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尚同中

墨子(墨翟の書) 墨子 · 墨翟とその門人たち · 紀元前4世紀頃 · 段落 14 · 漢字 2,554字 · 朗読 10.2分

墨子(墨翟の書) 戦国時代に儒家と並んで「二つの大きな群れ」に数えられた学派の文章である。一人の著述ではなく、墨翟とその門人たちが代を継いで加えたものなので、同じ主張を上・中・下の三通りに記した篇が多い。門派が分かれ、それぞれに写し取った跡と見られる。 十の主張が骨格である — 賢い者を高くし(尚賢)、上と義を同じくし(尚同)、あまねく愛し(兼愛)、攻めることを否とし(非攻)、用に節度を置き(節用)、葬に節度を置き(節葬)、天の意に従い(天志)、鬼神を明らかにし(明鬼)、音楽を否とし(非楽)、命を否とする(非命)。 「他人の家を見ることを自分の家のようにすれば、誰が盗むだろうか」が兼愛篇に、桃一つを盗めば罰しながら他国を攻めれば称えるという「非攻」の階段が、尺度なしに語れば「回る轆轤の上に日の出と日の入りの位置を立てるようなもの」だという三表が非命篇にある。 終わりの「公輸」の一篇は物語である。楚が雲梯を作って宋を攻めようとすると、墨子が十日十夜を歩いて行き、公輸盤と帯と木片で九度競って勝ち、帰る道で雨に遭い、よりによってその宋の村の門の内で雨を避けられない。

子墨子言曰:方今之時,復古之民始生未有正長之時,蓋其語曰:「天下之人異義。」是以一人一義,十人十義,百人百義。其人數茲衆,其所謂義者亦茲衆。是以人是其義,而非人之義,故交相非也。內之父子兄弟作怨讎,皆有離散之心,不能相和合,至乎舍餘力不以相勞,隱匿良道不以相教,腐㱙餘財不以相分,天下之亂也,至若禽獸然。無君臣上下長幼之節、父子兄弟之禮,是以天下亂焉。

墨子先生が言った。「いまこの時に、昔の民が生まれ始めてまだ正長のなかったころに立ち返ってみれば、おおよそその言うところに『天下の人は義が違う』とあった。これによって一人なら一つの義、十人なら十の義、百人なら百の義であった。その人の数が多くなるほど、いわゆる義も多くなった。

これによって人は自分の義を是とし、他人の義を非としたので、互いに非とし合った。内では父と子、兄と弟が怨みと仇を生み、みな離れ散る心を抱いて互いに和合できず、余る力を放っておいて互いに助けず、良い道を隠して互いに教えず、余った財を腐らせて臭わせながら互いに分けないまでに至った。天下の乱れは鳥や獣のようであった。君臣や上下や長幼の節がなく、父子や兄弟の礼がなかったので、これによって天下は乱れた。」

明乎民之無正長以一同天下之義,而天下亂也,是故選擇天下賢良聖知辯慧之人,立以爲天子,使從事乎一同天下之義。天子旣已立矣,以爲唯其耳目之請,不能獨一同天下之義,是故選擇天下贊閱賢良聖知辯慧之人,置以爲三公,與從事乎一同天下之義。天子三公旣已立矣,以爲天下博大,山林遠土之民不可得而一也,是故靡分天下,設以爲萬諸侯國君,使從事乎一同其國之義。國君旣已立矣,又以爲唯其耳目之請,不能獨一同其國之義,是故擇其國之賢者,置以爲左右將軍大夫,以遠至乎鄉里之長,與從事乎一同其國之義。

民に天下の義を一つに同じくする正長がなくて天下が乱れると明らかになったので、そこで天下の賢く善く聖く知があり弁えて慧い人を選び、立てて天子とし、天下の義を一つに同じくする事に当たらせた。

