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巻十三元朝秘史 卷13

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 元朝秘史 · 作者未詳 · 子年(1228年頃)成立 · 明初の漢文本 · 段落 18 · 漢字 3,064字 · 朗読 12.3分

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 全一巻 「はじめ元の人の祖先は、天が生んだ青い色の狼一匹であった」 — モンゴルの人が自らの手で記した最も古い書。テムジンが九歳で父を失って捨てられたところから始まり、オノン川の水に顔だけを出して夜を越え、羊毛の車に隠されて生き延び、ついに九本脚の白い旗を立てるまでが収められている。母ホエルンが両の乳を出して息子たちを叱り、ジャムカが「四匹の犬」を並べ立て、血を流さずに殺してほしいと請う場面は、正史が消した声である。元史高麗伝と対になる位置に置かれる。

1居庸関を誘って開き東昌を討つ

在後羊兒年,成吉思征金國。先取了撫州,經過野狐嶺,又取了宣德府。使者別、古亦古捏克二人做頭哨,至居庸關,見守禦的堅固。者別說可誘戰,於是把軍馬佯回了。金家見了,果然盡出軍馬追襲,直至宣德府山觜上。者別卻翻回沖著,將金國陸續來的軍馬殺敗。成吉思中軍隨後到來,將金國的契丹女真等緊要的軍馬,都勝了。比至居庸,殺了的人,如爛木般堆著。者別將居庸關取了,成吉思入關,至龍虎臺,下了營,遣軍馬攻取北平等郡。教者別攻取東昌,不克,回了六宿,卻翻回去,每人牽從馬一匹,晝夜兼行,使金人不意中間,將東昌取了。

その後、羊年にチンギスは金国を討った。まず撫州を取り、野狐嶺を越え、さらに宣徳府を取った。ジェベとグイグネクの二人を先駆けとし、居庸関に至ると守りが堅かった。ジェベは誘って戦えると言い、そこで軍馬をわざと引き返させた。金の側はこれを見て、案の定、軍馬をみな出して追い、まっすぐ宣徳府の山の鼻先まで来た。ジェベはかえって向き直って討ち、金から次々に来る軍馬を討ち破った。チンギスの中軍が続いて至り、金国の契丹・女真などの要の軍馬をみな破った。居庸関に至るまでに殺した人は、朽ちた木のように積み上がった。ジェベが居庸関を取ると、チンギスは関に入り、龍虎台に至って営を張り、軍馬を遣わして北平などの諸郡を攻め取らせた。ジェベに東昌を攻めさせたが勝てず、六日退いたのち、かえって引き返して人ごとに替え馬一頭を引き、昼夜行き続けて、金の人が思いもしないうちに東昌を取った。

2完顔丞相が和議を申し上げる

者別取了東昌回來,與成吉思相合。初,北平被攻時,金王京丞相對金主說:「天地氣運,大位子交代的時節敢到了!達達每好強盛,將咱勇猛的軍馬殺絕,可倚仗的居庸關取了,若再與他廝殺不勝呵,只恐軍馬就潰散了。莫若且歸附了達達皇帝,教他退軍。若退了軍時,咱那時再做商量也者。又聽得說達達軍馬不宜水土,見生瘟病。如今達達皇帝根前,與他女子、金銀、段匹,試看從也不從?」金主說:「王京說得是。」遂歸附了成吉思,將公主及金銀、段匹等物,教王京送與了成吉思。遂將攻城軍馬退了,王京親送至莫州、撫州山觜行辭回了。軍人將金銀等物,用熟絹拴定,盡力馱去了。

