繼體天皇
1継体天皇
袁本杼命。坐伊波禮之玉穂宮。治天下也。天皇。娶三尾君等祖。名若比賣。生御子。大郎子。次出雲郎女。又娶尾張連等之祖。凡連之妹。目子郎女。生御子。廣國押建金日命。次建小廣國押楯命。又娶意富祁天皇之御子。手白髮命。生御子。天國押波流岐廣庭命。又娶息長眞手王之女。麻組郎女。生御子。佐佐宜郎女。又娶坂田大俣王之女。黑比賣。生御子。神前郎女。次田郎女。次「馬來」田郎女。<「三柱」。>「又娶茨田連小望之女。關比賣。生御子。茨田大郎女。」次白坂活日(子)郎女。次小野郎女。亦名長目比賣。又娶三尾君加多夫之妹。倭比賣。生御子。大郎女。次丸高王。次耳王。次赤比賣郎女。又娶阿倍之波延比賣。生御子。若屋郎女。次都夫良郎女。次阿豆王。此天皇之御子等。并十九王。此之中。天國押波流岐廣庭命者。治天下。次廣國押建金日命。治天下。次建小廣國押楯命。治天下。次佐佐宜王者。拜伊勢神宮也。此御世。竺紫君石井。不從天皇之命而。多无禮。故遣物部荒甲之大連。大伴之金村連二人而。殺石井也。天皇御年。肆拾參歲。御陵者三嶋之藍(御陵)也。
袁本杼命(おほどのみこと)は、伊波礼の玉穂宮(いわれのたまほのみや)におられて天下をお治めになりました。
天皇は三尾君(みおのきみ)たちの祖で、名は若比売(わかひめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。大郎子(おほいらつこ)、次に出雲郎女(いずものいらつめ)です。
また尾張連(おわりのむらじ)たちの祖、凡連(おほしのむらじ)の妹、目子郎女(めのこのいらつめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。広国押建金日命(ひろくにおしたけかなひのみこと)、次に建小広国押楯命(たけおひろくにおしたてのみこと)です。
また意富祁天皇(おほけのてんのう)の御子、手白髪命(たしらかのみこと)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。天国押波流岐広庭命(あめくにおしはるきひろにわのみこと)です。
また息長真手王(おきながのまてのみこ)の娘、麻組郎女(おくみのいらつめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。佐佐宜郎女(ささげのいらつめ)です。
また坂田大俣王(さかたのおおまたのみこ)の娘、黒比売(くろひめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。神前郎女(かんさきのいらつめ)、次に田郎女(たのいらつめ)、次に馬来田郎女(うまくたのいらつめ)で、三柱です。
また茨田連小望(まむたのむらじおもち)の娘、関比売(せきひめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。茨田大郎女(まむたのおおいらつめ)、次に白坂活日子郎女(しらさかのいくひこのいらつめ)、次に小野郎女(おののいらつめ)で、別の名は長目比売(ながめひめ)です。
また三尾君加多夫(みおのきみかたぶ)の妹、倭比売(やまとひめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。大郎女(おおいらつめ)、次に丸高王(まろたかのみこ)、次に耳王(みみのみこ)、次に赤比売郎女(あかひめのいらつめ)です。
また阿倍の波延比売(あべのはえひめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。若屋郎女(わかやのいらつめ)、次に都夫良郎女(つぶらのいらつめ)、次に阿豆王(あずのみこ)です。
この天皇の御子たちは合わせて十九王です。
この中で天国押波流岐広庭命が天下を治め、次に広国押建金日命が天下を治め、次に建小広国押楯命が天下を治め、次に佐佐宜王は伊勢神宮をお祭りしました。
この御世に、竺紫君石井(つくしのきみいわい)が天皇の命に従わず、無礼が多くありました。そこで物部荒甲の大連(もののべのあらかひのおおむらじ)と大伴の金村連(おおとものかなむらのむらじ)の二人を遣わして石井を殺しました。
天皇は御年四十三歳でいらっしゃいました。御陵は三嶋の藍の御陵(みしまのあいのみささぎ)です。
夾注 10
二柱。
二柱です。
二柱。
二柱です。
是大后也。
この方が大后(おおきさき)です。
波流岐三字以音。一柱。
「波流岐」の三字は音で読みます。一柱です。
一柱。
一柱です。
三柱。
三柱です。
上
上げて読みます。
四柱。
四柱です。
三柱。
三柱です。
男七。女十二。
男が七人、女が十二人です。