く誤った説を立て、耕さずに食い、織らずに着る。唇を動かし舌を打って、勝手に是非をこしらえて天下の君主を惑わし、天下の学ぶ士をその本に帰らせず、みだりに孝や悌をこしらえて、封侯や富貴にあずかろうとする者だ。おまえの罪は大きくきわめて重い。早く走って帰れ。さもなければ、わたしはおまえの肝で昼飯のおかずを増やしてやる。』」

6幕の下で履でも拝ませてください

孔子復通曰:「丘得幸於季,願望履幕下。」

孔子はもう一度伝えて言った。「わたしは季に幸いにも知られております。どうか幕の下で履(くつ)でも拝ませてください。」

7前へ来させよ

謁者復通,盜跖曰:「使來前!」

取次の者がもう一度伝えると、盗跖は言った。「前へ来させよ。」

8わたしの意に従えば生き、わたしの心に逆らえば死ぬ

孔子趨而進,避席反走,再拜盜跖。盜跖大怒,兩展其足,案劍瞋目,聲如乳虎,曰:「丘來前!若所言,順吾意則生,逆吾心則死。」

孔子は小走りに進み、席を避けて後ろへ退き、盗跖に二度拝んだ。盗跖は大いに怒り、両脚を広げ、剣に手をかけて目を見張ると、声は子を連れた虎のようであった。言った。「丘よ、前へ来い。おまえの言うことがわたしの意に従えば生き、わたしの心に逆らえば死ぬ。」

9天下に三つの徳があります

孔子曰:「丘聞之,凡天下有三德:生而長大,美好无雙,少長貴賤見而皆說之,此上德也;知維天地,能辯諸物,此中德也;勇悍果敢,聚衆率兵,此下德也。凡人有此一德者,足以南面稱孤矣。今將軍兼此三者,身長八尺二寸,面目有光,脣如激丹,齒如齊貝,音中黃鍾,而名曰盜跖,丘竊為將軍恥不取焉。將軍有意聽臣,臣請南使吳越,北使齊魯,東使宋衞,西使晉楚,使為將軍造大城數百里,立數十萬戶之邑,尊將軍為諸侯,與天下更始,罷兵休卒,收養昆弟,共祭先祖。此聖人才士之行,而天下之願也。」

孔子は言った。「わたしの聞くところでは、そもそも天下に三つの徳があります。生まれつき大きく育ち、美しさに並ぶものがなく、若い者も年長の者も貴い者も賤しい者も、見ればみな喜ぶ。これが上の徳です。知が天地を結び、あらゆる物を見分けることができる。これが中の徳です。勇ましく猛々しく、果敢で、人々を集めて兵を率いる。これが下の徳です。

そもそも人がこのうち一つの徳を持つだけでも、南面して君と称するに足ります。いま将軍はこの三つを兼ねておられる。身の丈は八尺二寸、顔と目に光があり、唇は鮮やかな丹(たん)のよう、歯はそろった貝のよう、声は黄鐘(こうしょう)に合っています。それなのに名を盗跖という。わたしはひそかに将軍のために恥じて、これを受け入れられません。

将軍がわたしの言葉を聞く気がおありなら、わたしは南へ呉と越に使いし、北へ斉と魯に使いし、東へ宋と衛に使いし、西へ晋と楚に使いして、将軍のために数百里の大きな城を築き、数十万戸の町を立て、将軍を尊んで諸侯とし、天下とともに改めて始め、兵を解き兵卒を休ませ、兄弟を引き取って養い、ともに先祖を祭りたいのです。これが聖人や才ある士の行いであり、天下の願うところです。」

10利で釣れて言葉で諫められる者は、みな愚かな並の民だ

盜跖大怒曰:「丘來前!夫可規以利而可諫以言者,皆愚陋恆民之謂耳。今長大美好,人見而悅之者,此吾父母之遺德也。丘雖不吾譽,吾獨不自知邪?

盗跖は大いに怒って言った。「丘よ、前へ来い。そもそも利で釣ることができ、言葉で諫めることができる者は、みな愚かで狭い並の民を指すだけだ。

いま大きく育って美しく、人が見て喜ぶのは、わたしの父母が残した徳だ。おまえが誉めなくても、わたしが自分で知らないことがあろうか。

11面前で誉めるのが好きな者は、背後で貶めるのも好きだ

且吾聞之,好面譽人者,亦好背而毀之。今丘告我以大城衆民,是欲規我以利而恆民畜我也,安可久長也!城之大者,莫大乎天下矣。堯舜有天下,子孫无置錐之地;湯武立為天子,而後世絕滅;非以其利大故邪?