ジェベは東昌を取って帰り、チンギスと合した。はじめ北平が攻められたとき、金の完顔丞相が金主に申し上げた。「天地の気運がめぐって、大位の替わる時節が来たようです。韃靼がはなはだ強盛で、わが勇猛な軍馬をみな殺し、頼みとしていた居庸関まで取られました。再び彼らと戦って勝てなければ、軍馬はすぐに崩れ散るのではないかと恐れます。むしろ韃靼の皇帝に従って軍を退かせるほうがよろしい。軍を退かせたのちに、われらはそのときまた考えればよいのです。また聞くところでは、韃靼の軍馬は水と土に合わず、いま疫病が出ているとのことです。いま韃靼の皇帝に娘と金銀と絹を与えて、従うか従わぬかをお試しください。」金主は言った。「完顔の言うことは正しい。」ついにチンギスに従い、公主と金銀と絹などの物を、完顔に持たせてチンギスに送った。そして城を攻めていた軍馬を退かせると、完顔は自ら莫州と撫州の山の鼻先まで送り、別れを告げて帰った。軍の者は金銀などを練絹で縛り、力の限り載せて行った。

3カシンのブルカンが右手となることを願う

成吉思自那裏征合申種,其主不兒罕降,將女子名察合的獻與成吉思說:「俺聽得皇帝的聲名,曾怕有來。如今俺與你做右手,出氣力。俺本是城郭內住的百姓,若有緊急征進,卒急不能到。蒙恩賜時,將俺地面所產的駱駝、毛段子、鷹鷂,常進貢皇帝。」說罷,遂將本國駝只科斂,直至趕逐不動,送將來了。

チンギスはそこからカシンの一族を討った。その主ブルカンは降り、チャカという名の娘を献じて言った。「われらは皇帝のお名前を聞いて恐れておりました。いまわれらはあなたの右手となって力を尽くします。われらはもともと城郭の内に住む民ですから、急な戦いがあっても急には参れません。恩を賜わりますなら、わが地に産する駱駝、毛織の絹、鷹をつねに皇帝に献じます。」そう言って、ついに自国の駱駝を取り立て、追っても動かないほどに送って来た。

4絹と駱駝を得て帰る

成吉思那一次征進,金主歸附了,多得了段匹;合申主歸附了,多得了駱駝,回至撒阿裏客額兒地面下營了。

チンギスはその一度の出征で、金主が従って絹を多く得、カシンの主が従って駱駝を多く得、サアリ・ケエルの地に帰って営を張った。

5居庸関がまた破れ、金主が汴梁へ移る

在後,成吉思差使臣主卜罕等,通好於宋,被金家阻當了。以此成吉思狗兒年再征金國。成吉思要自取潼關,命者別攻居庸關。金主聞知,命亦列等三人領兵守關,以忽剌安叠格列軍人做頭鋒把住關。成吉思至關,見金兵大至,與他對敵。金兵稍退,拖雷、出古二人橫沖其陣。金忽剌安叠格列軍並亦列等軍大敗,殺人滿野。金主聞知,遷都汴梁,其余金兵困餓,人皆相食。成吉思歸,以拖雷、出古二人有功,都賞賜了。

その後、チンギスは使者ジュブカンらを遣わして宋と好を通じようとしたが、金が妨げた。このためチンギスは犬年に再び金国を討った。チンギスは自ら潼関を取ろうとし、ジェベに命じて居庸関を攻めさせた。金主はこれを聞き、イレら三人に命じて兵を率いて関を守らせ、クラアン・デゲレの軍を先鋒として防がせた。チンギスは関に至り、金の兵が大挙して来たのを見て、これと向き合った。金の兵が少し退くと、トルイとチュクの二人がその陣を横から突いた。金のクラアン・デゲレの軍とイレらの軍は大いに破れ、死んだ人が野を埋めた。金主はこれを聞いて都を汴梁に移し、残りの金の兵は飢えて人が互いに食い合った。チンギスは帰って、トルイとチュクの二人に功があるとして、みな賞を与えた。

