安寧天皇
1安寧天皇(あんねいてんのう)
師木津日子玉手見命。坐片鹽浮穴宮。治天下也。此天皇。娶河俣毘賣之兄。縣主殿延之女。阿久斗比賣。生御子。常根津日子伊呂泥命。次大倭日子鉏友命。次師木津日子命。此天皇之御子等。并三柱之中。大倭日子鉏友命者。治天下也。次師木津日子命。之子二王坐。一子者。一子。和知都美命者。坐淡道之御井宮。故此王。有二女。兄名蝿伊呂泥。亦名意富夜麻登久邇阿禮比賣命。弟名蝿伊呂杼也。天皇。御年肆拾玖歳。御陵在畝火山之美富登也。
師木津日子玉手見命(しきつひこたまでみのみこと)が、片鹽(かたしお)の浮穴宮(うきあなのみや)に坐して、天下を治められました。
この天皇が、河俣毘賣の兄、縣主殿延(あがたぬしはえ)の娘、阿久斗比賣(あくとひめ)を娶せて生んだ御子は、常根津日子伊呂泥命(とこねつひこいろねのみこと)、次に大倭日子鉏友命(おおやまとひこすきとものみこと)、次に師木津日子命(しきつひこのみこと)です。
この天皇の御子ら、あわせて三柱のうち、大倭日子鉏友命が天下を治められました。
次に師木津日子命の子として、二人の王が坐しました。一人の子は伊賀須知之稻置たちの祖であり、一人の子、和知都美命(わちつみのみこと)は淡道(あわじ)の御井宮(みいのみや)に坐しました。
この王に二人の娘が有り、兄(あね)の名は蝿伊呂泥(はえいろね)、別の名は意富夜麻登久邇阿禮比賣命(おおやまとくにあれひめのみこと)、弟(おと)の名は蝿伊呂杼(はえいろど)です。
天皇は御年四十九歳でした。御陵は畝火山(うねびやま)の美富登(みほと)に在ります。
夾注 2
自伊下三字以音。
「伊」から下の三字は音で読みます。
伊賀須知之稻置。那婆理之稻置。三野之稻置之祖。
伊賀須知之稻置(いがのすちのいなぎ)、那婆理之稻置(なばりのいなぎ)、三野之稻置(みののいなぎ)の祖です。