また、わたしの聞くところでは、面前で人を誉めるのが好きな者は、背後で貶(おとし)めるのもまた好きだという。

いまおまえはわたしに大きな城と多くの民を言う。これはわたしを利で釣って、並の民のようにわたしを飼おうというのだ。どうして長く続きえようか。

城の大きなもので天下より大きなものはない。堯と舜は天下を保ったが、その子孫には錐(きり)を立てる地もなかった。湯と武王は立って天子となったが、後の世は絶え滅びた。その利が大きかったからではないか。

12昔は鳥獣が多く人が少なかった

且吾聞之,古者禽獸多而人少,於是民皆巢居以避之,晝拾橡栗,暮栖木上,故命之曰有巢氏之民。古者民不知衣服,夏多積薪,冬則煬之,故命之曰知生之民。神農之世,臥則居居,起則于于。民知其母,不知其父,與麋鹿共處,耕而食,織而衣,无有相害之心,此至德之隆也。然而黃帝不能致德,與蚩尤戰於涿鹿之野,流血百里。堯舜作,立羣臣,湯放其主,武王殺紂。自是之後,以強陵弱,以衆暴寡。湯武以來,皆亂人之徒也。

また、わたしの聞くところでは、昔は鳥獣が多く人が少なかった。そこで民はみな巣に住んでこれを避け、昼はどんぐりや栗を拾い、暮れれば木の上に寝た。だからこれを有巣氏(ゆうそうし)の民と名づけた。

昔の民は衣服を知らず、夏には薪を多く積み、冬にはこれを焚いた。だからこれを生を知る民と名づけた。

神農の世には、横になれば安らかに、起きればのびやかであった。民は母を知っても父を知らず、麋(おおじか)や鹿とともに住み、耕して食い、織って着て、互いに害する心がなかった。これが至れる徳の盛んであった時だ。

しかし黄帝は徳を成しえず、蚩尤(しゆう)と涿鹿(たくろく)の野で戦って、血が百里を流れた。堯と舜が興って多くの臣を立て、湯はその主を追い、武王は紂を殺した。これより後、強い者が弱い者を踏みつけ、多い者が少ない者に乱暴をした。湯と武王より以来、みな人を乱す輩(やつ)だ。

13なぜおまえを盗丘と呼ばず、わたしを盗跖と呼ぶのか

今子脩文武之道,掌天下之辯,以教後世,縫衣淺帶,矯言偽行,以迷惑天下之主,而欲求富貴焉,盜莫大於子。天下何故不謂子為盜丘,而乃謂我為盜跖?

いまおまえは文王・武王の道を修め、天下の弁を握って後の世を教え、広い衣にゆるい帯を締め、言葉を飾り行いを偽って天下の君主を惑わし、富貴を求めようとしている。盗みでおまえより大きい者はない。天下はどういうわけでおまえを盗丘と呼ばず、かえってわたしを盗跖と呼ぶのか。

14子路を説いて、衛の東門の上で塩漬けにさせた

子以甘辭說子路而使從之,使子路去其危冠,解其長劍,而受教於子,天下皆曰孔丘能止暴禁非。其卒之也,子路欲殺衞君而事不成,身菹於衞東門之上,是子教之不至也。

おまえは甘い言葉で子路を説いて自分に従わせ、子路にその高い冠を脱がせ、その長い剣を解かせて、おまえに教えを受けさせた。天下はみな、孔丘は乱暴を止め非を禁じることができると言った。

ところがその果てに、子路は衛の君を殺そうとして事が成らず、身は衛の東門の上で塩漬けにされた。これはおまえの教えが至らなかったのだ。

15おまえは子路を教えてこの災いに塩漬けにさせた

子自謂才士聖人邪,則再逐於魯,削跡於衞,窮於齊,圍於陳蔡,不容身於天下。子教子路菹此患,上无以為身,下无以為人,子之道豈足貴邪?