6シギ・クトクが燕京の財物を受けない

成吉思至北平失剌客額兒地面時,者別已得居庸關,引兵來會。初,金主遷都時,命其臣合答留守燕京。成吉思命汪古兒等三人,往收其府庫,計其金帛數目。金臣合答將金帛等物來獻與汪古兒等。失吉忽禿忽說:「昔者,中都金帛,皆屬金主。如今中都金帛已屬成吉思,如何敢擅取?」遂卻其獻,獨汪古兒、阿兒孩合撒兒受其獻。及事畢歸,成吉思問三人曾受獻否?失吉忽禿忽具陳前言。成吉思責讓汪古兒等,賞賜失吉忽禿忽,說:「汝可與我做耳目。」

チンギスが北平のシラ・ケエルの地に至ったとき、ジェベはすでに居庸関を得て、兵を率いて来て合した。はじめ金主が都を移すとき、その臣カダに命じて燕京を守らせていた。チンギスはオングルら三人に命じて、その倉を収めて金と絹の数を数えさせた。金の臣カダは金と絹などをオングルらに献じた。シギ・クトクは言った。「かつては中都の金と絹はみな金主のものであった。いま中都の金と絹はすでにチンギスのものとなったのに、どうしてみだりに取れるものか。」そしてその献上を退けた。ただオングルとアルカイ・カサルだけがその献上を受けた。事を終えて帰ると、チンギスは三人に献上を受けたかどうかを問うた。シギ・クトクは先の言葉をつぶさに申し上げた。チンギスはオングルらをとがめ、シギ・クトクに賞を与えて言った。「おまえはわたしの目と耳となるにふさわしい。」

7カサルが女真のほうを回って帰る

金主至汴梁,稽首歸附於成吉思,仍令其子騰格理領百人入侍。於是成吉思自北平經居庸關回,命合撒兒領右手軍:「沿海自大寧經過女真,若便歸附,即緣彼中邊郡,經浯剌、納浯二江,溯討浯兒河回營。不然,即縱兵剿捕。」合撒兒同主兒扯歹、脫侖三人至大寧,其城降;至女真,其主亦降。其余城池,悉來歸附,遂溯討浯兒河回舊營了。

金主は汴梁に至り、頭を下げてチンギスに従い、その子テンゲリに百人を率いて入って仕えさせた。そこでチンギスは北平から居庸関を越えて帰り、カサルに命じて右手の軍を率いさせ、こう言った。「海に沿って大寧から女真を通れ。すぐに従うなら、その中の辺りの郡に沿い、ウラとナウの二つの川を越え、タオル河をさかのぼって営に帰れ。そうでなければ、すぐに兵を放って討ち滅ぼせ。」カサルはジュルチェデイ、トルンの三人で大寧に至り、その城は降り、女真に至ると、その主も降った。その他の城もみな来て従ったので、ついにタオル河をさかのぼって古い営に帰って来た。

8イェスイ夫人が後継を問い、兄弟が争う

其後太祖征回回,為其殺使臣兀忽納等百人。臨行時,也遂夫人說:「皇帝涉歷山川,遠去征戰。若一日倘有諱,四子內命誰為主?可令眾人先知。」太祖說:「也遂說的是。這等言語,兄弟兒子並孛斡兒出等,皆不曾提說,我也忘了。」於是問:「拙赤,我子內你是最長的,說什麽?」拙赤未對。察阿歹說:「父親問拙赤,莫不是要委付他?他是篾兒乞種帶來的,俺如何教他管?」才說罷,拙赤起身,將察阿歹衣領揫住,說:「父親不曾分揀,你敢如此說?你除剛硬,再有何技能?我與你賽射遠,你若勝我時,便將我大指剁去;我與你賽相搏,你若勝我時,倒了處再不起。」說了,兄弟各將衣領揫著,孛斡兒出、木合裏二人解勸。太祖默坐間,有闊闊搠思說:「察阿歹,你為甚忙?皇帝見指望你。當您未生時,天下擾攘,互相攻劫,人不安生,所以你賢明的母,不幸被擄。若你如此說,豈不傷著你母親的心。你父初立國時,與你母一同辛苦,將您兒子每養大,望你成人。你的母如日般明、海般深。這等賢明!你如何可這般說?」

