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立教篇

明心宝鑑(心を明らかにする宝の鏡) 明心寶鑑 · 范立本 編 · 1393年(明・洪武26年) · 段落 17 · 漢字 1,167字 · 朗読 4.7分

明心宝鑑(心を明らかにする宝の鏡) 本編 心を明らかにする宝の鏡。経典と諸子百家から善く生きる道を抜き出して編んだ箴言集で、朝鮮の書堂では千字文の次に読まれた。八反歌八首と、孫順・印観・洪耆燮といった韓国の話も併せて収められている。

1六つの根本

子曰:「立身有義而孝為本,喪祀有禮而哀為本。戰陣有列而勇為本,治政有理而農為本。居國有道而嗣為本,生財有時而力為本。」

孔子が言った。「身を立てるには義があり、孝が根本である。葬礼と祭祀には礼があり、哀しみが根本である。戦陣には隊列があり、勇が根本である。政を治めるには理があり、農が根本である。国を保つには道があり、跡継ぎが根本である。財を生むには時があり、努めることが根本である。」

2政は公正と清廉

《景行錄》雲:「為政之要,曰公與清。成家之要,曰儉與勤。」

《景行録》に言う。「政の要は、公正と清廉である。家を成す要は、倹約と勤勉である。」

3家を興す根本

讀書起家之本,循理保家之本,勤儉治家之本,和順齊家之本。

書を読むことは家を興す根本、理に従うことは家を保つ根本、勤勉と倹約は家を治める根本、和やかで素直であることは家を整える根本である。

4勤勉と倹約

勤者富之本,儉者富之源。

勤勉は富の根本であり、倹約は富の源である。

5三つの計

《孔子三計圖》雲:「一生之計在於勤,一年之計在於春,一日之計在於寅。幼而不學,老無所知。春若不耕,秋無所望。寅若不起,日無所辦。」

《孔子三計図》に言う。「一生の計は勤めることにあり、一年の計は春にあり、一日の計は明け方にある。幼いときに学ばなければ、老いて知るところがない。春に耕さなければ、秋に望むものがない。明け方に起きなければ、その日に片づけるものがない。」

6五つの教えの条目

《性理書》雲:「五教之目:父子有親,君臣有義,夫婦有別,長幼有序,朋友有信。」

《性理書》に言う。「五つの教えの条目はこうである。父と子の間には親しみがあり、君と臣の間には義があり、夫と妻の間には分別があり、年長者と年少者の間には順序があり、友の間には信がある。」

7古霊の陳先生の民への教え

古靈陳先生為仙居令,教其民曰:「為吾民者,父義母慈,兄友弟恭,子孝婦順,夫婦有恩,男女有別,子弟有學,鄉閩有禮。貧窮患難,親戚相救;婚姻死喪,鄰保相助。毋惰農業,毋作盜賊,毋學賭博,毋好爭訟,毋以強凌弱,毋以惡凌善,毋以富吞貧。行者讓路,耕者讓畔,班白者不負戴於道路,則為禮義之俗矣。」

古霊の陳先生が仙居の令となり、その民を教えて言った。「わが民となる者は、父は義しく母は慈しみ、兄は友となり弟は恭しく、子は孝であり嫁は素直であり、夫婦には恩があり男女には分別があり、子弟には学びがあり、村里には礼があるようにせよ。貧窮と患難には親戚が互いに救い、婚礼と葬儀には隣人が互いに助けよ。農事を怠るな。盗みをするな。賭け事を習うな。争って訴えることを好むな。強さで弱さを押さえつけるな。悪で善を押さえつけるな。富で貧しさを飲み込むな。道を行く者は道を譲り、田を耕す者は畔を譲り、髪の白くなった者が路上で荷を担ったり頭に載せたりしないようにすれば、礼と義の風俗となるだろう。」

