答佞篇
或問曰:「賢者行道,得尊官厚祿矣;何心為佞,以取富貴?」曰:佞人知行道可以得富貴,必以佞取爵祿者,不能禁欲也;知力耕可以得谷,勉貿可以得貨,然而必盜竊,情欲不能禁者也。以禮進退也,人莫之貴,然而違禮者眾,尊義者希,心情貪欲,志慮亂溺也。夫佞與賢者同材,佞以情自敗;偷盜與田商同知,偷盜以欲自劾也。
ある人が問う。「賢者は道を行えば高い官と厚い禄を得られるのに、どういう心で佞をなして富貴を取るのか。」答える。佞人は道を行えば富貴を得られると知りながら、必ず佞によって爵禄を取るのは、欲を禁じられないからである。力を入れて耕せば穀を得られ、努めて商えば財を得られると知りながら、必ず盗みを働くのは、情欲を禁じられない者である。礼によって進退することを、人が貴ばないわけではないが、礼に違う者が多く義を尊ぶ者がまれなのは、心が貪り欲して、志や思いが乱れ溺れているからである。そもそも佞人と賢者は材が同じであるが、佞人は情によって自ら敗れる。盗人と農夫や商人は知が同じであるが、盗人は欲によって自ら罪に落ちる。
問曰:「佞與賢者同材,材行宜鈞,而佞人曷為獨以情自敗?」曰:「富貴皆人所欲也,雖有君子之行,猶有飢渴之情。君子則以禮防情,以義割欲,故得循道,循道則無禍。小人縱貪利之欲,逾禮犯義,故進得苟佞,苟佞則有罪。」夫賢者,君子也;佞人,小人也。君子與小人本殊操異行,取舍不同。
問う。「佞人と賢者は材が同じで、材と行いは当然ひとしいはずなのに、佞人はどうしてひとり情によって自ら敗れるのか。」答える。「富貴はどれも人の欲するものであるから、君子の行いがあっても、やはり飢え渇く情はある。君子は礼によって情を防ぎ、義によって欲を割くので、道に循えるのであり、道に循えば禍はない。小人は利を貪る欲を放って、礼を越え義を犯すので、進むにあたって間に合わせに佞をなし、間に合わせに佞をなせば罪がある。」そもそも賢者は君子であり、佞人は小人である。君子と小人はもともと身の行いが異なり行いが違って、取り捨てが同じでない。
問曰:「佞與讒者同道乎?有以異乎?」曰:「讒與佞,俱小人也,同道異材,俱以嫉妒為性,而施行發動之異。」讒以口害人,佞以事危人;讒人以直道不違,佞人依違匿端;讒人無詐慮,佞人有術數。故人君皆能遠讒親仁,莫能知賢別佞。難曰:「人君皆能遠讒親仁,而莫能知賢別佞,然則佞人意不可知乎?」曰:佞可知,人君不能知。庸庸之君,不能知賢,不能知賢,不能知佞。唯聖賢之人,以九德檢其行,以事效考其言。行不合於九德,言不驗於事效,人非賢則佞矣。夫知佞以知賢,知賢以知佞,知賢則賢智自覺,知賢則奸佞自得。賢佞異行,考之一驗;情心不同,觀之一實。
問う。「佞と讒とは道が同じなのか、違いがあるのか。」答える。「讒と佞はどちらも小人であり、道が同じで材が異なる。どちらも嫉妬を性としているが、施し動くところが異なる。」讒は口で人を害し、佞は事で人を危うくする。讒人は直な道で違えず、佞人は寄り添い違えて端を匿す。讒人には偽りの慮がなく、佞人には術数がある。だから君主はみな讒を遠ざけ仁に親しむことはできるが、賢を知り佞を見分けられる者はいない。問い詰めて言う。「君主はみな讒を遠ざけ仁に親しめるのに、賢を知り佞を見分けられる者がいないのであれば、佞人の意は知りえないのか。」答える。佞は知りうるが、君主が知れないのである。凡庸な君は賢を知れず、賢を知れなければ佞を知れない。ただ聖賢の人だけが、九徳によってその行いを検べ、事の効によってその言を考える。行いが九徳に合わず、言が事の効に確かめられなければ、その人は賢でなければ佞である。そもそも佞を知ることで賢を知り、賢を知ることで佞を知るのだから、賢を知れば賢智が自ら目覚め、賢を知れば奸佞が自ら明らかになる。賢と佞は行いを異にするが、これを考えるのは一つの確かめであり、情と心は同じでないが、これを観るのは一つの実である。
