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欽明天皇

古事記(古い事柄の記録) 古事記 · 太安万侶 · 712年(和銅5年) · 段落 1 · 漢字 365字 · 朗読 1.5分

古事記(古い事柄の記録) 中下巻 日本で最も古い書物。天地が開けるところから始まり、神々の時代を経て推古天皇までの三巻。歌百五首が万葉仮名で記されており、漢字を意味ではなく音だけで用いた文章がまるごと残っている。日本書紀と同じ出来事を違えて記した箇所が多く、並べて読む値打ちが大きい。

1欽明天皇

天國押波流岐廣庭天皇。坐師木嶋大宮。治天下也。天皇。娶檜脾天皇之御子。石比賣命。生御子。八田王。次沼名倉太玉敷命。次笠縫王。又娶其弟小石比賣命。生御子。上王。又娶春日之日爪臣之女。糠子郎女。生御子。春日山田郎女。次麻呂古王。次宗賀之倉王。又娶宗賀之稻目宿禰大臣之女。岐多斯比賣。生御子。橘之豐日命。次妹石埛王。次足取王。次豐御氣炊屋比賣命。次亦麻呂古王。次大宅王。次伊美賀古王。次山代王。次妹大伴王。次櫻井之玄王。次麻奴王。次橘本之若子王。次泥杼王。又娶岐多志比賣命之姨。小兄比賣。生御子。馬木王。次葛城王。次間人穴太部王。次三枝部穴太部王。亦名須賣伊呂杼。次長谷部若雀命。凡此天皇之御子等。并廿五王。此之中。沼名倉太玉敷命者。治天下。次橘之豐日命。治天下。次豐御氣炊屋比賣命。治天下。次長谷部之若雀命。治天下也。并四王治天下也。

天国押波流岐広庭天皇(あめくにおしはるきひろにわのてんのう)は、師木嶋の大宮(しきしまのおおみや)におられて天下をお治めになりました。

天皇は檜坰天皇(ひのくまのてんのう)の御子、石比売命(いしひめのみこと)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。八田王(やたのみこ)、次に沼名倉太玉敷命(ぬなくらふとたましきのみこと)、次に笠縫王(かさぬいのみこ)です。

またその妹の小石比売命(おいしひめのみこと)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。上王(かみのみこ)です。

また春日の日爪臣(かすがのひつまのおみ)の娘、糠子郎女(ぬかこのいらつめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。春日山田郎女(かすがのやまだのいらつめ)、次に麻呂古王(まろこのみこ)、次に宗賀の倉王(そがのくらのみこ)です。

また宗賀の稲目宿禰大臣(そがのいなめのすくねのおおおみ)の娘、岐多斯比売(きたしひめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。橘の豊日命(たちばなのとよひのみこと)、次に妹の石坰王(いしくまのみこ)、次に足取王(あとりのみこ)、次に豊御気炊屋比売命(とよみけかしきやひめのみこと)、次にまた麻呂古王(まろこのみこ)、次に大宅王(おおやけのみこ)、次に伊美賀古王(いみがこのみこ)、次に山代王(やましろのみこ)、次に妹の大伴王(おおとものみこ)、次に桜井の玄王(さくらいのゆみはりのみこ)、次に麻奴王(まぬのみこ)、次に橘本の若子王(たちばなもとのわくごのみこ)、次に泥杼王(ねどのみこ)です。

また岐多志比売命の姨(おば)、小兄比売(おえひめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。馬木王(うまきのみこ)、次に葛城王(かずらきのみこ)、次に間人穴太部王(はしひとのあなほべのみこ)、次に三枝部穴太部王(さきくさべのあなほべのみこ)で、別の名は須売伊呂杼(すめいろど)、次に長谷部若雀命(はつせべのわかさざきのみこと)です。

およそこの天皇の御子たちは合わせて二十五王です。

この中で沼名倉太玉敷命が天下を治め、次に橘の豊日命が天下を治め、次に豊御気炊屋比売命が天下を治め、次に長谷部の若雀命が天下を治めました。合わせて四王が天下を治めたのです。

夾注 6

三柱。

三柱です。

一柱。

一柱です。

三柱。

三柱です。

十三柱。

十三柱です。

五柱。

五柱です。

檜脾天皇

宣化天皇です。― 訳者