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安寧天皇

古事記(古い事柄の記録) 古事記 · 太安万侶 · 712年(和銅5年) · 段落 1 · 漢字 202字 · 朗読 0.8分

古事記(古い事柄の記録) 中下巻 日本で最も古い書物。天地が開けるところから始まり、神々の時代を経て推古天皇までの三巻。歌百五首が万葉仮名で記されており、漢字を意味ではなく音だけで用いた文章がまるごと残っている。日本書紀と同じ出来事を違えて記した箇所が多く、並べて読む値打ちが大きい。

1安寧天皇(あんねいてんのう)

師木津日子玉手見命。坐片鹽浮穴宮。治天下也。此天皇。娶河俣毘賣之兄。縣主殿延之女。阿久斗比賣。生御子。常根津日子伊呂泥命。次大倭日子鉏友命。次師木津日子命。此天皇之御子等。并三柱之中。大倭日子鉏友命者。治天下也。次師木津日子命。之子二王坐。一子者。一子。和知都美命者。坐淡道之御井宮。故此王。有二女。兄名蝿伊呂泥。亦名意富夜麻登久邇阿禮比賣命。弟名蝿伊呂杼也。天皇。御年肆拾玖歳。御陵在畝火山之美富登也。

師木津日子玉手見命(しきつひこたまでみのみこと)が、片鹽(かたしお)の浮穴宮(うきあなのみや)に坐して、天下を治められました。

この天皇が、河俣毘賣の兄、縣主殿延(あがたぬしはえ)の娘、阿久斗比賣(あくとひめ)を娶せて生んだ御子は、常根津日子伊呂泥命(とこねつひこいろねのみこと)、次に大倭日子鉏友命(おおやまとひこすきとものみこと)、次に師木津日子命(しきつひこのみこと)です。

この天皇の御子ら、あわせて三柱のうち、大倭日子鉏友命が天下を治められました。

次に師木津日子命の子として、二人の王が坐しました。一人の子は伊賀須知之稻置たちの祖であり、一人の子、和知都美命(わちつみのみこと)は淡道(あわじ)の御井宮(みいのみや)に坐しました。

この王に二人の娘が有り、兄(あね)の名は蝿伊呂泥(はえいろね)、別の名は意富夜麻登久邇阿禮比賣命(おおやまとくにあれひめのみこと)、弟(おと)の名は蝿伊呂杼(はえいろど)です。

天皇は御年四十九歳でした。御陵は畝火山(うねびやま)の美富登(みほと)に在ります。

夾注 2

自伊下三字以音。

「伊」から下の三字は音で読みます。

伊賀須知之稻置。那婆理之稻置。三野之稻置之祖。

伊賀須知之稻置(いがのすちのいなぎ)、那婆理之稻置(なばりのいなぎ)、三野之稻置(みののいなぎ)の祖です。