問曰:「九德之法,張設久矣,觀讀之者,莫不曉見,斗斛之量多少,權衡之縣輕重也。然而居國有土之君,曷為常有邪佞之臣與常有欺惑之患?」〔曰〕:「無患斗斛過,所量非其谷;不患無銓衡,所銓非其物故也。」在人君位者,皆知九德之可以檢行,事效可以知情,然而惑亂不能見者,則明不察之故也。人有不能行,行無不可檢;人有不能考,情無不可知。
問う。「九徳の法は設けられてから久しく、見て読む者は、斗や斛の量の多少、権や衡の掛ける軽重のように、はっきり見ないことはない。それなのに国にあって土を持つ君主は、どうして常に邪で佞な臣があり、常に欺かれ惑わされる患いがあるのか。」答える。「斗や斛に誤りがあることを患わずに、量るものがその穀ではないことを患い、銓や衡がないことを患わずに、銓るものがその物ではないことを患うからである。」君主の位にある者はみな、九徳によって行いを検べられ、事の効によって情を知れると知っているが、それでも惑い乱れて見えないのは、明らかに察しない故である。人には行えないことがあるが、行いには検べられないものはなく、人には考えられないことがあるが、情には知りえないものはない。
問曰:「行不合於九德,效不檢於考功,進近非賢,非賢則佞。夫庸庸之材,無高之知不能及賢。賢功不效,賢行不應,可謂佞乎?」曰:材有不相及,行有不相追,功有不相襲。若知無相襲,人材相什百,取舍宜同,賢佞殊行,是是非非。實名俱立,而效有成敗,是非之言俱當,功有正邪。
問う。「行いが九徳に合わず、効が功を考えるのに検べられなければ、進めて近づけたのは賢ではなく、賢でなければ佞である。そもそも凡庸な材は、高い知がなくて賢に及べない。賢の功が効をあげず、賢の行いが応じなければ、佞と言ってよいのか。」答える。材には互いに及べないところがあり、行いには互いに追えないところがあり、功には互いに襲げないところがある。知に互いに襲ぐことがなく、人の材が互いに十倍百倍であっても、取り捨ては当然同じであるから、賢と佞は行いを異にし、是は是、非は非である。実と名がともに立っても効に成敗があり、是非の言がどちらも当たっていても功に正邪がある。
言合行違,名盛行廢,佞人〔也〕。
言は合っていても行いが違い、名は盛んでも行いが廃れている者が、佞人である。
問曰:「行合九德則賢,不合則佞。世人操行者可盡謂佞乎?」曰:諸非皆惡,惡中之逆者,謂之無道;惡中之巧者,謂之佞人。聖王刑憲,佞在惡中;聖王賞勸,賢在善中。純潔之賢,善中殊高,賢中之聖也。(善)〔惡〕中大佞,惡中之雄也。故曰:觀賢由善,察佞由惡。善惡定成,賢佞形矣。
問う。「行いが九徳に合えば賢、合わなければ佞だというのなら、世の人の身の行いをすべて佞と言ってよいのか。」答える。もろもろの非はどれも悪であり、悪のなかで逆らう者を無道と言い、悪のなかで巧みな者を佞人と言う。聖王の刑と憲において佞は悪のなかにあり、聖王の賞と勧めにおいて賢は善のなかにある。純潔な賢は善のなかでとりわけ高く、賢のなかの聖である。悪のなかの大佞は、悪のなかの雄である。だから、賢を観るのは善によってし、佞を察するのは悪によってすると言う。善と悪が定まり成れば、賢と佞の形が現れる。
問曰:「聰明有蔽塞,推行有謬誤,今以是者為賢,非者為佞,殆不得賢之實乎?」曰:「聰明蔽塞,推行謬誤,人之所歉也。」故曰:刑故無小,宥過無大。聖君原心省意,故誅故貰誤。故賊加增,過誤減損,一獄吏所能定也,賢者見之不疑矣。