その後、太祖が回回を討つことになったのは、彼らが使者ウクナら百人を殺したからである。出発しようとするとき、イェスイ夫人が言った。「皇帝は山と川を越え、遠く戦いに行かれます。もしある日思わぬことがあれば、四人の子のうち誰を主とされますか。多くの人に先に知らせておいてください。」太祖は言った。「イェスイの言うことは正しい。こういう言葉を、弟も子もボオルチュらもだれも口にしたことがなく、わたしも忘れていた。」そこで問うた。「ジョチよ、わが子のうちおまえが長子だ。何を言うか。」ジョチがまだ答えないうちに、チャガダイが言った。「父上がジョチにお問いになるのは、彼に任せようとされるのではありませんか。彼はメルキトの一族から連れて来られた者です。われらがどうして彼に治めさせられましょう。」言い終わるとジョチは立ち上がり、チャガダイの襟をつかんで言った。「父上がまだ選んでおっしゃってもいないのに、おまえはどうしてこう言うのか。おまえは強いことのほかに、どんな才があるのか。わたしはおまえと遠矢を競い、おまえがわたしに勝ったら、わたしの親指を切り落とそう。わたしはおまえと相撲を競い、おまえがわたしに勝ったら、倒れた所から二度と起きまい。」言い終えて兄弟が互いに襟をつかんだので、ボオルチュとムカリの二人が引き分けてなだめた。太祖が黙って座っているあいだに、ココチョスが言った。「チャガダイよ、あなたはどうしてそう急ぐのか。皇帝はあなたに望みをかけておられる。あなたがたがまだ生まれない前は、天下が乱れて互いに討ち奪い、人が安らかに暮らせなかった。それゆえあなたの賢い母上が、不幸にも捕らわれたのだ。あなたがこう言うなら、どうして母上の心を痛めないことがあろう。あなたの父上がはじめ国を立てたとき、あなたの母上とともに苦労して、あなたがた子らを育て、人となることを願われた。あなたの母上は日のように明るく、海のように深い。これほど賢いのに、あなたはどうしてこう言えるのか。」

9オゴデイが後を継ぐことに決まる

太祖說:「如何將拙赤那般說?我子中他最長,今後不可如此說!」察阿歹微笑著說:「拙赤的氣力技能,也不用爭。諸子中我與拙赤最長,願與父親並出氣力,若有躲避的,就便殺了。斡歌歹敦厚,可奉教訓。」於是太祖再問拙赤如何說。拙赤說:「察阿歹已說了,俺二人並出氣力,教斡歌歹承繼者。」太祖說:「你二人不必並行,天下地面盡闊,教您各守封國。你二人說的言語,各要依著,休令人恥笑!如在前阿勒壇、忽察兒二人,將自說的言語違了,後如何了來?如今他子孫見在,教隨您每,以為鑒戒。」又問斡歌歹如何說。斡歌歹說:「父親恩賜教說,我難說自己不能,盡力謹慎行將去!只恐後世子孫不才,不能承繼。我所言者如此。」太祖說:「斡歌歹既如此說,中也者。」又問拖雷如何說。拖雷說:「父親指名說的兄根前,忘子的提說,睡著時喚醒。差去征戰時即行。」太祖說:「是。」又說:「合撒兒、阿勒赤歹、斡惕赤斤、別勒古臺四個弟的位子裏,他的子孫各教一人管。我的位子裏,教一個子管。我言語不差,不許違了。若斡歌歹的子孫每都不才呵,我的子孫每豈都不生一個好的?」

