いにしえの文 › 論衡(虚と実を秤にかける書)

變虛篇

論衡(虚と実を秤にかける書) 論衡 · 王充 · 80年頃 · 段落 10 · 漢字 2,599字 · 朗読 10.4分

論衡(虚と実を秤にかける書) 後漢の人・王充が自ら明かしたこの書の意は四字である — 「疾虚妄」、虚しく妄りなものを憎む。天が人の事に応えて災いを下すとか、死ねば鬼神になって仇を返すとか、日を選ばなければ障りがあるとかいう、その時代の言い分を一つ一つ捕らえて論じる。 論じる肌合いが人とは違う。年長者の言葉だからといってそのままにしない — 孔子に問い(問孔)、孟子を刺し(刺孟)、韓非を否とする(非韓)。天が咎めて災いを下すという言い分には、それならば天はなぜ君主一人のために国中に旱を下すのかと問い返す。 「虚」の字が付いた九篇(書虚・変虚・異虚・感虚・福虚・禍虚・龍虚・雷虚・道虚)が一列に並び、古い書に記された不思議な話を順に捕らえる。「増」の字が付いた三篇(語増・儒増・芸増)は、言葉がどのように膨らんでいくのかを扱う。 吉験篇には、夫余の東明が弓をよく射たので王が殺そうとし、南へ逃れて掩淲水に至ったという話がある。今に残る東明の記録のうち最も早い形である。

傳書曰:宋景公之時,熒惑守心,公懼,召子韋而問之曰:「熒惑在心,何也?」子韋曰:「熒惑,天罰也,心,宋分野也,禍當君。雖然,可移於宰相。」公曰:「宰相所使治國家也,而移死焉,不祥。」子韋曰:「可移於民。」公曰:「民死,寡人將誰為也?宁獨死耳。」子韋曰:「可移於歲。」公曰:「民飢,必死。為人君而欲殺其民以自活也,其誰以我為君者乎?是寡人命固盡也,子毋復言。」子韋退走,北面再拜曰:「臣敢賀君。天之處高而耳卑,君有君人之言三,天必三賞君。今夕星必徙三舍,君延命二十一年。」公曰:「奚知之?」

伝わる書に言う。宋の景公の時、熒惑が心に守った。公は懼れて子韋を召して問うた。「熒惑が心にあるのは、どういうことか。」子韋は言った。「熒惑は天の罰です。心は宋の分野ですから、禍は君に当たります。とはいえ、宰相に移すことができます。」公は言った。「宰相は国家を治めさせる者である。そこに死を移すのは祥くない。」子韋は言った。「民に移すことができます。」公は言った。「民が死ねば、寡人は誰のために君たるのか。むしろ独り死ぬだけだ。」子韋は言った。「歳に移すことができます。」公は言った。「民が飢えれば必ず死ぬ。人の君となって、その民を殺して自ら活きようとするなら、誰が我を君としようか。これは寡人の命がもともと尽きたのだ。お前はもう言うな。」子韋は退き走って、北面して再拝して言った。「臣は敢えて君に賀します。天は高いところに処って耳は卑いところにあります。君に人の君たる言が三つありましたから、天は必ず三たび君に賞を与えます。今夕、星は必ず三舍徙り、君の命は二十一年延びます。」公は言った。「どうしてそれが分かるのか。」

對曰:「君有三善,故有三賞,星必三徙。(三)徙行七星,星當一年,三七二十一,故君命延二十一歲。臣請伏於殿下以伺之,星必不徙,臣請死耳。」是夕也,火星果徙三舍。如子韋之言,則延年審得二十一歲矣。星徙審則延命,延命明則景公為善,天佑之也。則夫世間人能為景公之行者,則必得景公佑矣。此言虛也。何則?