8善い心を養えば

《性理書》雲:「教人者,養其善心而惡自消。治民者,導之以敬讓而爭自息。」

《性理書》に言う。「人を教える者は、その善い心を養って悪が自ずから消えるようにし、民を治める者は、敬いと譲りをもって導いて争いが自ずから止むようにする。」

9それぞれのとどまる場所

《禮》雲:「為君止於仁,為父止於慈,為子止於孝,為友止於信,為弟止於敬,為國人交止於信。若為斯道,可以為政理矣。」

《礼記》に言う。「君となっては仁にとどまり、父となっては慈にとどまり、子となっては孝にとどまり、友となっては信にとどまり、弟となっては敬にとどまり、国の人と交わるには信にとどまれ。この道を行えば、政を治めることができる。」

10忠臣は二人の君に仕えない

王蠋曰:「忠臣不事二君,烈女不更二夫。」

王蠋が言った。「忠臣は二人の君に仕えず、烈女は二人の夫を取り替えて仕えない。」

11公平と清廉

文中子曰:「治官莫若平,臨財莫若廉。」

文中子が言った。「官を治めるには公平にまさるものがなく、財に臨むには清廉にまさるものがない。」

12琴を弾くように、手綱を取るように

《說苑》雲:「治國若彈琴,治家若執轡。」

《説苑》に言う。「国を治めるのは琴を弾くようであり、家を治めるのは手綱を取るようである。」

13孝は力を尽くし、忠は命を

孝當竭力,忠則盡命。

孝はまさに力を尽くすべきであり、忠は命を尽くすものである。

14女は貞潔、男は才良

女慕貞潔,男效才良。

女は貞しく潔いことを慕い、男は才と善さを見習え。

15張思叔の座右の銘

張思叔座右銘曰:「凡語必忠信,凡行必篤敬。飲食必慎節,字畫必楷正。容貌必端莊,衣冠必整肅。步履必安詳,居處必正靜。作事必謀,出言必顧行。常德必固持,然諾必重應。見善如己出,見惡如己病。凡此十四者,我皆未深省。書此當座隅,朝夕視為警。」

張思叔の座右の銘に言う。「およそ言葉は必ず忠実で信があるように、およそ行いは必ず篤く敬うようにせよ。飲食は必ず慎んで節し、文字は必ず楷書で正しく書け。容貌は必ず端正で重々しく、衣冠は必ず整えて厳かにせよ。歩みは必ず落ち着いて静かに、住まいは必ず正しく静かにせよ。事を行うには必ず謀をもって始め、言葉を出すときは必ず行えるかを顧みよ。常の徳は必ず固く持ち、承諾は必ず重んじて応えよ。善を見れば自分から出たことのようにし、悪を見れば自分の病のようにせよ。およそこの十四のことは、私もまだ深く省みきれていない。これを書いて席の隅に置き、朝夕に見て戒めとする。」

16範益謙の座右の銘

範益謙座右銘:「一不言朝廷利害邊報差除;二不言州縣官員長短得失;三不言眾人所作過惡;四不言仕進官職趨時附勢;五不言財利多少厭貧求富;六不言淫媟戲慢評論女色;七不言求覓食人物乾索酒食。」又曰:「人附書信,不可開拆沉滯。與人並坐,不可窺人私書。凡入人家,不可看人文字。凡借人物,不可損壞不還。凡吃飲食,不可揀擇去取。與人同處,不可自擇便利。凡人富貴,不可嘆羨慕詆毀。凡此數事,有犯之者,足以見其意之不肖,於存心修身大有所害,因書以自警。」

範益謙の座右の銘である。「一つ、朝廷の利害と辺境の報せと官の任命を言うな。二つ、州県の官員の長短と得失を言うな。三つ、人々が犯した過ちと悪事を言うな。四つ、官職に進むことや、時勢に従って勢力にすり寄ることを言うな。五つ、財利の多少や、貧しさを嫌って富を求めることを言うな。六つ、みだりで下品な戯れ言や女色の評判を言うな。七つ、人の物をねだり求めたり、酒や飯を無理に請うことを言うな。」

また言う。「人が託した手紙を開いて見たり、滞らせたりしてはならない。人と並んで座って、人の私信をのぞいてはならない。およそ人の家に入って、人の書いたものを見てはならない。およそ人の物を借りて、傷めたり返さなかったりしてはならない。およそ飲食をするとき、選び取ったり捨てたりしてはならない。人と共に過ごすとき、自分だけ便利なものを選んではならない。およそ人の富貴を羨んで讃えたり、そしったりしてはならない。およそこのいくつかのことを犯す者があれば、その心づかいの劣ることを見るに十分であり、心を保ち身を修めるのに大いに害があるから、これを書いて自ら戒めとする。」

