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履中天皇

古事記(古い事柄の記録) 古事記 · 太安万侶 · 712年(和銅5年) · 段落 6 · 漢字 965字 · 朗読 3.9分

古事記(古い事柄の記録) 中下巻 日本で最も古い書物。天地が開けるところから始まり、神々の時代を経て推古天皇までの三巻。歌百五首が万葉仮名で記されており、漢字を意味ではなく音だけで用いた文章がまるごと残っている。日本書紀と同じ出来事を違えて記した箇所が多く、並べて読む値打ちが大きい。

1大殿に火を放たれ倭へ逃れる

伊邪本和氣命。坐伊波禮之若櫻宮。治天下也。此天皇。娶葛城之曾都毘古之子。葦田宿禰之女。名黑比賣命。生御子。市邊之忍齒王。次御馬王。次妹青海郎女。亦名飯豐郎女。本坐難波宮之時。坐大嘗而。爲豐明之時。於大御酒宇良宜而。大御寢也。爾其弟墨江中王。欲取天皇以。火著大殿。於是倭漢直之祖。阿知直。盜出而。乘御馬。令幸於倭。故到于多遲比野而。寤詔此間者何處。爾阿知直白。墨江中王。火著大殿。故率逃於倭。爾天皇歌曰。 多遲比怒邇。泥牟登斯理勢婆。多都碁母母。母知弖許麻志母能。泥牟登斯理勢婆。

伊邪本和気命は、伊波礼の若桜宮(伊波礼之若桜宮)にいらせられて天下をお治めになりました。

この天皇は、葛城の曾都毘古の子である葦田宿禰(あしだのすくね)の娘、名は黒比売命(くろひめのみこと)を妻にお迎えになり、お生まれになった御子は市辺之忍歯王(いちのべのおしはのみこ)、次は御馬王(みまのみこ)、次は妹の青海郎女(あおみのいらつめ)、別の名は飯豊郎女(いひとよのいらつめ)です。

もと難波宮にいらせられたとき、大嘗(おおにえ)をお祭りになり、豊明をお催しになったとき、大御酒にうらげ――御心が解けて、深くお寝みになりました。そこでその弟の墨江中王が、天皇を取ろうとして大殿に火を着けました。

そこで倭漢直の祖である阿知直(あちのあたい)が、ひそかに盗み出して御馬に乗せ、倭へお連れしました。

多遅比野に到って目を覚まされ、おっしゃいました。「ここはどこか。」阿知直が申し上げました。「墨江中王が大殿に火を着けましたので、倭へお連れして逃れる途でございます。」

そこで天皇は歌われました。

たぢひのに ねむとしりせば たつごもも もちてこましもの ねむとしりせば

— 多遅比野で寝ると知っていたなら 立薦(たつごも)でも持って来たものを。 寝ると知っていたなら。

夾注 1

三柱。

三柱です。

2波邇賦坂で振り返る

到於波邇賦坂。望見難波宮。其火猶炳。爾天皇亦歌曰。

波邇賦坂に到って難波宮を望み見ると、その火はなお炳々と燃えていました。そこで天皇はまた歌われました。

3燃えるのは妻の家のあたり

波邇布邪迦。和賀多知美禮婆。迦藝漏肥能。毛由流伊幣牟良。都麻賀伊幣能阿多理。

はにふざか わがたちみれば かぎろひの もゆるいへむら つまがいへのあたり

— 波邇賦坂にわたしが立って見れば 陽炎(かぎろひ)のように燃える家群、 妻の家のあたりだ。

4大坂で出会った女

故到幸大坂山口之時。遇一女人。其女人白之。持兵人等。多塞茲山。自當岐麻道。廻應越幸。爾天皇歌曰。

大坂の山口においでになったとき、一人の女に出会いました。その女が申し上げました。「兵を持つ者たちが多くこの山を塞いでいます。当岐麻の道から廻ってお越えになるのがよろしいでしょう。」そこで天皇は歌われました。