対えて言った。「君に三つの善がありましたから、三つの賞があり、星は必ず三たび徙ります。一たび徙れば七つの星を行き、星一つが一年に当たりますから、三七二十一で、君の命は二十一歳延びます。臣は殿の下に伏してこれを伺うことを請います。星が必ず徙らなければ、臣は死を請うだけです。」この夕、火星は果たして三舍徙った。子韋の言のとおりなら、延びた年は審らかに二十一歳を得たことになる。星が徙ったのが審らかなら命が延び、命が延びたのが明らかなら、景公が善を為して天がこれを佑けたのである。それなら世間の人で景公の行いを為せる者は、必ず景公の佑けを得るはずである。この言は虚である。なぜか。

皇天遷怒,使熒惑本景公身為有惡而守心,則雖聽子韋言,猶無益也。使其不為景公,則雖不聽子韋之言,亦無損也。

皇天が怒りを遷して、熒惑に、もともと景公の身に悪があるために心を守らせたのなら、子韋の言を聽いても、やはり益はない。もし景公のためでないのなら、子韋の言を聽かなくても、やはり損はない。

齊景公時有彗星,使人禳之。晏子曰:「無益也,只取誣焉。天道不暗,不貳其命,若之何禳之也?且天之有彗,以除穢也。君無穢德,又何禳焉?若德之穢,禳之何益?《詩》曰:「惟此文王,小心翼翼,昭事上帝,聿懷多福;厥德不回,以受方國。」君無回德,方國將至,何患於彗?《詩》曰:我無所監,夏後及商,用亂之故,民卒流亡。若德回亂,民將流亡,祝史之為,我能補也。公說,乃止。齊君欲禳彗星之凶,猶子韋欲移熒惑之禍也。宋君不聽,猶晏子不肯從也。則齊君為子韋,晏子為宋君也。

齊の景公の時に彗星があって、人にこれを禳わせた。晏子は言った。「益はなく、ただ誣りを取るだけです。天の道は暗くなく、その命を貳つにしません。どうしてこれを禳うのですか。その上、天に彗があるのは、穢れを除くためです。君に穢れた徳がないのなら、また何を禳うのですか。徳が穢れているのなら、禳って何の益がありますか。『詩』に言います。『この文王は、小心翼翼として、昭らかに上帝に事え、ここに多くの福を懐いた。その徳が回らなかったので、方国を受けた。』君に回った徳がないのなら、方国が将に至るでしょう。何を彗に患えるのですか。『詩』に言います。『我に監るところがないであろうか。夏后と商は、乱れたゆえに、民がついに流れ亡んだ。』徳が回り乱れれば、民は将に流れ亡ぶでしょう。祝や史の為すことが、何を補えましょうか。」公は説んで、そこで止めた。齊の君が彗星の凶を禳おうとしたのは、子韋が熒惑の禍を移そうとしたのと同じである。宋の君が聽かなかったのは、晏子が従おうとしなかったのと同じである。それなら齊の君が子韋となり、晏子が宋の君となった形である。

同變共禍,一事二人。天猶賢宋君,使熒惑徙三舍,延二十一年,獨不多(一作為。)晏子使彗消而增其壽,何天佑善偏駁之齊一也?人君有善行〔善言〕,善行動於心,善言出於意,同由共本,一氣不異。宋景公出三善言,則其先三善言之前,必有善行也。有善行,必有善政,政善則嘉瑞臻,福祥至;熒惑之星無為守心也。使景公有失誤之行,以致惡政,惡政發,則妖異見,熒〔惑〕之守心,〔猶〕桑谷不生朝。高宗消桑谷之變,以政不以言;景公卻熒惑之異,亦宜以行。景公有惡行,故熒惑守心。不改政修行,坐出三善言,安能動天!天安肯應!何以效之?使景公出三惡言,能使熒惑守心乎?夫三惡言不能使熒惑守心,三善言安能使熒惑退徙三舍?以三善言獲二十一年,如有百善言,得千歲之壽乎?非天佑善之意,應誠為福之實也。

同じ変、同じ禍で、一つの事に二人である。天はそれでも宋の君を賢として、熒惑を三舍徙らせ、二十一年延ばしたのに、ひとり晏子には彗を消させてその寿を増してやらなかった。どうして天が善を佑けることが偏り駁って斉一でないのか。