17家の十の盗

武王問太公曰:「人居世上,何有貴賤貧富不同?願聞其說。」太公曰:「富貴如聖人之德,皆由天命。富者用之有節,不富者家有十盜。」武王曰:「何為十盜?」太公曰:「時熟不收為一盜,收積不了為二盜,無事燃燈寢睡為三盜,慵懶不耕為四盜,不施工力為五盜,專行竊害為六盜,養畜太多為七盜,晝夜懶起為八盜,貪酒嗜欲為九盜,強行憤世嫉俗為十盜。」武王曰:「家無十盜,不富者何如?」太公曰:「人家必有三耗。」武王曰:「何名三耗?」太公曰:「倉庫漏濕不蓋鼠雀亂食為一耗,收種失時為二耗,拋撒米穀穢賤為三耗。」武王曰:「家無三耗,不富者何?」太公曰:「人家必有一錯二誤三痴四失五逆六不祥七奴八賤九愚十強。自招其禍,非天降殃。」武王曰:「悉願聞之。」太公曰:「養男不教訓為一錯,嬰孩不訓為二誤,初迎新婦不行教訓為三痴,未語先笑為四失,不養父母為五逆,夜起赤身為六不祥,好挽他弓為七奴,愛騎他馬為八賤,吃他酒勸他人為九愚,勸他飯命朋友為十強。」武王曰:「甚矣,誠哉斯言也。」

武王が太公に尋ねた。「人が世に生きるのに、どうして貴賤と貧富が同じでないのですか。願わくはその説をお聞かせください。」太公が言った。「富貴は聖人の徳と同じで、どれも天命によるものです。富む者は用いるのに節度があり、富まない者の家には十の盗があります。」

武王が「何が十の盗ですか」と言うと、太公が言った。「穀物が熟したのに収めないのが第一の盗です。収めて積むことを終えないのが第二の盗です。用もないのに灯をつけたまま寝入るのが第三の盗です。怠けて耕さないのが第四の盗です。手間をかけないのが第五の盗です。ひたすら狡くて害になることばかりするのが第六の盗です。飼う家畜が多すぎるのが第七の盗です。昼寝をして朝に遅く起きるのが第八の盗です。酒を貪り歓楽を好むのが第九の盗です。人をひどく妬むのが第十の盗です。」

武王が「家に十の盗がないのに富まないのはどうしてですか」と言うと、太公が言った。「そういう人の家には必ず三つの耗があります。」武王が「何を三つの耗といいますか」と言うと、太公が言った。「倉が漏れて湿るのに覆わず、鼠や雀が思うまま食べるのが第一の耗です。収穫と種まきの時を逃すのが第二の耗です。穀物をまき散らし、汚く粗末に扱うのが第三の耗です。」

武王が「家に三つの耗がないのに富まないのはどうしてですか」と言うと、太公が言った。「そういう人の家には必ず一錯・二誤・三痴・四失・五逆・六不祥・七奴・八賤・九愚・十強があって、自らその禍を招くのであり、天が災いを下すのではありません。」

武王が「そのすべてを聞きたい」と言うと、太公が言った。「男の子を育てながら教えないのが第一の誤りです。幼い子を諭さないのが第二の過ちです。嫁を初めて迎えて厳しく教えないのが第三の愚かさです。話す前にまず笑うのが第四の過失です。父母を養わないのが第五の背きです。夜に裸で起き出すのが第六の不吉です。人の弓を引くのを好むのが第七の卑屈さです。人の馬に乗るのを楽しむのが第八の賤しさです。人の酒を飲みながら人に勧めるのが第九の愚かさです。人の飯を食べながら友に食えと言うのが第十の厚かましさです。」

武王が言った。「極まっている。まことに真実である、この言葉は。」

夾注 1

底本は「甚矣」とあり、底本のまま読んだ。他の版本は「甚美(はなはだ美しい)」と記す。 ― 訳者