問う。「聡明にも覆われ塞がれることがあり、推し行うにも誤りがあるのに、いま是である者を賢とし非である者を佞とすれば、おそらく賢の実を得られないのではないか。」答える。「聡明が覆われ塞がり、推し行うのに誤るのは、人の足りないところである。」だから、故意を刑するには小さいものはなく、過ちを宥すには大きいものはないと言う。聖なる君は心を原ね意を省みるので、故意を誅し誤りを許す。故意の賊には加え増し、過誤には減らし損ずる。一人の獄吏にも定められることであり、賢者が見れば疑わない。
問曰:「言行無功效,可謂佞乎?」〔曰〕:蘇秦約六國為從,強秦不敢窺兵於關外。張儀為橫,六國不敢同攻於關內。六國約從,則秦畏而六國強;三秦稱橫,則秦強而天下弱。功著效明,載紀竹帛,雖賢何以加之?太史公敘言眾賢,儀、秦有篇,無嫉惡之文,功鈞名敵,不異於賢。夫功之不可以效賢,猶名之不可實也。儀、秦,排難之人也,處擾攘之世,行揣摩之術。當此之時,稷、契不能與之爭計,禹、睾陶不能與之比效。若夫陰陽調和,風雨時適,五谷丰熟,盜賊衰息,人舉廉讓,家行道德之功,命祿貴美,術數所致,非道德之所成也。太史公記功,故高來,記錄成則著效明驗,攬載高卓,以儀、秦功美,故列其狀。由此言之,佞人亦能以權說立功為效。無效,未可為佞也。難曰:「惡中立功者謂之佞。能為功者,材高知明。思慮遠者,必傍義依仁,亂於大賢。故《覺佞》之篇曰:『人主好辨,佞人言利;人主好文,佞人辭麗。』心合意同,偶當人主,說而不見其非,何以知其偽而伺其奸乎?」曰:是謂庸庸之君也,材下知昏,蔽惑不見。(後)〔若〕(又)〔大〕賢之君,察之審明,若視俎上脯,指掌中之理,數局上之棋,摘轅中之馬。魚鱉匿淵,捕漁者知其源;禽獸藏山,畋獵者見其脈。佞人異行於世,世不能見,庸庸之主,無高材之人也。難曰:「人君好辨,佞人言利;人主好文,佞人辭麗。言操合同,何以覺之?」曰:文王官人法曰:「推其往行以揆其來言,聽其來言以省其往行,觀其陽以考其陰,察其內以揆其外。」是故詐善設節者可知,飾偽無情者可辨,質誠居善者可得,含忠守節者可見也。人之舊性不辨,人君好辨,佞人學求合於上也。人之故能不文,人君好文,佞人意欲稱上。上奢,己麗服;上儉,己不飭。今操與古殊,朝行與家別,考鄉里之跡,証朝庭之行,察共親之節,明事君之操,外內不相稱,名實不相副,際會發見、奸為覺露也。
問う。「言葉と行いに功や効がなければ、佞と言ってよいのか。」答える。蘇秦が六国を従に結ぶと、強い秦は関の外へ兵を覗かせる勇気もなかった。張儀が横をなすと、六国は関の内をともに攻める勇気もなかった。六国が従に結べば秦が恐れて六国が強く、三秦が横を称すれば秦が強くて天下が弱かった。功が著れ効が明らかで、竹帛に載せ記されたのだから、賢者であってもどうしてこれに加えられようか。太史公が多くの賢者を序して述べるなかに、儀と秦には篇があり、憎み嫌う文はない。功がひとしく名が並んで、賢者と違わない。そもそも功によって賢を確かめられないのは、名によって実とできないのと同じである。儀と秦は難を排く人であり、擾れ乱れた世に処して、揣り摩る術を行った。この時にあたっては、稷や契も彼らと計を争えず、禹や皋陶も彼らと効を比べられなかった。あの陰陽が調い和し、風雨が時に適い、五穀が豊かに熟し、盗賊が衰え息み、人々が廉と譲を挙げ、家々が道徳を行う功は、命禄が貴く美しく、術数が至らせたものであって、道徳が成したものではない。太史公が功を記すにあたっては高いものに従ったので、成ったものを記録すれば効が著れ証しが明らかであるから、高く卓れたものを載せ、儀と秦の功が美しかったので、その有様を並べたのである。