いにしえの文 › 金鰲新話(金鰲山で書かれた新しい話) › 萬福寺摴蒲記

万福寺摴蒲記萬福寺摴蒲記

金鰲新話(金鰲山で書かれた新しい話) 金鰲新話 · 金時習(キム・シスプ) · 1465〜1470年頃 · 段落 46 · 漢字 3,388字 · 朗読 13.6分

金鰲新話(金鰲山で書かれた新しい話) 萬福寺摴蒲記 韓国で最も古い漢文小説であり、この書架に入る最初の朝鮮の書である。金時習が世を背いて慶州の金鰲山に隠れ住みながら著した。五編はどれも生きている人と死んだ者、この世とあの世が出会う話である — 仏と樗蒲を投げて妻を得たところ、倭寇に殺された魂であり(萬福寺樗蒲記)、垣を越えて結んだ縁が紅巾賊に断たれ、魂となって帰ってきて(李生窺牆伝)、浮碧楼で出会った女は箕子の娘だと言い、衛満に国を失ったことを語る(醉遊浮碧亭記)。南炎浮洲志は儒者が閻羅王と向かい合って座り、鬼神と輪廻をめぐって論じ、龍宮赴宴録は龍王の宴に呼ばれて上棟文を作る。五編の主人公はいずれも官途を閉ざされた士であり、彼らを認めてくれる者はあの世にしかいない。

南原有梁生者,早喪父母,未有妻室,獨居萬福寺之東。房外有梨花一株,方春盛開,如瓊樹銀堆,生每月夜,逡巡朗吟其下。詩曰:

南原に梁生という者がいた。早くに父母を失い、まだ妻を迎えておらず、万福寺の東に独りで住んでいた。部屋の外に梨の木が一株あって、春の盛りに花が咲きそろうと、玉の木に銀を積んだようであった。梁生は月の明るい夜ごとにその下を行きつ戻りつしながら、声高く吟じた。その詩にいう、

一樹梨花伴寂廖,可憐辜負月明宵。靑年獨臥孤窓畔,何處玉人吹鳳簫。

一株の梨の花が寂しさに連れ添うのに 惜しいことだ、この月明かりの夜を空しくしている。 若い身で独り寂しい窓辺に横たわるのに どこで玉のような人が鳳凰の笛を吹いているのか。

翡翠孤飛不作雙,鴛鴦失侶浴晴江。誰家有約敲碁子,夜卜燈花愁倚窓。

翡翠は独り飛んで番いにならず 鴛鴦は連れを失って晴れた川に浴している。 どこの家に約束があって碁石を打ち鳴らすのか 夜に灯心の花で占いながら、憂いを抱いて窓に寄りかかる。

吟罷,忽空中有聲曰:「君欲得好逑,何憂不遂。」生心憙之,明日卽三月二十四日也。州俗燃燈於萬福寺祈福,士女騈集,各呈其志。日晩梵罷人稀,生袖摴蒲,擲於佛前曰:「吾今日,與佛欲鬪蒲戱,若我負,則設法筵以賽,若不負,則得美女,以遂我願耳。」祝訖,遂擲之,生果勝,卽跪於佛前曰:「業已定矣,不可誑也。」遂隱於几下,以候其約。

吟じ終えると、ふいに空中から声があっていった。「おまえがよい連れを得たいと願うのに、どうして遂げられないと心配するのか。」

梁生は心に喜んだ。翌日は三月二十四日であった。その土地の習わしで万福寺に灯をともして福を祈るので、男女が並び集まり、それぞれ自分の願いを申し上げた。日が暮れて読経が終わり人が少なくなると、梁生は袖から摴蒲を取り出し、仏の前に投げていった。

「私は今日、仏さまと摴蒲の勝負を争おうと思います。もし私が負けたら法筵を設けてお返しし、もし負けなければ美しい女を得て私の願いを遂げさせてください。」

祈り終えて投げると、梁生は思ったとおり勝った。すぐに仏の前にひざまずいていった。「ことはもう定まりました。偽られはしません。」そうして几の下に隠れて、その約束を待った。

俄而有一美姬,年可十五六,丫鬟淡飾,儀容婥妁,如仙姝天妃,望之儼然,手携油甁,添燈揷香,三拜而跪,噫而歎曰:「人生薄命,乃如此邪?」遂出懷中狀詞,獻於卓前。其詞曰:「某州某地居住,何氏某,竊以曩者,邊方失禦倭寇來侵,干戈滿目,烽燧連年,焚蕩室廬,盧掠生民,東西奔竄,左右逋逃,親戚僮僕,各相亂離,妾以蒲柳弱質,不能遠逝,自入深閨,終守幽貞,不爲行露之沾,以避橫逆之禍,父母以女子守節不爽,避地僻處,僑居草野,已三年矣。然而秋月春花,傷心虛度,野雲流水,無聊送日,幽居在空谷,歎平生之薄命,獨宿度良宵,傷彩鸞之獨舞,日居月諸,魂銷魄喪,夏日冬宵,膽裂腸摧,惟願覺皇,曲垂憐愍,生涯前定,業不可避,賦命有緣,早得歡娛,無任懇禱之至。」