君に善い行いと善い言があるとき、善い行いは心に動き、善い言は意から出る。同じところに由り本を共にして、一つの気で異ならない。宋の景公が三つの善い言を出したのなら、その三つの善い言より前に、必ず善い行いがあったはずである。善い行いがあれば必ず善い政があり、政が善ければ嘉い瑞が臻り福や祥いが至るのだから、熒惑の星が心を守る理由がない。景公に失い誤った行いがあって悪い政を致し、悪い政が発して妖しい異が見えたのなら、熒惑が心を守ったのは、桑や谷が朝に生えたのと同じである。高宗は桑や谷の変を消すのに政によったのであって言によったのではない。景公が熒惑の異を卻けるのも、まさに行いによるべきであった。景公に悪い行いがあったから熒惑が心を守ったのである。政を改め行いを修めず、坐ったまま三つの善い言を出して、どうして天を動かせようか。天がどうして応じようとするか。

何によってこれを效すか。景公が三つの悪い言を出したら、熒惑を心に守らせることができたであろうか。そもそも三つの悪い言が熒惑を心に守らせられないのなら、三つの善い言がどうして熒惑を三舍退き徙らせられようか。三つの善い言で二十一年を獲たのなら、百の善い言があれば千歳の寿を得るのか。天が善を佑ける意でもなく、誠に応じて福を為す実でもない。

子韋之言:「天處高而聽卑,君有君人之言三,天必三賞君。」夫天體也,與地無異。諸有體者,耳咸附於首。體與耳殊,未之有也。天之去人,高數萬里,使耳附天,聽數萬里之語,弗能聞也。人坐樓台之上,察地之螻蟻,尚不見其體,安能聞其聲。何則?螻蟻之體細,不若人形大,聲音孔氣不能達也。今天之崇高非直樓台,人體比於天,非若螻蟻於人也。謂天聞人言,隨善惡為吉凶,誤矣。四夷入諸夏,因譯而通。同形均氣,語不相曉。雖五帝三王不能去譯獨曉四夷,況天與人異體、音與人殊乎?人不曉天所為,天安能知人所行。使天體乎,耳高不能聞人言;使天氣乎,氣若雲煙,安能聽人辭?說災變之家曰:「人在天地之間,猶魚在水中矣。其能以行動天地,猶魚鼓而振水也,魚動而水蕩氣變。」此非實事也。假使真然,不能至天。魚長一尺,動於水中,振旁側之水,不過數尺,大若不過與人同,所振蕩者不過百步,而一里之外淡然澄靜,離之遠也。今人操行變氣遠近,宜與魚等;氣應而變,宜與水均。以七尺之細形,形中之微氣,不過與一鼎之蒸火同。從下地上變皇天,何其高也!且景公賢者也。賢者操行,上不及聖〔人〕,下不過惡人。世間聖人莫不堯、舜,惡人莫不桀、紂。堯、舜操行多善,無移熒惑之效;桀、紂之政多惡,(有)反〔有〕景公脫禍之驗。景公出三善言,延年二十一歲,是則堯、舜宜獲千歲,桀紂宜為殤子。今則不然,各隨年壽,堯、舜、桀、紂皆近百載。是竟子韋之言妄,延年之語虛也。且子韋之言曰:「熒惑,天使也;心,宋分野也。禍當君。」若是者,天使熒惑加禍於景公也,如何可移於將相、若歲與國民乎?天之有熒惑也,猶王者之有方伯也。諸侯有當死之罪,使方伯圍守其國,國君問罪於臣,臣明罪在君。雖然,可移於臣子與人民。設國君(計)〔許〕其言,令其臣歸罪於國〔人〕,方伯聞之,肯聽其言,釋國君之罪,更移以付國人乎?方伯不聽者,自國君之罪,非國人之辜也。方伯不聽(自國君之罪)〔非國人之辜〕,熒惑安肯移禍於國人!若此,子韋之言妄也。曰景公〔不〕聽乎言、庸何能動天?使諸侯不聽其臣言,引過自予,方伯聞其言,釋其罪委之去乎?方伯不釋諸侯之罪,熒惑安肯徙去三舍!夫聽與不聽,皆無福善,星徙之實,未可信用。天人同道,好惡不殊。人道不然,則知天無驗矣。