このことから言えば、佞人もまた権謀の説で功を立てて効とすることができる。効がないからといって、佞とは言えない。問い詰めて言う。「悪のなかで功を立てる者を佞と言う。功をなせる者は材が高く知が明らかである。思慮の遠い者は、必ず義に傍い仁に依って、大賢と紛れる。だから『覚佞』の篇に『人主が弁を好めば佞人は利を言い、人主が文を好めば佞人は辞を麗しくする』とある。心が合い意が同じで人主に偶うので、語ってもその非が見えないのに、何によってその偽りを知り、その奸を伺うのか。」答える。これは凡庸な君を言ったのである。材が下で知が昏く、覆われ惑わされて見えない。もし大賢の君であれば、察することが審らかで明らかで、俎の上の脯を見、掌の中の理を指し、局の上の棋を数え、轅の中の馬を摘み出すようである。魚や鼈が淵に匿れても、漁を捕る者はその源を知り、禽獣が山に蔵れても、畋り猟する者はその脈を見る。佞人が世で異なった行いをしても世が見られないのは、凡庸な主であって高い材の人がいないからである。問い詰めて言う。「人君が弁を好めば佞人は利を言い、人主が文を好めば佞人は辞を麗しくする。言葉と身の行いが合い同じであれば、何によってこれを覚るのか。」答える。文王の官人の法に「その往いた行いを推してその来る言を揆り、その来る言を聴いてその往いた行いを省み、その陽を観てその陰を考え、その内を察してその外を揆る」とある。それゆえ善を詐り節を設ける者は知ることができ、偽りを飾って情のない者は見分けることができ、質が誠で善に居る者は得ることができ、忠を含み節を守る者は見ることができる。人の本来の性は弁をなさないのに、人君が弁を好むので、佞人は学んで上に合うことを求める。人のもとよりの能は文をなさないのに、人君が文を好むので、佞人は意で上に適わせようとする。上が奢れば自分は服を麗しくし、上が倹なら自分は飾らない。いま身の行いが古と異なり、朝廷での行いが家と別であるから、郷里の跡を考え、朝廷での行いを証し、親に共える節を察し、君に事える身の行いを明らかにすれば、外と内が互いに称わず、名と実が互いに副わず、際会に現れ出て、奸の行いが覚られ露れるのである。
問曰:「人操行無恆,權時制宜。信者欺人,直者曲撓,權變所設,前後異操,事有所應,左右異語。儒書所載,權變非一。今以素故考之,母乃失實乎?」曰:賢者有權,佞者有權。賢者之有權,後有應。佞人之有權,亦反經,後有惡。故賢人之權,為事為國;佞人之權,為身為家。觀其所權,賢佞可論。察其發動,邪正可名。
問う。「人の身の行いは恒ではなく、時に権って宜しきを制する。信のある者が人を欺き、直な者が曲げ撓むので、権変が設けられたところでは前と後とで身の行いが異なり、事に応ずるところがあって左と右とで語が異なる。儒家の書に載る権変は一つではない。いま平素のもとのところで考えれば、実を失わないであろうか。」答える。賢者に権変があり、佞者に権変がある。賢者の権変には、後に応ずるものがある。佞人の権変もまた経を反すが、後に悪がある。だから賢人の権変は事のためであり国のためであり、佞人の権変は身のためであり家のためである。その権る所を観れば、賢と佞を論じられる。その発し動くところを察すれば、邪と正を名づけられる。
問曰:「佞人好毀人,有諸?」曰:佞人不毀人。如毀人,是讒人也。何則?佞人求利,故不毀人。苟利於己,曷為毀之?苟不利(己)於〔己〕,毀之無益。以計求便,以數取利,利則便得。妒人共事,然後危人。其危人也非毀之,而其害人也非泊之。譽而危之,故人不知。厚而害之,故人不疑。是故佞人危而不怨,害人之敗而不仇。隱情匿意,為之功也。如毀人,人亦毀之,眾不親,士不附也,安能得容世取利於上?