おまえは自分を才ある士、聖人と言うのか。それなのに魯で二度追われ、衛では足跡を消され、斉で窮し、陳と蔡で囲まれ、天下に身の置き所がなかった。

おまえは子路を教えてこの災いに塩漬けにさせた。上は自分の身をどうすることもできず、下は人をどうすることもできない。おまえの道が、どうして貴ぶに足ろうか。

16世が高いとする六人

世之所高,莫若黃帝,黃帝尚不能全德,而戰於涿鹿之野,流血百里。堯不慈,舜不孝,禹偏枯,湯放其主,武王伐紂,文王拘羑里。此六子者,世之所高也,孰論之,皆以利惑其真而強反其情性,其行乃甚可羞也。

世が高いとするものに黄帝に並ぶものはないが、黄帝でさえ徳を全うできず、涿鹿の野で戦って血が百里を流れた。

堯は慈しまず、舜は孝でなく、禹は体の半ばが萎え、湯はその主を追い、武王は紂を伐ち、文王は羑里(ゆうり)に囚われた。

この六人は世が高いとする者たちだが、よく論じてみれば、みな利でその真を惑わし、無理にその情と性をひっくり返した者たちであって、その行いはまことにはなはだ恥ずべきものだ。

17世が賢い士という六人

世之所謂賢士,伯夷叔齊。伯夷叔齊辭孤竹之君而餓死於首陽之山,骨肉不葬。鮑焦飾行非世,抱木而死。申徒狄諫而不聽,負石自投於河,為魚鼈所食。介子推至忠也,自割其股以食文公,文公後背之,子推怒而去,抱木而燔死。尾生與女子期於梁下,女子不來,水至不去,抱梁柱而死。此六子者,无異於磔犬流豕操瓢而乞者,皆離名輕死,不念本養壽命者也。

世が賢い士というのは伯夷と叔斉だ。伯夷と叔斉は孤竹の君の位を辞して首陽山で飢え死にし、骨も肉も葬られなかった。

鮑焦(ほうしょう)は行いを飾って世を非とし、木を抱いて死んだ。申徒狄(しんとてき)は諫めて聞き入れられず、石を背負ってみずから河に身を投げ、魚や鼈(すっぽん)に食われた。

介子推(かいしすい)は至れる忠であって、みずから自分の股を割いて文公に食わせたが、文公が後に彼を裏切ったので、子推は怒って去り、木を抱いて焼け死んだ。

尾生(びせい)は女と橋の下で会う約束をしたが、女が来ず、水が来ても去らずに、橋の柱を抱いて死んだ。

この六人は、裂かれた犬や流された豚、瓢(ひさご)を持って乞う者と変わらない。みな名に懸かって死を軽んじ、本に立って寿命を養うことを思わなかった者たちだ。

18世が忠臣というもの

世之所謂忠臣者,莫若王子比干伍子胥。子胥沉江,比干剖心,此二子者,世謂忠臣也,然卒為天下笑。自上觀之,至於子胥比干,皆不足貴也。

世が忠臣というのは、王子比干と伍子胥(ごししょ)に並ぶものがない。子胥は川に沈められ、比干は心臓を割かれた。

この二人を世は忠臣というが、ついに天下の笑いものとなった。上から見れば、子胥や比干に至るまで、みな貴ぶに足りない。

19鬼神のことならわたしには知りえないが

丘之所以說我者,若告我以鬼事,則我不能知也;若告我以人事者,不過此矣,皆吾所聞知也。

おまえがわたしを説こうとするのは、鬼神のことをわたしに告げるのならわたしには知りえないが、人のことをわたしに告げるのならこれ以上ではなく、みなわたしが聞いて知っていることだ。

20人の情 — 口を開いて笑う日はひと月に四日か五日

今吾告子以人之情,目欲視色,耳欲聽聲,口欲察味,志氣欲盈。人上壽百歲,中壽八十,下壽六十,除病瘦死喪憂患,其中開口而笑者,一月之中不過四五日而已矣。天與地无窮,人死者有時,操有時之具而托於无窮之閒,忽然无異騏驥之馳過隙也。不能說其志意,養其壽命者,皆非通道者也。