5直の道ではなく当芸麻の道を告げる

於富佐迦邇。阿布夜袁登賣袁。美知斗閇婆。多陀邇波能良受。當藝麻知袁能流。

おほさかに あふやをとめを みちとへば ただにはのらず たぎまちをのる

— 大坂で出会った娘に 道を問うと、直(ただ)の道は告げず 当芸麻(たぎま)の道を告げる。

6曾婆訶理を使って弟を殺し、その口も塞ぐ

故上幸。坐石上神宮也。於是其伊呂弟水齒別命。參赴令謁。爾天皇令詔。吾疑汝命若與墨江中王。同心乎。故不相言。答白。僕者無穢邪心。亦不同墨江中王。亦令詔。然者。今還下而。殺墨江中王而。上來。彼時吾必相言。故即還下難波。欺所近習墨江中王之隼人。名曾婆加理。云若汝從吾言者。吾爲天皇。汝作大臣。治天下那何。曾婆訶理。答白隨命。爾多祿給其隼人。曰然者殺汝王也。於是曾婆訶理。竊伺。己王入厠。以矛刺而殺也。故率曾婆訶理。上幸於倭之時。到大坂山口。以爲。曾婆訶理。爲吾雖有大功。既殺己君。是不義。然不賽其功。可謂無信。既行其信。還惶其情。故雖報其功。滅其正身。是以詔曾婆訶理。今日留此間而。先給大臣位。明日上幸。留其山口。即造假宮。忽爲豐樂。乃於其隼人。賜大臣位。百官令拜。隼人歡喜。以爲遂志。爾詔其隼人。今日與大臣。飮同盞酒。共飮之時。隱面大鋺。盛其進酒。於是王子先飮。隼人後飮。故其隼人飮時。大鋺覆面。爾取出置席下之劍。斬其隼人之頸。乃明日上幸。故號其地。謂近飛鳥也。上到于倭。詔之。今日留此間。爲祓禊而。明日參出。將拜神宮。故號其地謂遠飛鳥也。故參出石上神宮。令奏天皇。政既平訖參上侍之。爾召入而。相語也。天皇。於是以阿知直。始任藏官。亦給粮地。亦此御世。於若櫻部臣等。賜若櫻部名。又比賣陀君等。賜姓謂比賣陀之君也。亦定伊波禮部也。天皇之御年。陸拾肆歲。御陵在毛受也。

そうして上っておいでになり、石上神宮にいらせられました。

そこでその同母弟の水歯別命が参り赴いて、お目にかかることを願いました。天皇は詔を伝えさせました。「わたしはお前の命が、もしや墨江中王と同じ心ではないかと疑っている。だから会って語らない。」

答えて申し上げました。「わたくしには穢れた邪な心はありません。また墨江中王と同じでもありません。」

また詔を伝えさせました。「それならば、今すぐ還り下って墨江中王を殺して上って来い。そのときにはわたしも必ず会って語ろう。」

そこですぐに難波へ還り下り、墨江中王に近く仕える隼人、名は曾婆訶理(そばかり)を欺いて言いました。「もしお前がわたしの言葉に従うなら、わたしは天皇となり、お前を大臣にして天下を治めようと思うが、どうか。」

曾婆訶理は「命のままにいたします」と申し上げました。そこでその隼人に多くの禄を与えて言いました。「それならばお前の王を殺せ。」

そこで曾婆訶理は、自分の王が厠に入るのをひそかにうかがい、矛で刺して殺しました。

曾婆訶理を率いて倭へ上っておいでになるとき、大坂の山口に到って、こう考えました。「曾婆訶理はわたしのために大きな功があったとはいえ、自分の君を殺したのだから、これは不義である。しかしその功に報いなければ信がないと言われよう。その信を行おうとすれば、かえってその心が恐ろしい。だから、その功には報いても、その身は滅ぼそう。」

そこで曾婆訶理におっしゃいました。「今日はここに留まって、まず大臣の位を給わり、明日上ろう。」

その山口に留まって仮宮を造り、急いで豊楽を催し、その隼人に大臣の位を賜わって百官に拝させたので、隼人は歓び喜んで、志を遂げたと思いました。

そこでその隼人におっしゃいました。「今日は大臣と同じ盞の酒を飲もう。」ともに飲むとき、顔を隠すほどの大きな鋺にその進める酒を盛りました。王子が先に飲み、隼人が後に飲みました。その隼人が飲むとき、大鋺が顔を覆いました。そこで席の下に置いた剣を取り出して、その隼人の頸を斬りました。そうして翌日、上っておいでになりました。それでその地を近飛鳥(ちかつあすか)と申します。

倭に上り到って、おっしゃいました。「今日はここに留まって祓禊をし、明日参り出て神宮に拝そう。」それでその地を遠飛鳥(とおつあすか)と申します。

石上神宮に参り出て、天皇に奏させました。「政はすでに平らぎ終わり、参り上って侍ります。」そこで召し入れて、互いに語り合われました。

天皇はこのとき、阿知直をはじめて蔵官に任じ、また粮の地も給わりました。

またこの御世に、若桜部臣たちに若桜部という名を賜わり、比売陀君たちに姓を賜わって比売陀之君と申し、また伊波礼部を定めました。

天皇は御年六十四歳でいらせられました。御陵は毛受にあります。