問う。「佞人は人を謗ることを好むというが、そういうことがあるのか。」答える。佞人は人を謗らない。もし人を謗るのであれば、それは讒人である。なぜか。佞人は利を求めるので、人を謗らない。もし自分に利があるのなら、どうして謗ろうか。もし自分に利がないのなら、謗っても益がない。計によって便を求め、数によって利を取るので、利があれば便を得る。人が事をともにするのを妬んで、その後で人を危うくする。その人を危うくするのは謗ることではなく、その人を害するのは迫ることではない。誉めながら危うくするので、人は気づかない。厚くしながら害するので、人は疑わない。それゆえ佞人は危うくしても怨まれず、人を害して敗らせても仇とされない。情を隠し意を匿すのが、その功である。もし人を謗れば、人もまた自分を謗り、衆は親しまず士は附かないのだから、どうして世に容れられて上から利を取ることができようか。
問曰:「佞人不毀人於世間,毀人於將前乎?」曰:「佞人以人欺將,不毀人於將。」「然則佞人奈何?」曰:「佞人毀人,譽之;危人,安之。」「毀危奈何?」假令甲有高行奇知,名聲顯聞,將恐人君召問,扶而勝己,欲故廢不言,常騰譽之。荐之者眾,將議欲用,問人,人必不對曰,甲賢而宜召也。何則?甲意不欲留縣,前聞其語矣,聲望欲入府,在郡則望欲入州。志高則操與人異,望遠則意不顧近。屈而用之,其心不滿,不則臥病。賤而命之則傷賢,不則損威。故人君所以失名損譽者,好臣所常臣也。自耐下之,用之可也。自度不能下之,用之不便。夫用之不兩相益,舍之不兩相損。人君畏其志,信佞人之言,遂置不用。
問う。「佞人は世間では人を謗らないが、将の前では人を謗るのか。」答える。「佞人は人によって将を欺くのであって、将に対して人を謗らない。」「それでは佞人はどうするのか。」答える。「佞人が人を謗るのは、これを誉めることであり、人を危うくするのは、これを安んずることである。」「謗り危うくするとはどうするのか。」仮に甲に高い行いと奇な知があって名声が顕れ聞こえていれば、人君が召して問い、引き立てて自分に勝つことを恐れ、わざと捨てて言わないようにしながら、常に誉めを上げる。薦める者が多くなり、議って用いようとして人に問えば、その人は必ず、甲は賢いから当然召すべきだとは答えない。なぜか。甲の意は県にとどまることを望まないと言い、前にその言葉を聞いたと言い、名望は府に入ることを望み、郡にいれば州に入ることを望むと言う。志が高ければ身の行いが人と異なり、望みが遠ければ意は近いものを顧みない。屈して用いればその心は満たず、そうでなければ病に臥す。賤しく命ずれば賢をそこない、そうでなければ威を損ずる。だから人君が名を失い誉れを損ずる理由は、常に臣とする者を臣とすることを好むからである。自ら身を下げられるのであれば、用いてよい。自ら量って下げられないのであれば、用いるのは便でない。そもそも用いれば二つが互いに益さず、捨てれば二つが互いに損じない。人君はその志を畏れ、佞人の言を信じて、ついに置いて用いないのである。