子韋の言に「天は高いところに処って卑いところを聽く。君に人の君たる言が三つあったから、天は必ず三たび君に賞を与える」とあった。そもそも天は体であって、地と異なりがない。およそ体のあるものは、耳がみな首に附いている。体と耳が殊にあるものは、いまだなかった。天が人から去る距離は高さ数万里である。耳が天に附いていたとしても、数万里の語を聽くことはできない。人が楼台の上に坐って地の螻や蟻を察しても、なおその体が見えない。どうしてその声を聞けようか。なぜか。螻や蟻の体は細く、人の形のように大きくないので、声や音、孔から出る気が達することができないのである。今、天の崇く高いことは、ただ楼台のようなものではない。人の体を天に比べれば、螻や蟻を人に比べるようなものでもない。天が人の言を聞いて、善悪に随って吉凶を為すと言うのは、誤りである。

四夷が諸夏に入れば、訳に因って通ずる。形が同じく気が均しいのに、語が相い曉らない。五帝や三王でも訳を去って独り四夷を曉ることはできない。まして天は人と体が異なり、音も人と殊なるのである。人は天の為すところを曉らないのに、天がどうして人の行うところを知れようか。天が体なら、耳が高くて人の言を聞けない。天が気なら、気は雲や煙のようであって、どうして人の辞を聽けようか。

災変を説く家は言う。「人が天地の間にあるのは、魚が水の中にあるのと同じである。行いで天地を動かせるのは、魚が鼓いて水を振わせるのと同じで、魚が動けば水が蕩れて気が変わる。」これは実の事ではない。仮に真にそうであっても、天に至ることはできない。魚の長さが一尺で水の中で動けば、傍側の水を振わせるのは数尺を過ぎない。大きさが人と同じ程度であっても、振い蕩らすところは百歩を過ぎず、一里の外は淡然と澄み静まっている。離れることが遠いからである。今、人の操行が気を変える遠近は、まさに魚と等しいはずであり、気が応じて変わることは、まさに水と均しいはずである。七尺の細い形、形の中の微かな気は、一鼎の蒸す火と同じ程度を過ぎない。下の地から上の皇天を変えるというのは、どうしてそれほど高いのか。

その上、景公は賢者である。賢者の操行は、上は聖人に及ばず、下は悪人を過ぎない。世間の聖人は堯や舜に及ぶものがなく、悪人は桀や紂に及ぶものがない。堯や舜の操行は善が多かったが、熒惑を移した効はない。桀や紂の政は悪が多かったが、かえって景公が禍を脱れたような験がある。景公が三つの善い言を出して年を二十一歳延ばしたのなら、堯や舜はまさに千歳を獲、桀や紂はまさに殤の子となるべきである。今はそうでなく、それぞれ年や寿に随って、堯・舜・桀・紂はみな百載に近かった。これは結局、子韋の言が妄りで、年を延ばしたという語が虚だということである。

その上、子韋の言に「熒惑は天の使いである。心は宋の分野である。禍は君に当たる」とあった。こうであるなら、天が熒惑を使わして景公に禍を加えたのである。どうして将や相、あるいは歳や国の民に移せようか。天に熒惑があるのは、王者に方伯があるのと同じである。諸侯に死に当たる罪があって、方伯にその国を囲み守らせたとき、国の君が臣に罪を問い、臣が罪は君にあると明らかにしながら、それでも臣や子や人民に移せると言ったとしよう。国の君がその言を許し、その臣に罪を国人に帰させたとして、方伯がこれを聞いて、その言を聽いて国君の罪を釈き、更に移して国人に付そうとするだろうか。方伯が聽かないのは、もともと国君の罪で、国人の辜ではないからである。方伯が国人の辜ではないとして聽かないのに、熒惑がどうして禍を国人に移そうとするか。こうであるから、子韋の言は妄りである。景公がその言を聽かなかったことが、どうして天を動かせたであろうか。諸侯がその臣の言を聽かず、過ちを引いて自ら予ったとして、方伯がその言を聞いてその罪を釈き、委てて去るだろうか。方伯が諸侯の罪を釈かないのに、熒惑がどうして三舍徙り去ろうとするか。そもそも聽くことと聽かないことに、どちらも福や善はない。星が徙ったという実は、信じて用いることができない。天と人は道が同じで、好悪が殊ならない。人の道がそうでないのなら、天に験がないことが分かる。

