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清寧天皇

古事記(古い事柄の記録) 古事記 · 太安万侶 · 712年(和銅5年) · 段落 13 · 漢字 902字 · 朗読 3.6分

古事記(古い事柄の記録) 中下巻 日本で最も古い書物。天地が開けるところから始まり、神々の時代を経て推古天皇までの三巻。歌百五首が万葉仮名で記されており、漢字を意味ではなく音だけで用いた文章がまるごと残っている。日本書紀と同じ出来事を違えて記した箇所が多く、並べて読む値打ちが大きい。

1火を焚く二人の子が名を明かす

白髮大倭根子命。坐伊波禮之甕栗宮。治天下也。此天皇。無皇后。亦無御子。故御名代定白髮部。故天皇崩後。無可治天下之王也。於是。問日繼所知之王也。市邊忍齒別王之妹。忍海郎女。亦名飯豐王。坐葛城忍海之高木角刺宮也。爾山部連小楯。任針間國之宰時。到其國之人民。名志自牟之新室樂。於是。盛樂。酒酣。以次第皆儛。故燒火少子二口。居竈傍。令儛其少子等。爾其一少子。曰。汝兄先儛。其兄亦。曰汝弟先儛。如此相讓之時。其會人等。咲其相讓之状。爾遂兄儛訖。次弟將儛時。爲詠曰。物部之。我夫子之。取佩。於大刀之手上。丹畫著。其緒者。載赤幡。立赤幡。見者五十隱。山三尾之。竹矣。「本」訶岐苅。末押縻魚簀。如調八絃琴。所治賜天下。伊邪本和氣。天皇之御子。市邊之。押齒王之。奴末。爾即小楯連聞驚而。自床墮轉而。追出其室人等。其二柱王子。坐左右膝上。泣悲而。集人民作假宮。坐置其假宮而。貢上驛使。於是。其姨飯豐王。聞歡而。令上於宮。故將治天下之間。平群臣之祖。名志毘臣。立于歌垣。取其袁祁命。將婚之美人手。其孃子者。菟田首等之女。名者大魚也。爾袁祁命亦立歌垣。於是。志毘臣歌曰。

白髮大倭根子命(しらかのおおやまとねこのみこと)は、伊波礼(いわれ)の甕栗宮(みかくりのみや)におられて天下をお治めになりました。

この天皇には皇后がなく、御子もありませんでした。そこで御名の代わりとして白髪部(しらかべ)をお定めになりました。

天皇が亡くなられたのち、天下を治めるべき王がありませんでした。そこで日継(ひつぎ)を継ぐべき王を尋ねますと、市辺忍歯別王(いちのべのおしはわけのみこ)の妹、忍海郎女(おしぬみのいらつめ)、別の名は飯豊王(いいとよのみこ)が、葛城の忍海の高木角刺宮(たかきのつのさしのみや)におられました。

さて、山部連小楯(やまべのむらじおだて)が針間国(はりまのくに)の宰(みこともち)に任じられたとき、その国の人民で名は志自牟(しじむ)という者の新室の宴(新室楽)に行きました。宴が盛り上がり、酒がたけなわになると、順に皆が舞いました。そのとき、竈(かまど)のそばに火を焚く子が二人座っていましたので、その子たちにも舞わせました。

一人の子が「兄さんが先に舞ってください」と言うと、兄も「弟のお前が先に舞え」と言いました。このように譲り合うので、集まった人たちはその譲り合う様子を笑いました。とうとう兄が舞い終わり、次に弟が舞おうとするとき、歌をうたいました。

「物部(もののべ)である我が君が 帯びておられる大刀の柄(つか)に 赤い絵を描き入れ その緒(お)には赤い幡(はた)を付け、 赤い幡を立てると 見る者の身を隠してしまう — 山の三つの尾(お)の竹を 根本から切り取り 先を押し撓(たわ)めて魚簀(うえ)のようにし 八弦の琴を調えるように 天下をお治めになった 伊邪本和気(いざほわけ)天皇の御子、 市辺の押歯王(おしはのみこ)の 奴(しもべ)となった末の者です。」

そこで小楯連(おだてのむらじ)はこれを聞いて驚き、床から転げ落ち、その部屋にいた人たちを追い出して、二人の王子を左右の膝の上に座らせ、泣き悲しみました。人民を集めて仮宮を造り、二人の王子をその仮宮にお置きして、駅使(はゆまづかい)を奉りました。