問曰:「佞人直以高才洪知考上世人乎?將有師學檢也?」曰:「人自有知以詐人,及其人主,須術以動上,猶上人自有勇威人,及其戰斗,須兵法以進眾,術則從橫,師則鬼谷也。」傳曰:「蘇秦、張儀從橫習之鬼谷先生,掘地為坑,曰:下,說令我泣,出則耐分人君之地。蘇秦下,說鬼谷先生泣下沾襟,張儀不若。蘇秦相趙,并相六國。張儀貧賤,往歸蘇秦,座之堂下,食以仆妾之食,數讓激怒,欲令相秦。儀忿恨,遂西入秦。蘇秦使人厚送。其後覺知,曰:此在其術中,吾不知也,此吾所不及蘇君者。」知深有術,權變鋒出,故身尊崇榮顯,為世雄杰。深謀明術,深淺不能并行,明暗不能并知。
問う。「佞人はただ高い材と洪い知によって上の世の人を考えるのか、それとも師に学んで検べるところがあるのか。」答える。「人には自ら知があって人を詐るが、その人主に及ぶときには術を待って上を動かすのであり、上の人に自ら勇があって人を威すが、その戦闘に及ぶときには兵法を待って衆を進めるのと同じである。術は従横であり、師は鬼谷である。」伝に「蘇秦と張儀は従横を鬼谷先生に習った。地を掘って坑を作り、言った。下りて説いて私を泣かせられたら、出て人君の地を分けられるであろう、と。蘇秦が下りて説くと鬼谷先生は涙を流して襟を濡らしたが、張儀は及ばなかった。蘇秦は趙の相となり、あわせて六国の相となった。張儀は貧しく賤しく、蘇秦のもとへ行って身を寄せたが、堂の下に座らせ、僕妾の食を食べさせ、何度も責めて怒らせ、秦の相にならせようとした。儀は忿り恨んで、ついに西へ秦に入った。蘇秦は人を遣わして厚く送った。その後それを覚り知って言った。これはその術の中にあったのに、私は知らなかった。これが私が蘇君に及ばないところだ、と」とある。知が深く術があって、権変が鋒のように出るので、身は尊く崇く栄え顕れて、世の雄傑となった。深い謀りと明らかな術は、深いものと浅いものとが並び行われず、明らかなものと暗いものとが並び知られない。
問曰:「佞人養名作高,有諸?」曰:「佞人食利專權,不養名作高。」貪權據凡,則高名自立矣。稱於小人,不行於君子。何則?利義相伐,正邪相反。義動君子,利動小人。佞人貪利名之顯,君子不安下則身危。舉世為佞者,皆以禍眾,不能養其身,安能養其名?上世列傳棄(宗)〔榮〕養身,違利赴名,竹帛所載,伯成、子高委國而耕,於陵子辭位灌園,近世蘭陵王仲子、東(都)〔郡〕昔廬君陽,寢位久病,不應上征,可謂養名矣。夫不以道進,必不以道出身;不以義止,必不以義立名。佞人懷貪利之心,輕禍重身,傾死為矣,何名之養?義廢德坏,操行隨辱,何云作高?