天子がすでに立つと、ただその耳目だけでは独りで天下の義を一つに同じくすることはできないとして、そこで天下にわたって見きわめ、賢く善く聖く知があり弁えて慧い人を選び、置いて三公とし、ともに天下の義を一つに同じくする事に当たらせた。

天子と三公がすでに立つと、天下は広く大きく、山林や遠い土地の民を一つにすることはできないとして、そこで天下を分けて万の諸侯や国君を設け、その国の義を一つに同じくする事に当たらせた。

国君がすでに立つと、またただその耳目だけでは独りでその国の義を一つに同じくすることはできないとして、そこでその国の賢者を択び、置いて左右の将軍や大夫とし、遠く郷や里の長に至るまで、ともにその国の義を一つに同じくする事に当たらせた。

天子、諸侯之君、民之正長,旣已定矣。天子爲發政施教,曰:「凡聞見善者必以告其上,聞見不善者亦必以告其上。上之所是必亦是之,上之所非必亦非之。己有善傍薦之,上有過規諫之。尚同義其上,而毋有下比之心,上得則賞之,萬民聞則譽之。意若聞見善不以告其上,聞見不善亦不以告其上。上之所是不能是,上之所非不能非。己有善不能傍薦之,上有過不能規諫之。下比而非其上者,上得則誅罰之,萬民聞則非毀之。」故古者聖王之爲刑政賞譽也,甚明察以審信,是以舉天下之人皆欲得上之賞譽,而畏上之毀罰。

天子と諸侯の君と民の正長がすでに定まると、天子は政を発し教えを施してこう言った。「およそ善を聞き見たら必ずその上に告げ、善くないことを聞き見てもまた必ずその上に告げよ。上が是とすることは必ずまた是とし、上が非とすることは必ずまた非とせよ。自分に善があればそばから薦め、上に過ちがあれば正して諫めよ。上と義を同じくし、下で党を組む心を持たない者は、上が知れば賞し、万民が聞けば誉める。

もし善を聞き見てもその上に告げず、善くないことを聞き見てもその上に告げず、上が是とすることを是とすることができず、上が非とすることを非とすることができず、自分に善があってもそばから薦めることができず、上に過ちがあっても正して諫めることができず、下で党を組んでその上を非とする者は、上が知れば誅し罰し、万民が聞けば非として謗る。」

だから昔の聖王が刑と政と賞と誉れを行うことは、きわめて明らかに察し、確かに見きわめたので、これによって天下の人を挙げてみな上の賞と誉れを得ようとし、上の謗りと罰を畏れた。

是故里長順天子政,而一同其里之義。里長旣同其里之義,率其里之萬民以尚同乎鄉長,曰:「凡里之萬民,皆尚同乎鄉長,而不敢下比。鄉長之所是必亦是之,鄉長之所非必亦非之。去而不善言,學鄉長之善言;去而不善行,學鄉長之善行。」鄉長固鄉之賢者也,舉鄉人以法鄉長,夫鄉何說而不治哉?察鄉長之所以治鄉而鄉治者,何故之以也?曰:唯以其能一同其鄉之義,是以鄉治。

だから里長は天子の政に従って、その里の義を一つに同じくした。里長がすでにその里の義を同じくすると、その里の万民を率いて郷長と上を同じくし、こう言った。「およそ里の万民はみな郷長と上を同じくし、あえて下で党を組むな。郷長が是とすることは必ずまた是とし、郷長が非とすることは必ずまた非とせよ。汝の善くない言葉を去って郷長の善い言葉を学び、汝の善くない行いを去って郷長の善い行いを学べ。」

郷長はもともと郷の賢者である。郷の人を挙げて郷長を法とさせるのだから、そもそも郷がどうして治まらないことがあろうか。郷長が郷を治めて郷が治まる理由を察すれば、何のゆえか。いう、ただ彼がよくその郷の義を一つに同じくしたので、これによって郷が治まったのである。