宋、衛、陳、鄭之俱災也,氣變見天。梓慎知之,請於子產有以除之,子產不聽。天道當然,人事不能卻也。使子產聽梓慎,四國能無災乎?堯遭鴻水時,臣必有梓慎、子韋之知矣。然而不卻除者,堯與子產同心也。案子韋之言曰:「熒惑,天使也;心,宋分野也。禍當君。」審如此言,禍不可除,星不可卻也。若夫寒溫失和,風雨不時,政事之家,謂之失誤所致,可以善政賢行變而復也。

宋・衛・陳・鄭がともに災に遭ったとき、気の変が天に見えた。梓慎がこれを知って、子產にこれを除く方法があると請うたが、子產は聽かなかった。天の道が当然そうなのであって、人の事では卻けられない。子產が梓慎に聽いたら、四つの国は災がなくてすんだであろうか。堯が鴻水に遭った時、臣に必ず梓慎や子韋のような知があったであろう。それでも卻け除かなかったのは、堯が子產と心を同じくしていたからである。案ずるに、子韋の言に「熒惑は天の使いである。心は宋の分野である。禍は君に当たる」とあった。審らかにこの言のとおりなら、禍は除けず、星は卻けられない。寒温が和を失い、風雨が時にそぐわないことで言えば、政事の家はそれを失い誤ったことが致したと言うのだから、善い政や賢い行いで変えて復すことができる。

若熒惑守心,若必死猶亡,禍安可除?修政改行,安能卻之?善政賢行,尚不能卻,出虛華之三言,謂星卻而禍除,增壽延年,享長久之福,誤矣。觀子韋之言景公,言熒惑之禍,非寒暑風雨之類,身死命終之祥也。國且亡,身且死,祆氣見於天,容色見於面。面有容色,雖善操行不能滅,死徵已見也。在體之色,不可以言行滅;在天之妖,安可以治除乎?人病且死,色見於面,人或謂之曰:「此必死之徵也。雖然,可移於五鄰,若移於奴役。」當死之人正言不可,容色肯為善言之故滅,而當死之命肯為之長乎?氣不可滅,命不可長。然則熒惑安可卻,景公之年安可增乎?由此言之,熒惑守心,未知所為,故景公不死也。

熒惑が心を守るのが、必ず死に必ず亡ぶことであるなら、禍をどうして除けようか。政を修め行いを改めて、どうして卻けられようか。善い政、賢い行いでもなお卻けられないのに、虚しく華やかな三つの言を出して、星が卻いて禍が除かれ、寿が増し年が延びて、長く久しい福を享けると言うのは、誤りである。子韋が景公に言ったところを観れば、熒惑の禍は寒暑や風雨の類ではなく、身が死に命が終わる祥である。国が将に亡び、身が将に死ぬとき、祆しい気が天に見え、容色が面に見える。面に容色があれば、善い操行でも滅せられない。死の徵がすでに見えているのである。体にある色さえ言や行いで滅せられないのに、天にある妖を、どうして治めて除けようか。人が病んで将に死ぬとき、色が面に見える。人があるいはこれに言う。「これは必ず死ぬ徵である。とはいえ、五隣に移すか、奴役に移すことができる。」死に当たる人が正しい言でそれはできないと言ったとして、容色が善い言のゆえに滅え、死に当たる命がそのゆえに長くなるだろうか。気は滅せられず、命は長くできない。それなら熒惑をどうして卻けられ、景公の年をどうして増せようか。これによって言えば、熒惑が心を守ったのは何のためか知れないのだから、景公は死ななかったのである。

且言星徙三舍者,何謂也?星三徙於一舍乎?一徙歷於三舍也?案子韋之言曰:「君有君人之言三,天必三賞君,今夕星必徙三舍。」若此星竟徙三舍也。夫景公一坐有三善言,星徙三舍,知有十善言,星徙十舍乎?熒惑守心,為善言卻,如景公復出三惡言,熒惑食心乎?為善言卻,為惡言進,無善無惡,熒惑安居不行動乎?