問う。「佞人は名を養い高さを作るというが、そういうことがあるのか。」答える。「佞人は利を食い権を専らにするのであって、名を養い高さを作りはしない。」権を貪り座を占めれば、高い名は自ら立つ。小人には称えられても、君子には通らない。なぜか。利と義は互いに伐ち、正と邪は互いに反するからである。義は君子を動かし、利は小人を動かす。佞人は利と名の顕れることを貪るが、君子は下に安んじなければ身が危うい。世を挙げて佞をなす者は、どれも禍が多くてその身を養えないのだから、どうしてその名を養えようか。上の世の列伝に、栄えを棄てて身を養い、利に違って名に赴いたことが竹帛に載っている。伯成子高は国を委てて耕し、於陵子は位を辞して園に水を灌いだ。近世では蘭陵の王仲子、東郡の昔廬君陽が、位に寝て久しく病み、上の召しに応じなかった。名を養ったと言ってよい。そもそも道によって進まなければ、必ず道によって身を出さず、義によって止まらなければ、必ず義によって名を立てない。佞人は利を貪る心を懐いて禍を軽んじ身を重んじ、傾いて死ぬまでそうするのだから、何の名を養うのか。義が廃れ徳が壊れ、身の行いが辱めに随うのだから、どうして高さを作ると言えようか。
問曰:「大佞易知乎,小佞易知也?」曰:「大佞易知,小佞難知。」何則?大佞材高,其跡易察;小佞知下,其效難省。何以明之?成事,小盜難覺,大盜易知也。攻城襲邑,剽劫虜掠,發則事覺,道路皆知盜也。穿鑿垣牆,狸步鼠竊,莫知謂誰。(曰)大佞奸深惑亂,其人如大盜易知,人君何難?〔曰〕:「《書》曰:『知人則哲,惟帝難之。『虞舜大聖,兜大佞。大聖難知大佞,大佞不憂大聖。何易之有?」〔曰〕:是謂下知之,上知之。上知之大難小易,下知之大易小難。何則?佞人材高,論說麗美。因麗美之說,人主之威,人(立)〔主〕心并不能責,知或不能覺。小佞材下,對鄉失漏,際會不密,人君警悟,得知其故。大難小易也。屋漏在上,知者在下。漏大,下見之著;漏小,下見之微。或曰:「雍也仁而不佞。」孔子曰:「焉用佞!御人以口給,屢憎於民。」誤設計數,煩擾農商,損下益上,愁民說主。損上益下,忠臣之說也;損下益上,佞人之義也。「季氏富於周公,而求也為之聚斂而附益之,小子鳴鼓而攻之可也。」聚斂,季氏不知其惡,不知百姓所共非也。
問う。「大佞が知りやすいのか、小佞が知りやすいのか。」答える。「大佞は知りやすく、小佞は知りがたい。」なぜか。大佞は材が高いので、その跡は察しやすく、小佞は知が下なので、その効は省みがたい。何によってこれを明らかにするか。実際にあったこととして、小さな盗人は覚りがたく、大きな盗人は知りやすい。城を攻め邑を襲い、剽り劫かし虜り掠めれば、事を起こせば事が覚られ、道路の人がみな盗人だと知る。垣や牆を穿ち鑿ち、狸のように歩み鼠のように窃めば、誰のことか誰も知らない。大佞は奸が深く惑わし乱すから、その人が大盗のように知りやすいのであれば、人君に何の難しさがあろうか。答える。「『書』に『人を知るのは哲いことで、帝でさえこれを難しとする』とある。虞舜は大聖であり、驩兜は大佞である。大聖が大佞を知りがたく、大佞は大聖を憂えない。何の易しさがあろうか。」答える。これは下が知ることと上が知ることを言ったのである。上が知るには大きいものが難しく小さいものが易しく、下が知るには大きいものが易しく小さいものが難しい。なぜか。佞人は材が高く、論説が麗しく美しい。麗しく美しい説と人主の威とによって、人主の心はあわせて責めることができず、知も時には覚れない。小佞は材が下で、答えに抜け漏れがあり、際会が密でないので、人君は警め悟ってその故を知ることができる。大きいものが難しく小さいものが易しいのである。屋の漏りは上にあり、知る者は下にいる。漏りが大きければ下から見るのが著しく、漏りが小さければ下から見るのが微かである。ある人が言った。「雍は仁であるが佞ではない。」孔子は言った。「どうして佞を用いようか。口のうまさで人をあしらえば、しばしば民に憎まれる。」計や数を誤って設け、農や商を煩わせ擾し、下を損じて上を益し、民を愁えさせて主を悦ばせる。上を損じて下を益すのは忠臣の説であり、下を損じて上を益すのは佞人の義である。「季氏は周公より富んでいるのに、求はそのために取り立てて集めてさらに益した。おまえたち、鼓を鳴らしてこれを攻めてよい。」取り立てて集めることについて、季氏はその悪を知らない。百姓がみなよくないとするところだと知らないのである。