やがて一人の美しい女が現れた。年は十五、六ほど、髪を二つに結って薄く装っていたが、姿かたちがしとやかに美しく、仙女か天の妃のようで、見るからに端然としていた。手に油の瓶を持って灯に油を足し、香を立て、三度拝んでひざまずき、嘆息していった。

「人の世の命の薄いことは、これほどのものなのか。」

そうして懐から書きつけを取り出し、卓の前に捧げた。その文にいう、

「某州某地に住む何氏某がつつしんで申し上げます。先ごろ辺境が守りを失って倭寇が攻め入り、楯と矛が目に満ち、烽火が年を継ぎました。家を焼き民を奪ったので、東へ西へ逃げ隠れ、左へ右へ走り、親族も召使もそれぞれ散り別れました。

私は蒲柳のような弱い身で遠くへは行けず、自ら奥の閨にこもって、ついに静かな貞節を守りました。道の露に濡れずして思わぬ災いを避け、父母は娘が節を守って過ちがなかったといって、片隅の地に避け、草深い里に仮住まいしてすでに三年になります。

けれども秋の月や春の花に心を痛めながら空しく過ごし、野の雲や流れる水にあてどなく日を送っています。空谷に静かに住んで一生の命の薄さを嘆き、独りよい夜を明かして、彩りの鸞が独り舞うのを悲しんでいます。日が行き月が行くうちに魂は消え魄は失せ、夏の昼も冬の夜も肝が裂け腸がちぎれます。

ただ願います、覚りを得た御仏が身をかがめて憐れんでくださいますように。生きる道は前から定まっていて業は避けられませんが、授かった命に縁があるのなら、早く喜びを得させてください。切に祈る心に堪えられません。」

女旣投狀,嗚咽數聲。生於隙中,見其姿容,不能定情,突出而言曰:「向者投狀,爲何事也?」見女狀辭,喜溢於面,謂女子曰:「子何如人也,獨來于此?」女曰:「妾亦人也,夫何疑訝之有,君但得佳匹,不必問名姓,若是其顚倒也。」時寺已頹落,居僧住於一隅,殿前只有廊廡,蕭然獨存,廊盡處,有板房甚窄。生挑女而入,女不之難,相與講歡,一如人間。

女は書きつけを捧げてから、むせぶように幾声か泣いた。梁生は隙間からその姿を見て心を抑えきれず、ふいに出ていっていった。「さきほど捧げた書きつけは、何のためのものですか。」

女の書きつけを見ると喜びが顔にあふれ、女にいった。「あなたはどういう人で、独りでここへ来たのですか。」

女はいった。「私も人です。何をそんなに怪しまれるのですか。あなたはただよい連れを得ればよいのであって、わざわざ名や姓を問うまでもありません。どうしてそんなにあわてておられるのか(顛倒)。」

そのとき寺はすでに崩れ落ちて、住む僧は片隅に暮らしていた。堂の前にはただ廊だけが寂しく残り、廊の尽きたところに板で造った部屋があって、ひどく狭かった。梁生が女を導いて入ると、女はいやがらなかった。互いに歓びを交わすさまは、世の人と同じであった。

將及夜半,月上東山,影入窓柯,忽有跫音,女曰:「誰耶?將非侍兒來耶?」兒曰:「唯。向日娘子,行不過中門,履不容數步,昨暮偶然而出,一何至於此極也?」女曰:「今日之事,蓋非偶然,天之所助,佛之所佑,逢一粲者,以爲偕老也。不告而娶,雖明敎之法典,式燕以遨,亦平生之奇遇也。可於茅舍,取裀席酒果來。」

夜が更けようとするころ、月が東の山に上がって影が窓の枝に差した。ふいに足音がしたので、女はいった。「誰か。侍女が来たのではないか。」

侍女はいった。「はい。これまでお嬢さまは中門より先へ足を運ばれず、履も数歩を動かされなかったのに、昨日の夕べにふと出られて、どうしてこれほどまでになられたのですか。」

女はいった。「今日のことは偶然ではない。天が助け仏が護ってくださって、一人の美しい人に出会い、ともに老いることにしたのだ。告げずに嫁ぐのは、たしかに明らかな教えの法ではないが、宴を設けて遊ぶのもまた一生の珍しい出会いだ。草庵へ行って、敷物と酒と果物を持ってきなさい。」