その上、星が三舍徙ったと言うのは、何を言うのか。星が一つの舍で三たび徙ったのか。一たび徙って三舍を歷たのか。案ずるに、子韋の言に「君に人の君たる言が三つあったから、天は必ず三たび君に賞を与える。今夕、星は必ず三舍徙る」とあった。こうであるなら、星は結局三舍徙ったのである。そもそも景公が一つの坐で三つの善い言を言って星が三舍徙ったのなら、十の善い言があれば星が十舍徙ると知るべきなのか。熒惑が心を守っていたのが善い言のゆえに卻いたのなら、景公がまた三つの悪い言を出せば、熒惑は心を食うのか。善い言のゆえに卻き、悪い言のゆえに進むのなら、善も悪もなければ、熒惑は安らかに居て行き動かないのか。

或時熒惑守心為旱災,不為君薨。子韋不知,以為死禍。信俗至誠之感,熒惑(之)〔去〕處,星必偶自當去,景公自不死,世則謂子韋之言審,景公之誠感天矣。亦或時子韋知星行度適自去,自以著己之知,明君臣推讓之所致;見星之數七,因言星七舍,復得二十一年,因以星舍計年之數。是與齊太卜無以異也。齊景公問太卜曰:「子之道何能?」對曰:「能動地。」晏子往見公,公曰:「寡人問太卜曰:「子道何能?」對曰:「能動地。」地固可動乎?」晏子嘿然不對,出見太卜曰:「昔吾見鉤星在房、心之間,地其動乎?」太卜曰:「然。」晏子出,太卜走見公:「臣非能動地,地固將自動。」夫子韋言星徙,猶太卜言地動也。地固且自動,太卜言己能動之。星固將自徙,子韋言君能徙之。使晏子不言鉤星在房、心,則太卜之奸對不覺。宋無晏子之知臣,故子韋之一言,遂為其是。案《子韋書錄序(秦)〔奏〕》亦言子韋曰「君出三善言,熒惑宜有動。於是候之,果徙舍。」不言三。或時星當自去,子韋以為驗,實動離舍,世增言三。既空增三舍之數,又虛生二十一年之壽也。

おそらく熒惑が心を守ったのは旱の災のためで、君が薨ずるためではなかったのであろう。子韋は知らずに、死の禍だと思った。俗の至誠が感ずるという説を信じたのであるが、熒惑が去り処るのは、星が必ず偶々自ら当然去るべきものであり、景公は自ら死なないものであったのに、世はそれで子韋の言が審らかに当たり、景公の誠が天を感じさせたと言うのである。またおそらく子韋は星が行く度がちょうど自ら去るところであると知っていて、自ら己の知を著そうとし、君臣が推し譲ったことが致したところだと明かしたのであろう。星の数が七つであるのを見て、それで星が七舍と言い、さらに二十一年を得て、星の舍で年の数を計えたのである。これは齊の太卜と異なるところがない。

齊の景公が太卜に問うた。「お前の道は何ができるのか。」対えて言った。「地を動かすことができます。」晏子が往って公に見えると、公は言った。「寡人が太卜に、お前の道は何ができるのかと問うと、地を動かすことができますと対えた。地はもとより動かせるものか。」晏子は嘿然として対えず、出て太卜に見えて言った。「先日、わたしは鉤星が房と心の間にあるのを見た。地は動くであろうか。」太卜は「そうです」と言った。晏子が出ると、太卜は走って公に見えた。「臣が地を動かせるのではなく、地がもとより将に自ら動こうとしているのです。」そもそも子韋が星が徙ると言ったのは、太卜が地が動くと言ったのと同じである。地がもとより将に自ら動こうとしているのに、太卜は己がこれを動かせると言った。星がもとより将に自ら徙ろうとしているのに、子韋は君がこれを徙らせられると言った。晏子が鉤星が房と心にあると言わなかったら、太卜の奸しい対えは覚られなかったであろう。宋には晏子のような知ある臣がいなかったので、子韋の一言が、そのまま是とされたのである。

案ずるに、「子韋書録序奏」もまた、子韋が「君が三つの善い言を出されたから、熒惑にまさに動きがあるはずです。そこでこれを候うと、果たして舍を徙った」と言ったとだけ言って、三つとは言っていない。おそらく星がまさに自ら去るべきところであったのを、子韋が験としたのであり、実際に動いて舍を離れたのを、世が三つと増したのである。すでに空しく三舍の数を増し、さらに虚しく二十一年の寿を生んだのである。