太祖は言った。「どうしてジョチをそのように言うのか。わが子のうち彼が長子である。今後そのように言ってはならない。」チャガダイは微笑んで言った。「ジョチの力と才は争うまでもありません。諸子のうち、わたしとジョチが年長ですから、父上とともに力を尽くしましょう。逃れる者があればすぐに殺します。オゴデイは情が厚いので、教えを受けるにふさわしいでしょう。」そこで太祖はまたジョチにどうかと問うた。ジョチは言った。「チャガダイがすでに申しました。われら二人がともに力を尽くしますから、オゴデイに継がせてください。」太祖は言った。「おまえたち二人は並んで行く必要はない。天下の地はみな広いから、おまえたちにそれぞれ封じた国を守らせよう。おまえたち二人が言った言葉をそれぞれ守り、人に笑われるようにするな。かつてアルタンとクチャルの二人は自分で言った言葉に違い、のちにどうなったか。いまその子孫が生きているから、おまえたちに従わせて戒めとさせよう。」またオゴデイにどうかと問うた。オゴデイは言った。「父上が恵みをもって言えと仰せになりますから、わたしが自分にはできないと言うのは難しいことです。力を尽くし、慎んで行ってまいります。ただ後の世の子孫が不才で、継げないのではないかと恐れます。わたしが申すのはこのとおりです。」太祖は言った。「オゴデイがこう言うなら、それでよい。」またトルイにどうかと問うた。トルイは言った。「父上が名を挙げておっしゃった兄のそばで、忘れたことは申し上げ、眠っているときは起こします。戦いに遣わされればすぐに行きます。」太祖は言った。「よし。」また言った。「カサル、アルチダイ、オトチギン、ベルグテイの四人の弟の座は、その子孫のうちそれぞれ一人が治めよ。わたしの座は一人の子が治めよ。わたしの言葉は誤っていないから、違えてはならない。もしオゴデイの子孫がみな不才であったなら、わが子孫のうちから一人も良い者が生まれないことがあろうか。」

10アシャ・ガンボの言葉

太祖差人去對唐兀惕主不兒罕說:「你先說與我做右手。如今回回百姓殺了我使臣,要去與他折證,你可與我做右手!」不兒罕未及言語,其臣阿沙敢不說:「你氣力既不能,不必做皇帝。」不肯與軍,太祖聞此語,說:「阿沙敢不如何敢這般說?將我這軍馬徑去征他,也有何難?但我初意,本不征他。若天祐護,回回處回來時,卻去征他!」

太祖は人を遣わしてタングトの主ブルカンに言った。「おまえは先にわたしの右手となると言った。いま回回の民がわたしの使者を殺したので、行って糺そうとしている。おまえはわたしの右手となれ。」ブルカンがまだ言葉を発しないうちに、その臣アシャ・ガンボが言った。「おまえが力が足りないのなら、皇帝など名乗るまでもない。」そして兵を出そうとしなかった。太祖はこの言葉を聞いて言った。「アシャ・ガンボがどうしてこう言えるのか。わがこの軍馬をまっすぐ向けて彼を討つのに、何の難しいことがあろう。ただわたしの初めの思いは、もともと彼を討つことではなかった。天が助けて回回から帰ったら、そのとき行って討とう。」

11ジャラール・アッディーンをシンド河まで追う

兔兒年,太祖去征回回,命弟斡惕赤斤居守,以夫人忽闌從行,命者別做頭哨,速別額臺做者別後援,脫忽察兒做速別額臺後援。令三人自回回住的城外繞去,不許動他百姓,待太祖到時,卻夾攻。者別如命,從篾力克王城邊經過,不曾動他百姓。至第三次,脫忽察兒經過,搶了百姓的田禾。篾力克王走出與回回王劄剌勒丁相合,領軍迎太祖廝殺。太祖命失吉忽禿忽做頭哨,與劄剌勒丁對陣,敗了。將追及太祖處,者別等三人自劄剌勒丁後至,將劄剌勒丁勝了。欲入不合兒城不得,直追至申河,軍馬溺死者殆盡,獨劄剌勒丁與篾力克逆申河走去。太祖逆申河攻取了巴惕客薛城,至子母河巴魯安客額兒地面下了營,命巴剌追劄剌勒丁等。以者別、速別額臺兩人有功,賞賜了;以脫忽察兒違令,欲廢了,後不曾,只重責罰,不許管軍。