いまわたしがおまえに人の情を告げよう。目は色を見たがり、耳は声を聞きたがり、口は味を味わいたがり、志と気は満ちたがる。

人の上寿は百年、中寿は八十年、下寿は六十年だが、病み痩せ、死に喪い、憂え患う時を除けば、そのうちで口を開いて笑う日は、ひと月のうちで四日か五日に過ぎないだけだ。

天と地は果てがなく、人の死には時がある。時のある器を手にして果てのない間に身を寄せているのは、たちまちのうちに、駿馬が隙間を走り過ぎるのと変わらない。自分の志を喜ばせ、自分の寿命を養えない者は、みな道に通じた者ではない。

21おまえが言ったことは、みなわたしが捨てたものだ

丘之所言,皆吾之所棄也,亟去走歸,无復言之!子之道,狂狂汲汲,詐巧虛偽事也,非可以全真也,奚足論哉!」

おまえが言ったことは、みなわたしが捨てたものだ。早く去り、走って帰れ。二度と言うな。おまえの道は、狂って急き立ち、偽り小細工する、空しく偽りの事だ。真を全うできるものではない。どうして論ずるに足ろうか。」

22手綱を三度取り落とし、顔色は死んだ灰のようだった

孔子再拜趨走,出門上車,執轡三失,目芒然无見,色若死灰,據軾低頭,不能出氣。歸到魯東門外,適遇柳下季。柳下季曰:「今者闕然數日不見,車馬有行色,得微往見跖邪?」

孔子は二度拝んで小走りに逃げ、門を出て車に乗ったが、手綱を三度取り落とし、目はかすんで見えず、顔色は死んだ灰のようであった。車の前板に寄りかかって頭を垂れ、息をつくこともできなかった。

帰って魯の東門の外に至り、ちょうど柳下季に出会った。柳下季は言った。「このところ数日見かけず、車と馬に出かけた気配がある。もしや跖に会いに行かれたのではないか。」

23そうだ

孔子仰天而歎曰:「然!」

孔子は天を仰いで嘆いて言った。「そうだ。」

24跖はあなたの意に逆らったのだろうな

柳下季曰:「跖得无逆汝意若前乎?」

柳下季は言った。「跖は、前に言ったとおりあなたの意に逆らったのだろうな。」

25病もないのにみずから灸をすえたようなものだ

孔子曰:「然。丘所謂无病而自灸也,疾走料虎頭,編虎須,幾不免虎口哉!」

孔子は言った。「そうだ。わたしはいわゆる、病もないのにみずから灸をすえたようなものだ。急いで走って虎の頭をなで、虎の鬚を編んだのだから、虎の口を免れたのは幸いだった。」

26子張が満苟得に問う

子張問於滿苟得曰:「盍不為行?无行則不信,不信則不任,不任則不利。故觀之名,計之利,而義真是也。若棄名利,反之於心,則夫士之為行,不可一日不為乎!」

子張(しちょう)が満苟得(まんこうとく)に問うた。「どうして行いを修めないのか。行いがなければ信じられず、信じられなければ任されず、任されなければ利がない。

だから名から見ても、利で計っても、義こそまことに正しい。もし名と利を捨てて心に立ち返るとしても、そもそも士が行いを修めることは、一日もしないわけにはいかないではないか。」

27恥のない者が富み、言葉数の多い者が世に現れる

滿苟得曰:「无恥者富,多信者顯。夫名利之大者,幾在无恥而信。故觀之名,計之利,而信真是也。若棄名利,反之於心,則夫士之為行,抱其天乎!」

満苟得は言った。「恥のない者が富み、言葉数の多い者が世に現れる。そもそも名と利の大きなものは、おおむね恥がなくて言葉数が多いところにある。

だから名から見て利で計れば、言葉数の多さこそまことに正しい。もし名と利を捨てて心に立ち返るなら、そもそも士が行いを修めることは、その天を抱くことになろう。」

28貴賤の分かれ目は行いの美しさと醜さにある

子張曰:「昔者桀紂貴為天子,富有天下,今謂臧聚曰,汝行如桀紂,則有怍色,有不服之心者,小人所賤也。仲尼墨翟,窮為匹夫,今謂宰相曰,子行如仲尼墨翟,則變容易色稱不足者,士誠貴也。故勢為天子,未必貴也;窮為匹夫,未必賤也;貴賤之分,在行之美惡。」