鄉長治其鄉,而鄉旣已治矣。有率其鄉萬民以尚同乎國君,曰:「凡鄉之萬民,皆上同乎國君,而不敢下比。國君之所是必亦是之,國君之所非必亦非之。去而不善言,學國君之善言;去而不善行,學國君之善行。」國君固國之賢者也,舉國人以法國君,夫國何說而不治哉?察國君之所以治國而國治者,何故之以也?曰:唯以其能一同其國之義,是以國治。

郷長がその郷を治めて郷がすでに治まると、その郷の万民を率いて国君と上を同じくし、こう言った。「およそ郷の万民はみな国君と上を同じくし、あえて下で党を組むな。国君が是とすることは必ずまた是とし、国君が非とすることは必ずまた非とせよ。汝の善くない言葉を去って国君の善い言葉を学び、汝の善くない行いを去って国君の善い行いを学べ。」

国君はもともと国の賢者である。国の人を挙げて国君を法とさせるのだから、そもそも国がどうして治まらないことがあろうか。国君が国を治めて国が治まる理由を察すれば、何のゆえか。いう、ただ彼がよくその国の義を一つに同じくしたので、これによって国が治まったのである。

國君治其國,而國旣已治矣。有率其國之萬民以尚同乎天子,曰:「凡國之萬民,皆上同乎天子,而不敢下比。天子之所是必亦是之,天子之所非必亦非之。去而不善言,學天子之善言;去而不善行,學天子之善行。」天子者,固天下之仁人也。舉天下之萬民以法天子,夫天下何說而不治哉?察天子之所以治天下而天下治者,何故之以也?曰:唯以其能一同天下之義,是以天下治。

国君がその国を治めて国がすでに治まると、その国の万民を率いて天子と上を同じくし、こう言った。「およそ国の万民はみな天子と上を同じくし、あえて下で党を組むな。天子が是とすることは必ずまた是とし、天子が非とすることは必ずまた非とせよ。汝の善くない言葉を去って天子の善い言葉を学び、汝の善くない行いを去って天子の善い行いを学べ。」

天子はもともと天下の仁なる人である。天下の万民を挙げて天子を法とさせるのだから、そもそも天下がどうして治まらないことがあろうか。天子が天下を治めて天下が治まる理由を察すれば、何のゆえか。いう、ただ彼がよく天下の義を一つに同じくしたので、これによって天下が治まったのである。

天下旣尚同乎天子,而未尚同乎天者,則天葘將猶未止也。故當若天降寒熱不節,雪霜雨露不時,五穀不孰,六畜不遂,疾葘戾疫,飄風苦雨,荐臻而至者,此天之降罰也,將以罰下人之不尚同乎天者也。

天下がすでに天子と上を同じくしても、まだ天と上を同じくしなければ、天の災いはやはりやまない。だから、天が寒さと暑さを節に合わないように下し、雪や霜や雨や露を時に合わないようにし、五穀が熟さず、六畜が育たず、病や災いや激しい疫病やつむじ風や長雨が重ねて至るのは、これは天が罰を下して、下の人のうち天と上を同じくしない者を罰しようとするのである。

故古者聖王明天鬼之所欲,而避天鬼之所憎,以求興天下之利,除天下之害。是以率天下之萬民,齋戒沐浴,絜爲酒醴粢盛,以祭祀天鬼。其事鬼神也,酒醴粢盛不敢不蠲潔,犧牲不敢不腯肥,珪璧幣帛不敢不中度量,春秋祭祀不敢失時幾,聽獄不敢不中,分財不敢不均,居處不敢怠慢。曰:其爲正長若此,是故上者天鬼有厚乎其爲政長也,下者萬民有便利乎其爲政長也。天鬼之所深厚,而彊從事焉,則天鬼之福可得也;萬民之所便利,而能彊從事焉,則萬民之親可得也。其爲政若此,是以謀事得,舉事成,入守固,出誅勝。曰:何故之以也?曰:唯而以尚同爲政者也。故古者聖王之爲政若此。