侍兒一如其命而往,設筵於庭,時將四更也。鋪陳几案,素淡無文,而醪醴馨香,定非人間滋味。生雖疑怪,談笑淸婉,儀貌舒遲意必貴家處子,踰墻而出,亦不之疑也。觴進,命侍兒,歌以侑之,謂生曰:「兒定仍舊曲,請自製一章以侑,如何?」生欣然應之曰:「諾。」乃製滿江紅一闋,命侍兒歌之曰:

侍女はいいつけどおりに行って、庭に席を設けた。ときはまさに四更であった。几と台を敷き並べたが、素朴で飾りがなく、酒は香りがよくて、とても人の世の味ではなかった。

梁生は怪しく思ったが、話しぶりも笑いも清らかで美しく、身のこなしがゆったりしていたので、きっと貴い家の娘が垣を越えて出てきたのだろうと思い、やはり疑わなかった。

杯が進むと、侍女に命じて歌で興を添えさせ、梁生にいった。「この子は古い曲しか知りません。どうかご自分で一章を作って興を添えてくださいませんか。」

梁生は快く応じていった。「よろしいでしょう。」そうして「満江紅」一曲を作り、侍女に歌わせた。

惻惻春寒羅衫薄,幾回腸斷金鴨冷。晩山凝黛,暮雲張繖。錦帳鴛衾無與伴,寶▩半倒吹龍管。可惜許光陰易跳丸,中情懣。燈無焰銀屛短,徒收淚誰從款。喜今宵,鄒律一吹回暖。破我佳城千古恨,細歌金縷傾銀椀。悔昔時抱恨,蹙眉兒眠孤館。

うらさびしい春の寒さに薄絹の衫は薄く 幾度はらわたが断たれたか、金の鴨の香炉は冷えている。 夕暮れの山は眉墨を凝らし 暮れの雲は日傘を広げる。 錦の帳、鴛鴦の衾に連れ添う人はなく 宝の□は半ば傾いて龍の笛を吹く。 惜しいことだ、歳月が跳ねる弾のように過ぎてゆくのが 胸の内はふさがる。 灯には炎がなく銀の屛風は短いのに むなしく涙を収めて、誰に従って情を交わそう。 嬉しや今宵、鄒衍の笛の一吹きが暖かさを呼び戻した。 墓にこもる千古の恨みを破って 細い声で「金縷衣」を歌い、銀の椀を傾ける。 悔やまれる、昔の日に恨みを抱き 眉をひそめて独りの宿で眠ったことが。

〔「宝の」の次の一字が底本に欠けている。〕

歌竟,女愀然曰:「曩者蓬島,失當時之約,今日瀟湘,有故人之逢,得非天幸耶。郞若不我遐棄,終奉巾櫛,如失我願,永隔雲泥。」生聞此言,一感一驚曰:「敢不從命?」然其態度不凡,生熟視所爲,時月掛西峯,鷄鳴荒村,寺鐘初擊,曙色將暝。女曰:「兒可撤席而歸,隨應隨滅不知所之。」女曰:「因緣已定,可同携手。」生執女手,經過閭閻,犬吠於籬,人行於路,而行人不知與女同歸,但曰:「生早歸何處?」生答曰:「適醉臥萬福寺,投故友之村墟也」

歌が終わると、女は悲しげな顔でいった。「かつて蓬萊の島であのときの約束を失いましたが、今日この瀟湘で昔の人に出会ったのは、天の幸いではありませんか。あなたがもし私を遠く捨てられないなら、終わりまで手ぬぐいと櫛をお持ちしてお仕えします。もし私の願いが外れるなら、永く雲と泥とに隔てられましょう。」

梁生はこの言葉を聞いて、感じ入りもし驚きもしていった。「どうしてお言葉に従わないことがありましょう。」

けれどもその身のこなしが並でないので、梁生はするところをよく見ていた。そのとき月は西の峰にかかり、鶏が荒れた村で鳴き、寺の鐘が初めて打たれて、夜明けの色がほのかに暗んでいこうとしていた。

女はいった。「子よ、席を片づけて帰りなさい。」侍女は答えるなり消えて、どこへ行ったか分からなかった。

女はいった。「縁はもう定まりました。手を取ってごいっしょに参りましょう。」

梁生が女の手を取って村を通ると、犬が垣で吠え、人が道を歩いていたが、道を行く人々は梁生が女といっしょに行くのを知らず、ただこういった。「若い方、この朝どこへ行かれるのか。」