子張は言った。「昔、桀と紂は貴いことは天子であり、富んでは天下を保っていた。いま下僕や雇い人に『おまえの行いは桀や紂のようだ』と言えば、恥じた色を見せ、従わない心を起こす。これは小人でさえ賤しむものだ。

仲尼と墨翟(ぼくてき)は、窮しては一介の匹夫であった。いま宰相に『あなたの行いは仲尼や墨翟のようだ』と言えば、顔つきを改め色を変えて、及びませんと言う。士はまことに貴いのだ。

だから勢いが天子であっても必ず貴いとはかぎらず、窮して匹夫であっても必ず賤しいとはかぎらない。貴賤の分かれ目は、行いの美しさと醜さにある。」

29小さな盗みをする者は捕らえられ、大きな盗みをする者は諸侯となる

滿苟得曰:「小盜者拘,大盜者為諸侯,諸侯之門,義士存焉。昔者桓公小白殺兄入嫂而管仲為臣,田成子常殺君竊國而孔子受幣。論則賤之,行則下之,則是言行之情悖戰於胸中也,不亦拂乎!故《書》曰:『孰惡孰美?成者為首,不成者為尾。』」

満苟得は言った。「小さな盗みをする者は捕らえられ、大きな盗みをする者は諸侯となる。諸侯の門には義士がいる。

昔、桓公小白(かんこうしょうはく)は兄を殺して兄嫁を娶(めと)ったが、管仲(かんちゅう)はその臣となった。田成子常(でんせいしじょう)は君を殺して国を盗んだが、孔子はその贈り物を受けた。

論ずるときはこれを賤しみ、行うときはこれに身を低くする。これは言葉と行いの実が胸の中で食い違って争っているのだ。なんと捩(ねじ)れてはいないか。

だから『書』に言う、『誰が醜く誰が美しいか。成した者が頭となり、成さなかった者が尾となる。』」

30行いを修めなければ、疎遠と親密に筋目がなくなる

子張曰:「子不為行,即將疏戚无倫,貴賤无義,長幼无序;五紀六位,將何以為別乎?」

子張は言った。「あなたが行いを修めないなら、疎遠と親密に筋目がなく、貴賤に義がなく、年長と年少に順序がなくなるだろう。五紀六位を、いったい何によって分けるのか。」

31堯は長子を殺し、舜は母の違う弟を流した

滿苟得曰:「堯殺長子,舜流母弟,疏戚有倫乎?湯放桀,武王殺紂,貴賤有義乎?王季為適,周公殺兄,長幼有序乎?儒者偽辭,墨子兼愛,五紀六位將有別乎?

満苟得は言った。「堯は長子を殺し、舜は母の違う弟を流した。疎遠と親密に筋目があろうか。湯は桀を追い、武王は紂を殺した。貴賤に義があろうか。王季(おうき)が嫡子となり、周公は兄を殺した。年長と年少に順序があろうか。儒者は言葉を偽り、墨子は兼ね愛するという。五紀六位に分けがあろうか。

32あなたは名のために、わたしは利のためにしている

且子正為名,我正為利。名利之實,不順於理,不監於道。吾日與子訟於无約,曰『小人殉財,君子殉名。其所以變其情,易其性,則異矣;乃至於棄其所為而殉其所不為,則一也。』故曰,无為小人,反殉而天;无為君子,從天之理。若枉若直,相而天極;面觀四方,與時消息。若是若非,執而圓機;獨成而意,與道徘徊。无轉而行,无成而義,將失而所為。无赴而富,无殉而成,將棄而天。

またあなたはまさに名のために、わたしはまさに利のためにしている。名と利の実は、理に従わず、道に照らされない。

わたしは先日あなたと無約(むやく)のもとで争ったが、こう言った。『小人は財のために死に、君子は名のために死ぬ。その情を変え、その性を取り替えるところは異なるが、ついにその為すべきことを捨てて、為すべきでないことのために死ぬ点では一つだ。』

だから言う。小人になるな、立ち返っておまえの天に従え。君子になるな、天の理に従え。曲がっていようと直であろうと、おまえの天の極みを見よ。四方に顔を向け、時とともに消え、時とともに育て。是であろうと非であろうと、おまえの円い枢(とぼそ)を握れ。ひとりおまえの意を成し、道とともに歩め。