だから昔の聖王は、天と鬼神が望むところを明らかにし、天と鬼神が憎むところを避けて、天下の利を興し天下の害を除くことを求めた。

これによって天下の万民を率いて、斎戒し沐浴し、清めて酒や供え物の穀物を用意し、天と鬼神を祭った。その鬼神に仕えるにあたっては、酒や供え物の穀物をあえて清めないことはなく、犠牲をあえて肥えさせないことはなく、玉や幣帛をあえて度量に合わせないことはなく、春秋の祭祀にあえて時を失わず、訴えを聴くにあえて当たらないようにせず、財を分けるにあえて均しくしないようにせず、暮らしにあえて怠り驕らなかった。

いう。その正長であることがこのようであったので、上には天と鬼神がその政の長であることを厚いものとし、下には万民がその政の長であることを便利なものとした。天と鬼神が深く厚いとするところを努めて行えば、天と鬼神の福を得ることができ、万民が便利とするところをよく努めて行えば、万民の親しみを得ることができる。

その政を執ることがこのようであったので、これによって事を謀れば得られ、事を起こせば成り、入って守れば固く、出て討てば勝った。いう。何のゆえか。いう、ただ上を同じくすることで政を執ったからである。だから昔の聖王が政を執ることはこのようであった。

今天下之人曰:方今之時,天下之正長猶未廢乎天下也,而天下之所以亂者,何故之以也?子墨子曰:方今之時之以正長,則本與古者異矣,譬之若有苗之以五刑然。昔者聖王制爲五刑,以治天下,逮至有苗之制五刑,以亂天下。則此豈刑不善哉?用刑則不善也。是以先王之書《呂刑》之道曰:「苗民否用練,折則刑,唯作五殺之刑,曰法。」則此言善用刑者以治民,不善用刑者以爲五殺。則此豈刑不善哉?用刑則不善,故遂以爲五殺。是以先王之書《術令》之道曰:「惟口出好興戎。」則此言善用口者出好,不善用口者以爲讒賊寇戎。則此豈口不善哉?用口則不善也,故遂以爲讒賊寇戎。

いま天下の人が言う。「いまこの時に、天下の正長はやはりまだ天下で廃されていないのに、天下が乱れるのは何のゆえか。」

墨子先生が言った。「いまこの時に正長を置くことは、根本から昔とは違う。たとえば有苗が五つの刑を用いたようなものだ。昔、聖王が五つの刑を制して天下を治めたが、有苗が五つの刑を制するに至っては天下を乱した。それならこれがどうして刑が善くないからであろうか。刑の用い方が善くなかったのである。

これによって先王の書『呂刑』の道にいう、『苗の民は習い整えることを用いず、折り曲げて刑し、ただ五つの殺す刑を作って法と呼んだ』と。これは、刑をよく用いる者は民を治め、刑をよく用いない者は五つの殺しとしたことを言うのである。それならこれがどうして刑が善くないからであろうか。刑の用い方が善くなかったので、ついに五つの殺しとなったのである。

これによって先王の書『術令』の道にいう、『ただ口が好いものを出し、戦いを起こす』と。これは、口をよく用いる者は好いものを出し、口をよく用いない者は謗りや害や寇や戦いとしたことを言うのである。それならこれがどうして口が善くないからであろうか。口の用い方が善くなかったので、ついに謗りや害や寇や戦いとなったのである。」

故古者之置正長也,將以治民也。譬之若絲縷之有紀,而罔罟之有綱也,將以運役天下淫暴而一同其義也。是以先王之書《相年》之道曰:「夫建國設都,乃作后王君公,否用泰也,卿大夫師長,否用佚也,維辯使治天均。」則此語古者上帝鬼神之建設國都立正長也,非高其爵、厚其祿、富貴佚而錯之也,將以爲萬民興利除害、富貧衆寡、安危治亂也。故古者聖王之爲政若此。