梁生は答えた。「ちょうど万福寺で酔って寝ていて、昔の友の村に寄るところです。」

至詰朝,女引至草莽間,零露瀼瀼,無逕路可遵。生曰:「何居處之若此也?」女曰:「孀婦之居,固如此耳。」女又謔曰:「於邑行路,豈不夙夜,謂行多露。」生乃謔之曰:「有狐綏綏,在彼淇梁。魯道有蕩,齊子翺翔。」吟而笑傲。遂同去開寧洞,蓬蒿蔽野,荊棘參天,有一屋,小而極麗,邀生俱入,裀褥帳幃極整,如昨夜所陳。留三日,歡若平生然,其侍兒,美而不黠,器皿潔而不文,意非人世,而繾綣意篤,不復思廬,已而女謂生曰:「此地三日不下三年君當還家以顧生業也。遂設離宴以別。」生悵然曰:「何遽別之速也?」女曰:「當再會,以盡平生之願爾,今日到此弊居,必有夙緣,宜見鄰里族親,如何?」生曰:「諾。」卽命侍兒,報四鄰以會。

翌朝、女が導いて草むらのあいだに至ると、露がしとしとと重く、たどれる道もなかった。

梁生はいった。「お住まいはどうしてこのようなのですか。」

女はいった。「独りになった女の住まいは、もとよりこのようなものです。」

女はまたたわむれていった。「里の道を行くのに、どうして早朝か夜に行かないのか、道に露が多いというでしょう。」

梁生もたわむれていった。「狐がのそのそと、あの淇水の橋にいる。魯の道は平らかで、斉の女はひらひらと行く。」

吟じて、笑いながらたわむれた。

そうしてともに開寧洞へ行くと、蓬が野を覆い茨が空に届くほどであったが、家が一軒あって、小さいけれどもたいそう美しかった。梁生を迎えてともに入ると、敷物と褥と帳がきわめて整っていて、昨夜に並べてあったものと同じであった。

三日のあいだ留まるうちに、歓びは一生のようであった。その侍女は美しくてしかも小賢しくなく、器は清らかでしかも飾りがなく、どうも人の世ではないようであったが、からみ合う情が篤く、もう家のことは思わなかった。

やがて女が梁生にいった。「この地の三日は、人の世の三年に劣りません。あなたはお家に帰って暮らしを顧みてください。」そうして別れの宴を設けて暇を告げた。

梁生は物足りなくていった。「どうして別れがこんなに急なのですか。」

女はいった。「きっとまた会って、一生の願いを尽くしましょう。今日この粗末な家にお越しになったのも、きっと前からの縁があってのことです。隣の人々や親族にお会いになってはいかがですか。」

梁生はいった。「よろしいでしょう。」そこで侍女に命じて、四方の隣に知らせて集まらせた。

其一曰鄭氏。其二曰吳氏。其三曰金氏。其四曰柳氏。皆貴家巨族,而與女子,同閭閈親戚,而處子者也。性俱溫和,風韻不常,而又聰明識字,能爲詩賦,皆作七言短篇四首以贐,鄭氏態度風流,雲鬟掩鬢,乃噫而吟曰:

その一人は鄭氏、二人めは呉氏、三人めは金氏、四人めは柳氏であった。みな貴い家の大きな一族で、女と同じ里に住む親族であり、娘たちであった。性質はみな穏やかで、風韻が並でなく、そのうえ聡く字を知り、詩や賦を作ることができた。みな七言の短篇四首を作って別れに贈った。

鄭氏は身のこなしが風流で、雲のような髻が鬢を覆っていたが、嘆息して吟じた。

春宵花月兩嬋娟,長把春愁不記年。自恨不能如比翼,雙雙相戱舞靑天。

春の夜の花と月はどちらも美しいのに 長い春の憂いを抱えて年を数えなかった。 自ら恨むのは比翼の鳥のようになれず 二羽ならんで戯れ、青空に舞えないことだ。

漆燈無焰夜如何,星斗初橫月半斜。惆悵幽宮人不到,翠衫撩亂鬢鬖*사。

漆の灯に炎がないこの夜をどうしよう 星はようやく横に流れ、月も半ば傾いた。 やるせない、奥の宮に人が来ないので 緑の衫は乱れ、鬢はほつれている。

摽梅情約竟蹉跎,辜負春風事已過。枕上淚痕幾圓點,滿庭山雨打梨花。

梅の実を投げた情の約束はついに食い違い 春風を裏切ったことはもう過ぎてしまった。 枕の上の涙の跡はいくつの丸い点か 庭に満ちる山の雨が梨の花を打つ。

一春心事已無聊,寂寞空山幾度宵。不見藍橋經過客,何年裴航遇雲翹。

ひと春の心の事はもうあてどなく 寂しい空山でいくつの夜を過ごしたか。 藍橋を過ぎる旅人を見かけないのに いつの年に裴航が雲翹に出会えよう。

吳氏,丫鬟妖弱,不勝情態,繼吟曰:

呉氏は結った髪が艶やかで弱々しく、情と姿を抑えきれないようすで、続けて吟じた。

寺裏燒香歸去來,金錢暗擲竟誰媒。春花秋月無窮恨,銷却樽前酒一盃。

寺のなかで香を焚いて帰ってきたけれど 金の銭をそっと投げても、ついに誰が仲立ちしよう。 春の花、秋の月に尽きない恨みを 樽の前の一杯の酒で消してしまう。

漙漙曉露浥桃腮,幽谷春深蝶不來。却喜隣家銅鏡合,更歌新曲酌金疊。

しとしとと明け方の露が桃の頰を濡らすのに 奥深い谷は春が深くても蝶が来ない。 かえって嬉しいのは、隣の家の銅の鏡が合って また新しい曲を歌い、金の杯に酒を注ぐことだ。

年年燕子舞東風,腸斷春心事已空。羨却芙蕖猶竝蔕,夜深同浴一池中。

年ごとに燕は東風に舞うのに はらわたは断たれ、春の心の事はもう空しい。 羨ましいのは、蓮の花がなお蔕を並べて 夜更けまで一つの池のなかでともに浴していることだ。

一層樓在碧山中,連理枝頭花正紅。却恨人生不如樹,靑年薄命淚凝瞳。

ひと重ねの楼が青い山のなかにあって 連理の枝の先に花がいま赤い。 かえって恨むのは、人の生が木に及ばず 若い身で命が薄く、涙が瞳に凝ることだ。

金氏,整其容儀,儼然染翰,責其前詩,淫佚太甚,而言曰:「今日之事,不必多言,但叙光景,胡乃陳懷,以失其節,傳鄙懷於人間。」遂郞然賦曰:

金氏は身なりを整え、端然と筆を潤して、前の詩が淫らに過ぎるととがめていった。

「今日のことは、ことばを多くするまでもありません。ただこの席の景色を述べればよいのに、どうして胸の内をならべて節度を失い、卑しい思いを人の世に伝えようとなさるのですか。」

そうして声高く吟じた。

杜鵑鳴了五更風,寥落星河已轉東。莫把玉簫重再弄,風情恐與俗人通。

杜鵑が鳴き終わると五更の風で 寂しい天の川はもう東へ回った。 玉の笛を取って重ねてまた吹くな 風のような情が俗な人に通じるのが怖い。

滿酌烏程金叵羅,會須取醉莫辭多。明朝捲地東風惡,一段春光奈夢何。

烏程の酒を金の叵羅の杯に満たしたのだから ぜひ酔うべきで、多いと辞退するな。 明日の朝、地を巻いて来る東風が荒ければ ひと筋の春の光を、夢のなかでもどうしよう。

綠紗衣袂懶來垂,絃管聲中酒百巵。淸興未闌歸未可,更將新語製新詞。

緑の紗の衣の袖をものうげに垂らし 弦と笛の音のなかで酒は百杯。 清らかな興が尽きないから帰るわけにいかず また新しい言葉を取って新しい詞を作ろう。

幾年塵土惹雲鬟,今日逢人一解顔。莫把高唐神境事,風流話柄落人間。

幾年の塵が雲のような髻にまとわりついたか 今日人に会って一度顔をほどいた。 高唐の神の境の事を取って 風流の語り草として人の世に落とすな。

柳氏,淡粧素服,不甚華麗,而法度有常,沈默不言,微笑而題曰:

柳氏は薄く装い白い服を着て、さほど華やかではなかったが、法度に変わらぬものがあった。黙って言葉がなかったが、かすかに笑って書いた。

確守幽貞經幾年,香魂玉骨掩重泉。春宵每與姮娥伴,叢桂花邊愛獨眠。

静かな貞節を固く守って幾年か 香る魂と玉の骨が深い泉に埋もれた。 春の夜ごとに姮娥と連れ添って 群がる桂の花のそばで独り寝るのを愛した。

却笑春風桃李花,飄飄萬點落人家。平生莫把靑蠅點,誤作崑山玉上瑕。

おかしいことだ、春風の桃や李の花が ひらひらと万の点になって人の家に落ちるのが。 一生のあいだ、青蠅の点を取って 崑崙山の玉の上の瑕と見まちがえるな。

脂粉慵拈首似蓬,塵埋香匣綠生銅。今朝幸預鄰家宴,羞看冠花別樣紅。

紅や粉を取るのも億劫で髪は蓬のよう 塵が香の匣を埋め、銅に青い錆が出た。 今朝さいわい隣の家の宴に加わって 髪に挿した花が人とちがって赤いのを恥ずかしく見る。

娘娘今配白面郞,天定因緣契闊香。月老已傳琴瑟線,從今相待似鴻光。

お嬢さまが今、色白の若い士と連れ添うので 天が定めた縁として、離れてまた会うこと(契闊)が香る。 月の老人がもう琴と瑟の糸を伝えたのだから これからは互いに梁鴻と孟光のように向き合いなさい。