その姨(おば)の飯豊王がこれを聞いて喜び、宮にお上りになるようにさせました。

そうして天下を治めようとするころ、平群臣(へぐりのおみ)たちの祖で名は志毘臣(しびのおみ)という者が歌垣(うたがき)に立ち、袁祁命(おけのみこと)が結婚しようとしていた美人の手を取りました。その娘は菟田首(うだのおびと)たちの娘で、名は大魚(おおうお)でした。そこで袁祁命もまた歌垣に立たれました。そのとき志毘臣が歌いました。

夾注 2

此二字以音。

この二字は音で読みます。

見者五十隱

見者五十隱 — 「見ると遠く隠れる」と読んで、後に続く山を修飾する句と解する説もあります。― 訳者

2宮の隅が傾いている

意富美夜能。袁登都波多傳。須美加多夫祁理。

おほみやの をとつはたで すみかたぶけり

— 大きな宮の向こう端の棟は 隅が傾いていることだ。

3歌の末を乞う

如此歌而。乞其歌末之時。袁祁命歌曰。

このように歌って、その歌の末(すえ)を乞うたとき、袁祁命が歌われました。

4大工の腕が拙いから

意富多久美。袁遲那美許曾。須美加多夫祁禮。

おほたくみ をぢなみこそ すみかたぶけれ

— 大工の腕が拙いからこそ 隅が傾いているのです。

5志毘がまた歌う

爾志毘臣。亦歌曰。

そこで志毘臣がまた歌いました。

6八重の柴垣

意富岐美能。許許呂袁由良美。淤美能古能。夜幣能斯婆加岐。伊理多多受阿理。

おほきみの こころをゆらみ おみのこの やへのしばかき いりたたずあり

— 大君(おおきみ)の御心が緩やかで 臣(おみ)の子の八重の柴垣に 入り立つことがおできになりません。

7王子がまた歌う

於是。王子。亦歌曰。

そこで王子がまた歌われました。

8鮪のそばの妻

斯本勢能。那袁理袁美禮婆。阿蘇毘久流。志毘賀波多傳爾。都麻多弖理美由。

しほせの なをりをみれば あそびくる しびがはたでに つまたてりみゆ

— 潮瀬(しおせ)の波の折れるのを見ると 泳ぎ遊んでくる鮪(しび)のそばに 妻となる人が立っているのが見えます。

9志毘が怒って歌う

爾志毘臣。愈怒歌曰。

そこで志毘臣はいよいよ怒って歌いました。

10切れる柴垣

意富岐美能。美古能志婆加岐。夜布士麻理。斯麻理母登本斯。岐禮牟志婆加岐。夜氣牟志婆加岐。

おほきみの みこのしばかき やふじまり しまりもとほし きれむしばかき やけむしばかき

— 大君の御子の柴垣は 八重に結んで結び巡らしても 切れてしまう柴垣、 焼けてしまう柴垣。

11王子がまた歌う

爾王子。亦歌曰。

そこで王子がまた歌われました。

12鮪を突く志毘よ

意布袁余志。斯毘都久阿麻余。斯賀阿禮婆。宇良胡本斯祁牟。志毘都久志毘。

おふをよし しびつくあまよ しがあれば うらこほしけむ しびつくしび

— 大魚(おおうお)よ — 鮪を突く海人(あま)よ、 その人を逃したら心に恋しく思うでしょう。 鮪を突く志毘よ。

13兄弟が互いに譲り合う

如此歌而。鬪明各退。明旦之時。意富祁命。袁祁命。二柱議云。凡朝廷人等者。旦參赴於朝廷。晝集於志毘門。亦今者志毘必寢。亦其門無人。故非今。者難可謀。即興軍。圍志毘臣之家。乃殺也。於是。二柱王子等。各相讓天下。意祁命。讓其弟。袁祁命曰。住於針間志自牟家時。汝命不顯名者。更非臨天下之君。是既汝命之功。故吾雖兄。猶汝命。先治天下而。堅讓。故不得辭而。袁祁命。先治天下也。

このように歌い争って、夜が明けるとそれぞれ退きました。

翌朝、意富祁命(おほけのみこと)と袁祁命のお二人がご相談になりました。「およそ朝廷の人たちは、朝には朝廷に参り、昼には志毘の門に集まる。また今は志毘がきっと寝ているだろうし、その門には人もいない。だから今でなければ謀るのは難しい。」そこで軍を起こし、志毘臣の家を囲んで殺しました。

そこでお二人の王子は互いに天下を譲り合われました。意祁命が弟の袁祁命に譲って仰せになりました。「針間の志自牟の家にいたとき、お前が名を明かさなかったならば、決して天下に臨む君とはなれなかった。これはひとえにお前の功である。だから私は兄であるけれども、お前が先に天下を治めよ。」と、固く譲られました。

そうして辞退しきれず、袁祁命が先に天下をお治めになりました。