おまえの行いを転じようとするな。おまえの義を成そうとするな。おまえの為すべきところを失うことになる。おまえの富へ走るな。おまえの成就のために死ぬな。おまえの天を捨てることになる。

33忠の禍、信の患い、廉の害

比干剖心,子胥抉眼,忠之禍也;直躬證父,尾生溺死,信之患也;鮑子立乾,申子不自理,廉之害也;孔子不見母,匡子不見父,義之失也。此上世之所傳,下世之所語,以為士者正其言、必其行,故服其殃、離其患也。」

比干が心臓を割かれ、子胥が目をえぐられたのは忠の禍(わざわい)だ。直躬(ちょくきゅう)が父を訴え、尾生が溺れ死んだのは信の患(うれ)いだ。鮑子が立ったまま枯れ、申子がみずからを顧みなかったのは廉(れん)の害だ。孔子が母に会えず、匡子(きょうし)が父に会えなかったのは義の失だ。

これが前の世が伝え、後の世が語るところであって、士である者はその言葉を正しくし、その行いを必ずそのとおりにしようとするから、その災いを被り、その患いに懸かるというのだ。」

34無足が知和に問う

无足問於知和曰:「人卒未有不興名就利者。彼富則人歸之,歸則下之,下則貴之。夫見下貴者,所以長生安體樂意之道也。今子獨无意焉,知不足邪,意知而力不能行邪,故推正不妄邪?」

無足(むそく)が知和(ちか)に問うた。「人でついに名を興し利に就こうとしない者はない。あの者が富めば人が集まり、集まれば身を低くし、低くすれば貴ぶ。

そもそも人が身を低くして貴ぶのを見ることは、長く生き、体を安らかにし、意を楽しませる道だ。いまあなただけがこれに意を向けない。知が足りないのか、知っていても力が及ばないのか、それで正しさを押し立ててみだりにしないのか。」

35この人は世俗とともに移り変わる

知和曰:「今夫此人以為與己同時而生,同鄉而處者,以為夫絕俗過世之士焉;是專无主正,所以覽古今之時,是非之分也,與俗化。世去至重,棄至尊,以為其所為也;此其所以論長生安體樂意之道,不亦遠乎!慘怛之疾,恬愉之安,不監於體;怵惕之恐,欣懽之喜,不監於心;知為為而不知所以為,是以貴為天子,富有天下,而不免於患也。」

知和は言った。「いまこういう人は、自分と同じ時に生まれ同じ里に住む者を、世俗を絶ち世を超えた士だと見なす。これは、主となる正しさが自分にまるでないのに、古今の時と是非の分かれ目を見渡していると言うようなもので、世俗とともに移り変わるのだ。

世が至って重いものを捨て、至って尊いものを捨てながら、自分の為すべきことを為していると思っている。これで長く生き体を安らかにし意を楽しませる道を論ずるなら、なんとかけ離れていないか。

痛ましい苦しみと、安らかな喜びとが体に照らされず、おびえる恐れと、よろこび楽しむ喜びとが心に照らされず、為すべきことを為すことだけを知って、為すゆえんを知らない。だから貴いことは天子、富むことは天下を保っていても、患いを免れないのだ。」

36富は人にとって利のないところがない

无足曰:「夫富之於人,无所不利,窮美究埶,至人之所不得逮,賢人之所不能及,俠人之勇力而以為威強,秉人之知謀以為明察,因人之德以為賢良,非享國而嚴若君父。且夫聲色滋味權勢之於人,心不待學而樂之,體不待象而安之。夫欲惡避就,固不待師,此人之性也。天下雖非我,孰能辭之!」

無足は言った。「そもそも富は人にとって利のないところがない。美を極め勢いを究め、至人も追いつけないところ、賢人も及べないところだ。

人の勇と力を抱き込んで威や強さとし、人の知と謀を握って明察とし、人の徳によって賢良とするので、国を享(う)けたのでもないのに、君や父のように厳かだ。

また、そもそも声や色、味や権勢は、人にとって、心は学ぶのを待たずにこれを楽しみ、体は見ならうのを待たずにこれに安んじる。そもそも欲し、嫌い、避け、就くことは、もとより師を待たない。これが人の性だ。天下がわたしを非としても、誰がこれを辞退できようか。」