だから昔、正長を置いたのは、民を治めようとしてであった。たとえば糸筋に紀があり、網に綱があるようなもので、天下のみだれ暴れる者を動かし働かせて、その義を一つに同じくしようとしてであった。

これによって先王の書『相年』の道にいう、「そもそも国を建て都を設けて后王や君公を作るのは、驕り大きくしようとしてではなく、卿や大夫や師や長を置くのは、安逸にしようとしてではなく、ただ分けて天の均しさを治めさせようとしてである」と。

これは、昔、上帝や鬼神が国や都を建て設け、正長を立てたのは、その爵を高くしその禄を厚くして、富み貴く安逸に置こうとしてではなく、万民のために利を興し害を除き、貧しい者を富ませ少ない者を多くし、危うい者を安んじ乱れた者を治めようとしてであったことを言うのである。だから昔の聖王が政を執ることはこのようであった。

今王公大人之爲刑政則反此。政以爲便嬖宗族、父兄故舊,立以爲左右,置以爲正長。民知上置正長之非正以治民也,是以皆比周隱匿,而莫肯尚同其上,是故上下不同義。若苟上下不同義,賞譽不足以勸善,而刑罰不足以沮暴。何以知其然也?曰:上唯毋立而爲政乎國家,爲民正長,曰:「人可賞,吾將賞之。」若苟上下不同義,上之所賞,則衆之所非,曰:人衆與處,於衆得非。則是雖使得上之賞,未足以勸乎。上唯毋立而爲政乎國家,爲民正長,曰:「人可罰,吾將罰之。」若苟上下不同義,上之所罰,則衆之所譽,曰:人衆與處,於衆得譽。則是雖使得上之罰,未足以沮乎。若立而爲政乎國家,爲民正長,賞譽不足以勸善,而刑罰不足以沮暴,則是不與鄉吾本言民始生未有正長之時同乎?若有正長與無正長之時同,則此非所以治民一衆之道。

いま王公や大人が刑と政を執るのはこれと逆である。政をもって、近づけへつらう者や一族や父や兄や古い知り合いを左右に立て、正長に置く。

民は、上が正長を置いたのが民を治めるための正しさでないと知るので、これによってみな党を組んで隠し合い、誰もその上と同じくしようとしない。だから上下が義を同じくしない。

もし上下が義を同じくしなければ、賞と誉れは善を勧めるに足らず、刑罰は暴を阻むに足らない。

何によってそうだと知るのか。いう。上がただ立って国家に政を執り、民の正長となってこう言うとする。「この人は賞すべきだから、私が賞そう。」もし上下が義を同じくしなければ、上が賞する者を人々は非とする。いう、「その人は人々とともに暮らしていて、人々から非とされた」と。それなら、たとえ上の賞を得させても、勧めるに足らない。

上がただ立って国家に政を執り、民の正長となってこう言うとする。「この人は罰すべきだから、私が罰しよう。」もし上下が義を同じくしなければ、上が罰する者を人々は誉める。いう、「その人は人々とともに暮らしていて、人々から誉められた」と。それなら、たとえ上の罰を得させても、阻むに足らない。

もし立って国家に政を執り、民の正長となったのに、賞と誉れが善を勧めるに足らず、刑罰が暴を阻むに足らないなら、これは先に私がもともと言った、民が生まれ始めてまだ正長のなかったころと同じではないか。正長がいることと正長がいないころが同じなら、これは民を治め人々を一つにする道ではない。

故古者聖王唯而以尚同以爲正長,是故上下情請爲通。上有隱事遺利,下得而利之;下有蓄怨積害,上得而除之。是以數千萬里之外有爲善者,其室人未徧知,鄉里未徧聞,天子得而賞之;數千萬里之外有爲不善者,其室人未徧知,鄉里未徧聞,天子得而罰之。是以舉天下之人皆恐懼振動惕慄,不敢爲淫暴,曰:「天子之視聽也神。」先王之言曰:「非神也,夫唯能使人之耳目助己視聽,使人之吻助己言談,使人之心助己思慮,使人之股肱助己動作。」助之視聽者衆,則其所聞見者遠矣;助之言談者衆,則其德音之所撫循者博矣;助之思慮者衆,則其談謀度速得矣;助之動作者衆,卽其舉事速成矣。