女乃感柳氏終篇之語,出席而告曰:「余亦粗知字畵,獨無語乎。」

女は柳氏の終わりの句の言葉に心を動かされ、席を立って申し上げた。「私もまた字や絵を大まかには知っていますのに、どうして独りで黙っていましょう。」

乃製近體七言四韻,以賦曰:

そうして近体の七言四韻を作って吟じた。

開寧洞裏抱春愁,花落花開感百憂。楚峽雲中君不見,湘江竹下泣盈眸。

開寧洞のなかで春の憂いを抱き 花が散り花が咲くにつけ、百の憂いに心を動かされた。 楚の峡の雲のなかにあなたを見ず 湘江の竹の下で涙が目に満ちた。

晴江日暖鴛鴦竝,碧落雲銷翡翠遊。好是同心雙綰結,莫將紈扇怨淸秋。

晴れた川に日が暖かく鴛鴦が並び 青い空に雲が消えて翡翠が遊ぶ。 よいことだ、心を一つにして二人して結ぶのが 絹の扇で清らかな秋を怨むな。

生亦能文者。見其詩法淸高,音韻鏗鏘,唶唶不已。卽於席前,走書古風長短篇一章,以答曰:

梁生もまた文のできる人であった。その詩法が清らかで高く、音と韻が冴え響くのを見て、感嘆してやまなかった。そこで席の前で古風の長短篇一章を走り書きして答えた。

今夕何夕,見此仙姝。花顔何婥妁,絳脣似櫻珠。風騷尤巧妙,易安當含糊。織女投機下天津,嫦娥抛杵離淸都。靚粧照此玳瑁筵,羽觴交飛淸讌娛。殢雨尤雲雖未慣,淺斟低唱相怡愉。自喜誤入蓬萊島,對此仙府風流徒。瑤漿瓊液溢芳樽,瑞腦霧噴金猊爐。白玉牀前香屑飛,微風撼波靑紗廚。眞人會我合巹巵,綵雲冉冉相縈紆。君不見文簫遇彩鸞,張碩逢杜蘭。人生相合定有緣,會須擧白相闌珊。娘子何爲出輕言,道我掩棄秋風紈。世世生生爲配耦,花前月下相盤桓。

今宵はどんな宵か この仙の女に出会った。 花のような顔はなんと美しく 赤い唇は桜の珠のようだ。 詩を作る腕はいよいよ巧みで 易安もきっと口を濁すだろう。 織女は機を投げて天の津を下り 嫦娥は杵を抛って清らかな都を離れた。 美しく装ってこの玳瑁の宴を照らし 羽の杯が行き交って清らかな宴が楽しい。 雨に濡れ雲にからむことには慣れないが 浅く注ぎ低く歌って互いに喜ぶ。 自ら嬉しいのは、まちがって蓬萊の島に入り この仙の里の風流な人々に向き合ったことだ。 美しい酒と玉のような液が香る樽にあふれ 瑞脳の香が金の獅子の炉から霧のように噴く。 白玉の床の前に香の粉が飛び かすかな風が青い紗の帳を波のように揺らす。 仙人が私に会って合巹の杯を交わすと 彩りの雲がゆらゆらと互いにまといめぐる。 あなたは見なかったか、文簫が彩鸞に出会い 張碩が杜蘭に出会ったことを。 人が生きて互いに結ばれるには定まった縁があるのだから ぜひ杯を挙げて興の尽きるまでいよう。 お嬢さまはどうして軽い言葉を出して 私が秋風に扇を捨てるようにいうのか。 世々生々に連れ合いとなって 花の前、月の下で互いに遊ぼう。

酒盡相別,女出銀椀一具,以贈生曰:「明日,父母飯我于寶蓮寺。若不遺我,請遲于路上,同歸梵宇,同覲我父母,如何?」生曰:「諾。」

酒が尽きて互いに別れようとするとき、女は銀の椀一つを取り出して梁生に贈っていった。「明日、父母が私のために宝蓮寺で飯を供えます。もし私を見捨てられないなら、道の上でお待ちになって、いっしょに寺へ行き、私の父母にともにお会いになるのはいかがですか。」

梁生はいった。「よろしいでしょう。」

生如其言,執椀待于路上,果見巨室右族,薦女子之大祥車馬騈闐上于寶蓮,見路傍,有一書生,執椀而立,從者曰:「娘子殉葬之物,已爲他人所偸矣。」主曰:「如何?」從者曰:「此生所執之椀。」遂聚馬以問,生如其前約以對,父母感訝良久曰:「吾止有一女子,當寇賊傷亂之時,死於干戈,不能窀窆,殯于開寧寺之間,因循不葬,以至于今。今日大祥已至,暫設齌筵,以追冥路。君如其約,請竢女子以來,願勿愕也。」言訖先歸。

