いにしえの文 › 武経七書(七つの兵法書)— 孫子を除いた六つ › 尉繚子

尉繚子 — 踵軍令尉繚子 踵軍令

武経七書(七つの兵法書)— 孫子を除いた六つ 武經七書 · 姜太公に仮託・黄石公に仮託・尉繚・呉起・司馬穰苴・李靖 · 戦国時代〜唐(紀元前4世紀〜7世紀) · 段落 4 · 漢字 245字 · 朗読 1.0分

武経七書(七つの兵法書)— 孫子を除いた六つ 尉繚子 宋が武官を選ぶ教科書として定めた七つの兵書のうち、孫子兵法を除いた六つ。六韜は文王・武王が太公望に問う問答で、国の治めから車・騎兵・野戦・水渡りまで六十篇、三略は黄石公が張良に与えたという短い三篇、尉繚子は秦の前後の軍令と伍・什の編制を細かに記した二十四篇、呉子は呉起が魏の武侯に答えた六篇、司馬法は春秋以前の軍礼を伝える五篇、李衛公問対は唐の太宗と李靖が奇正・虚実・蕃漢・攻守をやり取りした三巻である。「兵は凶器である」、「人を至らせて人に引かれない」、「千章万句も、さまざまな方法で誤らせるというその一句を越えない」がここから出た。孫子兵法の次に読む兵家の残りの六つの流れを一か所に集めた。

1踵軍 — 大軍から百里離れて先を行く軍

所謂踵軍者,去大軍百里,期於會地,為三日熟食,前軍而行,為戰合之表。合表,乃起踵軍,饗士,使為之戰勢,是謂趨戰者也。

いわゆる踵軍とは、大軍から百里離れ、集まる地を約し、三日分の煮炊きした糧を用意し、前の軍となって進み、戦いが始まる目印となるものである。目印が合えば踵軍を起こし、士に食わせ、戦いの勢いを作らせる。これを戦いに駆けつけるという。

2興軍 — 踵軍より前を行く軍

興軍者,前踵軍而行,合表乃起,去大軍一倍其道,去踵軍百里,期於會地,為六日熟食,使為戰備,分卒據要害。戰利則追北,按兵而趨之。踵軍遇有還者誅之。所謂諸將之兵,在四奇之內者勝也。

興軍は、踵軍より前を進み、目印が合えば起こす。大軍からはその道のりの二倍、踵軍からは百里離れ、集まる地を約し、六日分の煮炊きした糧を用意して戦いの備えをさせ、卒を分けて要害を占める。戦いが有利であれば敗走する敵を追うが、兵を落ち着かせてから駆ける。踵軍は引き返してくる者に出会えばこれを斬る。いわゆる諸将の兵のうち、四奇の内にある者が勝つのである。

3令が行われれば起こし、令のとおりにしない者は斬る

兵有什伍,有分有合,豫為之職,守要塞關梁而分居之。戰合表起,即皆會也。大軍為計日之食起,戰具無不及也,令行而起,不如令者有誅。

兵には什と伍があり、分かれることと合わさることがある。あらかじめその職分を定め、要塞や関や橋を守って分かれて居る。戦いが始まって目印が立てば、ただちにみな集まる。大軍は日数を計った糧を用意して起こし、戦いの道具は行き届かないものがない。令が行われれば起こし、令のとおりにしない者は斬る。

4分塞 — 戦おうとするならまず内を安らかにする

凡稱分塞者,四境之內,當興軍踵軍既行,則四境之民,無得行者。奉王之軍命,授持符節,名為順職之吏,非順職之吏而行者誅之。戰合表起,順職之吏,乃行用以相參,故欲戰先安內也。

いわゆる分塞とは、四方の境の内で、興軍と踵軍がすでに出発したならば、四方の境の民は歩き回ってはならないということである。王の軍令を奉じ、符節を授けられて持つ者を順職の吏という。順職の吏でない者が歩き回れば、これを斬る。戦いが始まって目印が立てば、順職の吏がはじめて動いて、互いに連絡をとる。だから戦おうとするなら、まず内を安らかにするのである。