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用明天皇

古事記(古い事柄の記録) 古事記 · 太安万侶 · 712年(和銅5年) · 段落 1 · 漢字 141字 · 朗読 0.6分

古事記(古い事柄の記録) 中下巻 日本で最も古い書物。天地が開けるところから始まり、神々の時代を経て推古天皇までの三巻。歌百五首が万葉仮名で記されており、漢字を意味ではなく音だけで用いた文章がまるごと残っている。日本書紀と同じ出来事を違えて記した箇所が多く、並べて読む値打ちが大きい。

1用明天皇

橘豐日命。坐池邊宮。治天下參歲。此天皇。娶稻目宿禰大臣之女。意富藝多志比賣。生御子。多米王。又娶庶妹間人穴太部王。生御子。上宮之厩戶豐聰耳命。次久米王。次植栗王。次茨田王。又娶當麻之倉首比呂之女。飯女之子。生御子。當麻王。次妹須加志呂古郎女。此天皇。御陵在石寸掖上。後遷科長中陵也。

橘豊日命(たちばなのとよひのみこと)は、池辺宮(いけのへのみや)におられて三年のあいだ天下をお治めになりました。

この天皇は稲目宿禰大臣(いなめのすくねのおおおみ)の娘、意富芸多志比売(おほぎたしひめ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。多米王(ためのみこ)です。

また異母妹の間人穴太部王(はしひとのあなほべのみこ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。上宮の厩戸豊聡耳命(かみつみやのうまやどのとよとみみのみこと)、次に久米王(くめのみこ)、次に植栗王(うえくりのみこ)、次に茨田王(まむたのみこ)です。

また当麻の倉首比呂(たぎまのくらのおびとひろ)の娘、飯女之子(いひめのこ)をお妃に迎えて御子をお生みになりました。当麻王(たぎまのみこ)、次に妹の須加志呂古郎女(すがしろこのいらつめ)です。

この天皇の御陵は石寸の池上(いわれのいけのへ)にありましたが、のちに科長の中陵(しながのなかのみささぎ)に移しました。

夾注 4

一柱。

一柱です。

四柱。

四柱です。

上宮之厩戶豐聰耳命

聖徳太子です。― 訳者

石寸掖上

底本は掖上ですが、池上の誤りと見て「いけのへ(池のそばの丘)」と読みました。― 訳者