梁生がそのことばどおりに椀を持って道の上で待っていると、思ったとおり、大きな家の名だたる一族が娘の大祥を営みに、車と馬を連ねて宝蓮寺へ上っていくのが見えた。

道のそばに一人の書生が椀を持って立っているのを見て、従者がいった。「お嬢さまといっしょに埋めた物を、もう人に盗まれています。」

主人はいった。「なんのことだ。」

従者はいった。「あの書生が持っている椀です。」

そこで馬を止めて問うと、梁生は先の約束のとおりに答えた。父母は心を打たれ驚いて、しばらくしていった。

「私には娘が一人いたが、賊が攻め入って乱れたときに楯と矛に死んで、きちんと葬ることができず、開寧寺のあいだに仮に置いたまま、延び延びになって葬らずに今日に至った。今日その大祥が来たので、しばらく斎の席を設けて冥途の福を祈ろうとしている。あなたがその約束どおりにするつもりなら、どうか娘が来るのを待ち、驚かないでいてほしい。」

そういい終えて先に帰った。

生佇立以待。及期,果一女子,從侍婢,腰裊而來,卽其女也。相喜携手而歸,女入門禮佛,投于素帳之內,親戚寺僧,皆不之信,唯生獨見,女謂生曰:「可同茶飯。」生以其言,告于父母。父母試驗之,遂命同飯,唯聞匙筋聲,一如人間。父母於是驚歎,遂勸生,同宿帳側,中夜言語琅琅,人欲細聽,驟止其言曰:「妾之犯律,自知甚明。少讀詩書,粗知禮義,非不諳褰裳之可愧,相鼠之可赧,然而久處蓬蒿,抛棄原野,風情一發,終不能戒。曩者,梵宮祈福,佛殿燒香,自嘆一生之薄命,忽遇三世之因緣。擬欲荊▩椎▩,奉高節於百年,羃酒縫裳,修婦道於一生。自恨業不可避,冥道當然,歡娛未極,哀別遽至。今則步蓮入屛,阿香輾車,雲雨霽於陽臺,烏鵲散於天津,從此一別,後會難期。臨別凄惶,不知所云。」送魂之時,哭聲不絶,至于門外,但隱隱有聲曰:

梁生はぼんやり立って待った。時が来ると、思ったとおり一人の女が侍女を連れ、腰をしなやかに揺らしてやって来た。まさにその女であった。互いに喜んで手を取り合って帰った。

女は門に入って仏に礼をし、白い帳のなかに入った。親族も寺の僧もみな信じず、ただ梁生だけが見ていた。

女は梁生にいった。「いっしょに茶と飯を召しあがってください。」

梁生はそのことばを父母に申し上げた。父母は試してみようと、そこでいっしょに食べさせたところ、ただ匙と箸の音だけが聞こえるのが世の人と同じであった。父母はこれに驚き嘆いて、そこで梁生に勧めて帳のそばでいっしょに寝させた。

夜中に話し声が朗らかに聞こえたが、人が細かく聞こうとするとふとその話をやめた。女はいった。

「私が法を犯したことは、自分でもよく分かっています。幼いころ詩や書を読んで礼と義を大まかには知っていますから、裳を掲げるのが恥ずかしいこと、鼠を歌った詩が顔を赤らめることだと知らないわけではありません。けれども長く蓬の原にとどまり野に捨てられていたので、風のような情がひとたび起こると、ついに慎むことができませんでした。

かつて寺で福を祈り仏殿で香を焚き、一生の薄い命を自ら嘆いていたところ、ふいに三世の縁に出会いました。荊の簪に椎の髻で百年の高い節を奉り、酒を漉し衣を縫って一生のあいだ妻の道を修めようと思いました。〔「荊」と「椎」の次の一字ずつが底本に欠けている。〕

自ら恨むのは、業は避けられず冥途の道はそういうものなので、歓びが尽きる前に悲しい別れがふいに来たことです。いまは蓮を踏んで屛風に入り、阿香が車を転がすので、雲と雨は陽台で晴れ、烏と鵲は天の津で散ります。これから一度別れれば、後の出会いを期しがたいのです。別れに臨んで心が冷え惑い、何といってよいか分かりません。」

魂を送るとき、泣く声が絶えなかった。門の外に至ると、ただほのかに声があってこういった、

冥數有限,慘然將別。願我良人,無或踈闊。哀哀父母,不我匹兮。漠漠九原,心糾結兮。

冥途の数に限りがあって 痛ましくも別れようとします。 願います、私のよき人よ どうか遠ざけないでください。 悲しく悲しいことです、父母よ 私に連れ合いを与えてくださらなかった。 はるかな九原で 心はもつれ結ばれます。