兎年、太祖は回回を討ちに行き、弟オトチギンに命じて留まり守らせ、クラン夫人を連れて行った。ジェベを先駆けとし、スベエテイをジェベの後詰めとし、トクチャルをスベエテイの後詰めとした。三人には、回回の住む城の外を回って行き、その民に手をつけず、太祖が至るのを待って前後から攻めよと命じた。ジェベは命のとおりメリク王の城のそばを通り、その民に手をつけなかった。三番目にトクチャルが通るとき、民の穀物を奪った。メリク王は抜け出して回回の王ジャラール・アッディーンと合し、兵を率いて太祖を迎えて戦った。太祖はシギ・クトクに命じて先駆けとし、ジャラール・アッディーンと陣を向き合わせたが、敗れた。太祖のいる所まで追って来ようとしたとき、ジェベら三人がジャラール・アッディーンの後ろから至り、ジャラール・アッディーンを破った。ブハラの城に入ろうとして入れず、まっすぐシンド河まで追ったので、軍馬は溺れ死ぬ者がほとんどすべてで、ただジャラール・アッディーンとメリクだけがシンド河をさかのぼって逃げて行った。太祖はシンド河をさかのぼってバドケセンの城を攻め取り、子母河パルワン・ケエルの地に至って営を張り、バラに命じてジャラール・アッディーンらを追わせた。ジェベとスベエテイの二人は功があるとして賞を与え、トクチャルは命に違ったとして退けようとしたが、のちにそうはせず、ただ重く罰して軍を受け持たせないことにした。

12ウルゲンチはオゴデイの指揮に従え

太祖自回回地面歸,命拙赤、察阿歹、斡歌歹三子領右手軍,過阿梅河,至兀籠格赤城下營,命拖雷往亦魯等城下營,拙赤等至兀籠格赤下營了。差人來說:「如今俺三人內,聽誰調遣?」太祖教聽斡歌歹調遣。

太祖は回回の地から帰るとき、ジョチ、チャガダイ、オゴデイの三人の子に命じて右手の軍を率い、アム河を渡ってウルゲンチの城に至って営を張らせ、トルイにはイルなどの城へ行って営を張らせた。ジョチらはウルゲンチに至って営を張り、人を遣わして申し上げた。「いまわれら三人のうち、誰の指揮に従いましょうか。」太祖はオゴデイの指揮に従わせた。

13アルタン・コルカンで夏を過ごす

至是太祖得了兀剌兒等城,於回回王過夏的阿勒壇豁兒桓山嶺處過夏了。就等候巴剌,差人去對拖雷說:「天氣暑熱,可來與我相合。」此時拖雷已取了亦魯等城,正攻做出黑扯連城,至城破,方回來與太祖相合。

このとき太祖はウラルなどの城を得て、回回の王が夏を過ごしていたアルタン・コルカンの山の背で夏を過ごした。そしてバラを待ちながら、人を遣わしてトルイに言った。「天気が暑いから、来てわたしと合せよ。」このときトルイはすでにイルなどの城を取り、ちょうどチュクチェレンの城を攻めているところで、城が破れてからようやく帰って来て太祖と合した。

14三人の子が分け前を残さず、三日まみえられない

拙赤、察阿歹、斡歌歹三人得了兀籠格赤城,將百姓分了,不曾留下太祖處的分子。及回,太祖三日不許三子入見。木合裏等說:「不服的回回百姓已屈服了。分了的城池,及分要的兒子,皆是皇帝的。天地祐護,既屈服了回回百姓,俺眾人皆歡喜。皇帝如何這般怒?兒子每既知不是,已怕了,在後教他戒慎,可以著他來見。」太祖怒遂少止,教拙赤等來見。太祖依舊怪責,三子恐懼流汗。有帶弓箭的晃孩、晃塔合兒、搠兒馬罕等三人向前說:「三子如初調習的鷹雛一般,方才出征,如此怪責,恐向後學上的心怠慢了。如今日出入所在,皆是敵人。將俺如西番狗般使去,天若祐護,將敵人勝了,凡金銀匹帛,都將來獻。」又說:「這西邊有巴黑塔惕種的百姓合裏伯王,可命那裏出征。」太祖道是,怒遂息,留晃孩、晃塔合兒二人,命搠兒馬罕征合裏伯王去了。