だから昔の聖王は、ただ上を同じくすることで正長を定めたので、上下の実情が通じた。上に隠れた事や遺された利があれば下が得てこれを利とし、下に溜まった怨みや積もった害があれば上が得てこれを除いた。

これによって、数千万里の外に善を行う者がいて、その家の人がまだ知り渡らず、郷や里がまだ聞き渡らなくても、天子は知ってこれを賞し、数千万里の外に善くないことを行う者がいて、その家の人がまだ知り渡らず、郷や里がまだ聞き渡らなくても、天子は知ってこれを罰した。

これによって天下の人を挙げてみな恐れ畏れ震え慎み、あえてみだれ暴れることをせず、こう言った。「天子の見聞きは神妙だ」と。

先王の言葉にいう、「神妙なのではない。そもそもただ、人の耳目に自分の見聞きを助けさせ、人の口に自分の言談を助けさせ、人の心に自分の思慮を助けさせ、人の手足に自分の動作を助けさせることができたのだ」と。

見聞きを助ける者が多ければその聞き見るところは遠く、言談を助ける者が多ければその徳の声が撫でめぐるところは広く、思慮を助ける者が多ければその談じ謀り度ることは速く得られ、動作を助ける者が多ければ、その起こす事は速く成る。

故古者聖人之所以濟事成功,垂名於後世者,無他故異物焉,曰:唯能以尚同爲政者也。是以先王之書《周頌》之道之曰:「載來見彼王,雖求厥章。」則此語古者國君諸侯之以春秋來朝聘天子之廷,受天子之嚴教。退而治國,政之所加,莫敢不賓。當此之時,本無有敢紛天子之教者。《詩》曰:「我馬維駱,六轡沃若。載馳載驅,周爰諮度。」又曰:「我馬維騏,六轡若絲。載馳載驅,周爰咨謀。」卽此語古者國君諸侯之聞見善與不善也,皆馳驅以告天子。是以賞當賢,罰當暴,不殺不辜,不失有罪,則此尚同之功也。

だから昔の聖人が事を済ませ功を成し、名を後の世に垂れた理由は、他の理由も他の物もない。いう、ただよく上を同じくすることで政を執ったからである。

これによって先王の書『周頌』の道がこれを述べていう、「はじめて来てあの王に見え、その章を求めた」と。これは、昔の国君や諸侯が春秋に来て天子の廷に朝し聘して天子の厳かな教えを受け、退いて国を治めると、政の及ぶところ、あえて賓として従わない者はなかったことを言うのである。このころは、もともとあえて天子の教えを乱す者はいなかった。

『詩』にいう、「わが馬は駱、六つの手綱はなめらか。駆けさせ走らせ、あまねく問い度る」と。また「わが馬は騏、六つの手綱は糸のよう。駆けさせ走らせ、あまねく問い謀る」と。これはつまり、昔の国君や諸侯が善と善くないことを聞き見れば、みな駆け走らせて天子に告げたことを言うのである。これによって賞は賢者に当たり、罰は暴な者に当たり、罪のない者を殺さず、罪のある者を見逃さなかった。これが上を同じくすることの功である。

是故子墨子曰:今天下之王公大人士君子,請將欲富其國家,衆其人民,治其刑政,定其社稷,當若尚同之不可不察,此之本也。

だから墨子先生が言った。「いま天下の王公や大人や士や君子が、まことにその国家を富ませ、その人民を多くし、その刑と政を治め、その社稷を定めようとするなら、まさに上を同じくすることを察しないわけにはいかない。これがその根本である。」