餘聲漸滅,嗚哽不分,父母已知其實,不復疑問。生亦知其爲鬼,尤增傷感,與父母聚頭而泣,父母謂生曰:「銀椀任君所用。但女子,有田數頃,蒼赤數人,君當以此爲信,勿忘吾女子。」

残る声はしだいに消え、むせんで聞き分けられなくなった。父母はもうその実のことを知って、もはや疑って問わなかった。梁生もまたそれが鬼であることを知り、悲しみがいっそう増して、父母と頭を寄せ合って泣いた。

父母は梁生にいった。「銀の椀はあなたの使うままにお任せしよう。ただ娘には田が数頃、召使が数人ある。あなたはこれを証しとして、私の娘を忘れないでほしい。」

翌日,設牲牢朋酒,以尋前迹,果一殯葬處也。生設奠哀慟,焚楮鏹于前,遂葬焉。作文以弔之曰:

翌日、犠牲と酒を備えて先の跡を尋ねると、たしかに仮に埋めてあった所であった。梁生は供え物を並べて哀しみ嘆き、前で紙の銭を焼いて、そうして葬った。文を作って弔った。

「惟靈,生而溫麗,長而淸渟。儀容侔於西施,詩賦高於淑眞,不出香閨之內,常聽鯉庭之箴。逢亂離而璧完,遇寇賊而珠沈。托蓬蒿而獨處,對花月而傷心。腸斷春風,哀杜鵑之啼血,膽裂秋霜,歎紈扇之無緣。嚮者,一夜邂逅,心緖纏綿。雖識幽明之相隔,實盡魚水之同歡。將謂百年以偕老,豈期一夕而悲酸。月窟驂鸞之姝,巫山行雨之娘,地黯黯而莫歸,天漠漠而難望。入不言兮恍惚,出不逝兮蒼茫。對靈幃而掩泣,酌瓊漿而增傷。感音容之窈窈,想言語之琅琅。嗚虖哀哉。爾性聰慧,爾氣精詳。三魂縱散,一靈何亡。應降臨而陟庭,或薰蒿而在傍。雖死生之有異,庶有感於些章。」

「思えば御霊よ。生まれつき穏やかで美しく、育っては清らかに澄んでいました。身のこなしは西施に並び、詩と賦は朱淑真よりも高かったのに、香る閨の外に出ず、いつも父の教えを聞いていました。

乱れを迎えても玉は全きままでしたが、賊に遭って珠が沈みました。蓬に寄って独り過ごし、花と月に向き合って心を痛めました。春風にはらわたを断たれて、杜鵑が血を吐いて鳴くのを悲しみ、秋の霜に肝を裂かれて、絹の扇に縁のないことを嘆きました。

かつて一夜にたまたま出会い、心の糸がからみ合いました。幽と明が隔たっていると知りながらも、まことに魚と水の歓びを尽くしました。百年をともに老いようと思っていたのに、どうして一夕で悲しみが来ると知りえたでしょう。

月の窟で鸞に乗っていた人よ、巫山で雨を行わせていた娘よ。地は暗く暗くて帰ることができず、天ははるかにはるかで望みがたい。入っても言葉がなくて恍惚とし、出ても行ってしまわなくて茫々としています。

御霊の帳に向かって顔を覆って泣き、美しい酒を注いで悲しみを増します。声と姿が遠くかすむことに心を動かされ、話し声が朗らかであったことを思います。

ああ悲しい。あなたの性は聡く賢く、あなたの気は精しく細やかでした。三つの魂はたとえ散ったとしても、一つの霊がどうして亡びましょう。きっと降りてきて庭に上がり、あるいは香に薫じてかたわらにおられるでしょう。死と生は異なるとはいえ、どうかこの文に感じてくださいますように。」

後極其情哀,盡賣田舍,連薦再三夕,女於空中,唱曰:「蒙君薦拔,已於他國,爲男子矣。雖隔幽明,寔深感佩。君當復修淨業,同脫輪回。」

のちにその情と哀しみを尽くし、田と家をすべて売って、続けて二つ三つの夕べに斎を営んだ。女は空中で歌ってこういった、

「あなたの供養の力を受けて、もう他の国で男に生まれました。幽と明は隔たっていても、まことに深く心に刻んで感じ入っています。あなたはぜひまた清らかな業を修めて、ともに輪廻を脱してください。」

生後不復婚嫁,入智異山採藥,不知所終。

梁生はのちに再び妻を迎えず、智異山に入って薬草を採ったが、どこで終わったかは分からない。