いにしえの文 › 古事記(古い事柄の記録) › 中下巻

敏達天皇

古事記(古い事柄の記録) 古事記 · 太安万侶 · 712年(和銅5年) · 段落 1 · 漢字 339字 · 朗読 1.4分

古事記(古い事柄の記録) 中下巻 日本で最も古い書物。天地が開けるところから始まり、神々の時代を経て推古天皇までの三巻。歌百五首が万葉仮名で記されており、漢字を意味ではなく音だけで用いた文章がまるごと残っている。日本書紀と同じ出来事を違えて記した箇所が多く、並べて読む値打ちが大きい。

1敏達天皇

沼名倉太玉敷命。坐他田宮。治天下壹拾肆歲也。此天皇。娶庶妹。豐御食炊屋比賣命。生御子。靜貝王。亦名貝鮹王。次竹田王。亦名小貝王。次小治田王。次葛城王。次宇毛理王。次小張王。次多米王。次櫻井玄王。又娶伊勢大鹿首之女。小熊子郎女。生御子。布斗比賣命。次寶王。亦名糠代比賣王。又娶息長眞手王之女。比呂比賣命。生御子。忍坂日子人太子。亦名麻呂古王。次坂騰王。次宇遲王。又娶春日中若子之女。老女子郎女。生御子。難波王。次桑田王。次春日王。次大俣王。此天皇之御子等。并十七王之中。日子人太子。娶庶妹田村王。亦名糠代比賣命。生御子。坐岡本宮。治天下之天皇。次中津王。次多良王。又娶漢王之妹。大俣王。生御子。智奴王。次妹桑田王。又娶庶妹玄王。生御子。山代王。次笠縫王。并七王。御陵在川内科長也。

沼名倉太玉敷命(ぬなくらふとたましきのみこと)は、他田宮(おさだのみや)におられて十四年のあいだ天下をお治めになりました。

この天皇は異母妹の豊御食炊屋比売命(とよみけかしきやひめのみこと)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。静貝王(しずかいのみこ)で別の名は貝鮹王(かいたこのみこ)、次に竹田王(たけだのみこ)で別の名は小貝王(おかいのみこ)、次に小治田王(おはりだのみこ)、次に葛城王(かずらきのみこ)、次に宇毛理王(うもりのみこ)、次に小張王(おはりのみこ)、次に多米王(ためのみこ)、次に桜井玄王(さくらいのゆみはりのみこ)です。

また伊勢の大鹿首(おおかのおびと)の娘、小熊子郎女(おくまこのいらつめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。布斗比売命(ふとひめのみこと)、次に宝王(たからのみこ)で別の名は糠代比売王(ぬかでひめのみこ)です。

また息長真手王(おきながのまてのみこ)の娘、比呂比売命(ひろひめのみこと)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。忍坂日子人太子(おさかのひこひとのひつぎのみこ)で別の名は麻呂古王(まろこのみこ)、次に坂騰王(さかのぼりのみこ)、次に宇遅王(うじのみこ)です。

また春日の中若子(かすがのなかつわくご)の娘、老女子郎女(おみなごのいらつめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。難波王(なにわのみこ)、次に桑田王(くわたのみこ)、次に春日王(かすがのみこ)、次に大俣王(おおまたのみこ)です。

この天皇の御子たちは合わせて十七王です。

その中で日子人太子が異母妹の田村王(たむらのみこ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。岡本宮(おかもとのみや)におられて天下をお治めになった天皇、次に中津王(なかつのみこ)、次に多良王(たらのみこ)です。

また漢王(あやのみこ)の妹、大俣王(おおまたのみこ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。智奴王(ちぬのみこ)、次に妹の桑田王(くわたのみこ)です。

また異母妹の玄王(ゆみはりのみこ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。山代王(やましろのみこ)、次に笠縫王(かさぬいのみこ)です。合わせて七王です。

御陵は河内の科長(かわちのしなが)にあります。

夾注 9

八柱。

八柱です。

二柱。

二柱です。

三柱。

三柱です。

四柱。

四柱です。

三柱。

三柱です。

二柱。

二柱です。

二柱。

二柱です。

亦名糠代比賣命

田村王は別の名を糠代比売命(ぬかでひめのみこと)と言います。底本はこの名を本文の中に記していますが、朗読で言葉が込み合うので脇注に移しました。― 訳者

坐岡本宮治天下之天皇

のちの舒明天皇です。― 訳者