37知ある者の為すことは民によって動く

知和曰:「知者之為,故動以百姓,不違其度,是以足而不爭,无以為故不求。不足故求之,爭四處而不自以為貪;有餘故辭之,棄天下而不自以為廉。廉貪之實,非以迫外也,反監之度。勢為天子而不以貴驕人,富有天下而不以財戲人。計其患,慮其反,以為害於性,故辭而不受也,非以要名譽也。堯舜為帝而雍,非仁天下也,不以美害生;善卷許由得帝而不受,非虛辭讓也,不以事害己。此皆就其利、辭其害,而天下稱賢焉,則可以有之,彼非以興名譽也。」

知和は言った。「知ある者の為すことは、もとより民によって動き、その度を踏み越えない。だから足りていて争わず、為すことがないから求めない。

足りないから求めて、四方で争いながら自分では貪るとは思わず、余っているから辞退して、天下を捨てながら自分では廉(れん)だとは思わない。廉と貪の実は、外から迫られたものではなく、立ち返って自分の度に照らしたものだ。

勢いが天子であっても貴さで人に驕らず、富が天下を保っても財で人をもてあそばない。その患いを計り、その裏返しを思って、性に害があると見るから辞退して受けないのであって、名誉を求めてではない。

堯と舜が帝となって和らいだのは天下を仁としたのではなく、美によって生を害さなかったのだ。善巻と許由が帝位を得て受けなかったのは、空しく辞退したのではなく、事によって自分を害さなかったのだ。

これらはみな、その利に就いてその害を辞退したのであって、天下はそれを賢と称する。だからその名を持つことはできるが、彼らが名誉を興そうとしたのではない。」

38必ずその名を保とうとして体を苦しめ甘いものを断つ

无足曰:「必持其名,苦體絕甘,約養以持生,則亦久病長阨而不死者也。」

無足は言った。「必ずその名を保とうとして体を苦しめ甘いものを断ち、養いを削って生を保つなら、それもまた長く病み久しく行きづまって死なない者にすぎない。」

39平らかなのが福となり、余るのが害となる

知和曰:「平為福,有餘為害者,物莫不然,而財其甚者也。今富人,耳營鐘鼓莞籥之聲,口嗛於芻豢醪醴之味,以感其意,遺忘其業,可謂亂矣;侅溺於馮氣,若負重行而上阪,可謂苦矣,貪財而取慰,貪權而取竭,靜居則溺,體澤則馮,可謂疾矣;為欲富就利,故滿若堵耳而不知避,且馮而不舍,可謂辱矣;財積而无用,服膺而不舍,滿心戚醮,求益而不止,可謂憂矣;內則疑劫請之賊,外則畏寇盜之害,內周樓疏,外不敢獨行,可謂畏矣。此六者,天下之至害也,皆遺忘而不知察,及其患至,求盡性竭財,單以反一日之无故而不可得也。故觀之名則不見,求之利則不得,繚意體而爭此,不亦惑乎!」

知和は言った。「平らかなのが福となり、余るのが害となるのは、物としてそうでないものはないが、財はそのはなはだしいものだ。

いま富む人は、耳は鐘や鼓や笛の音に囚われ、口は肉や酒の味に飽きて、その意を揺さぶり、その務めを忘れてしまう。乱れていると言えよう。

膨れ上がった気に塞がり溺れて、重い荷を背負って坂を上るようだ。苦しいと言えよう。財を貪って苦しみを得、権勢を貪って尽き果てを得る。静かに居れば溺れ、体が脂ぎれば膨れ上がる。病んでいると言えよう。

富んで利に就こうとするから、垣のように満ちても避けることを知らず、膨れ上がっても放さない。辱めだと言えよう。

財が積もっても使えないのに、胸に抱えて放さず、心いっぱいに憂え焦がれて、増やすことを求めてやまない。憂いだと言えよう。

内では奪い取り強請る賊を疑い、外では盗賊の害を恐れて、内には楼や格子窓を張り巡らし、外ではあえて一人で歩かない。恐れだと言えよう。

この六つは天下の至れる害であるのに、みな忘れ去って見きわめることを知らない。その患いが至って、性を使い果たし財を使い尽くして、ただ一日の何事もないところに帰ることを求めても、得られない。

だから名から見れば見えず、利によって求めれば得られない。意と体を縛りつけてこれを争う。なんと惑ってはいないか。」