ジョチ、チャガダイ、オゴデイの三人はウルゲンチの城を得て、民を分け取りながら、太祖に行くべき分を残さなかった。帰って来ると、太祖は三日のあいだ三人の子が入ってまみえるのを許さなかった。ムカリらが言った。「従わなかった回回の民はすでに屈しました。分けた城も、分け取った子らも、みな皇帝のものです。天地が助けて回回の民を屈させたので、われら多くの者はみな喜んでおります。皇帝はどうしてこれほどお怒りになるのですか。ご子息たちはすでに誤りを知って恐れておりますから、のちに慎ませることにして、入ってまみえさせてください。」太祖の怒りはついに少しおさまり、ジョチらを入ってまみえさせた。太祖がなお責めると、三人の子は恐れて汗を流した。弓矢を帯びるコンカイ、コントカル、チョルマカンの三人が前に出て言った。「三人のご子息は、いま調え始めた若い鷹のようなものです。ようやく出征したばかりなのに、これほど責められては、のちに学ぼうとする心が怠るのではないかと恐れます。いま日の出入りする所はみな敵です。われらを西蕃の犬のように使ってお遣わしください。天が助けて敵に勝てば、金も銀も絹もみな持って来て献じます。」また言った。「この西にバグダードの一族の民とカリフ王がおります。そこへ戦いに行けとお命じください。」太祖はよしと言い、怒りはついにおさまった。コンカイとコントカルの二人は留め、チョルマカンに命じてカリフ王を討ちに行かせた。

15インドとバグダードの間を討たせる

再欣都思種、巴黑塔惕種兩間,有阿魯等種,命朵兒伯朵黑申去征進。

さらにインドの一族とバグダードの一族の間にアルなどの諸族があったので、ドルベイ・ドクシンに命じて討ちに行かせた。

16スベエテイをイディルの彼方キエフまで送る

再命速別額臺勇士征迤北康鄰等十一部落,渡亦的勒、劄牙黑二水,直至乞瓦綿客兒綿等城。

さらにスベエテイ勇士に命じて北のカングリンなど十一の部落を討たせたので、イディルとジャヤクの二つの水を渡り、まっすぐキエフとケルメンなどの城に至った。

17ヤラワチ父子に城を任せる

太祖再取了回回各城,命人鎮守。有姓忽魯木石,名牙剌窪赤的回回,父子二人自兀籠格赤城來見太祖。因其能知城池的緣故,遂命其子馬思忽惕與鎮守官,一同管不合兒等城。又命牙剌窪赤管北平。

太祖はさらに回回の諸城を取り、人に守らせた。姓がクルムシ、名がヤラワチという回回の人が、その子とともにウルゲンチの城から来て太祖にまみえた。彼が城の事情をよく知っていたので、ついにその子マスクドに命じて、守りの官人とともにブハラなどの城を治めさせた。またヤラワチに命じて北平を治めさせた。

18七年ぶりにトラ河の黒林へ帰る

太祖征回回七年。初,命巴剌追回回王劄勒丁並剌篾力克王,追過申河,直至欣都思種地面。根尋不見,回來,卻將欣都思邊城百姓的駝、羊都擄了。於是太祖遂回至額兒的石地面過夏。第七年雞兒年秋,回到禿剌河黑林的舊營內。

太祖が回回を討ったのは七年であった。はじめバラに命じて回回の王ジャラール・アッディーンとメリク王を追わせたので、シンド河を渡り、まっすぐインドの一族の地まで追った。根を尋ねたが見つからず、帰る途中、かえってインドの辺りの城の民の駱駝と羊をみな捕らえて来た。そこで太祖はついに帰って、イルティシの地に至って夏を過ごした。七年目の鶏年の秋、トラ河の黒林の古い営に帰り着いた。