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微子微子第十八

論語(孔子とその弟子たちの語録) 論語 · 孔子とその弟子たち(門人の集録) · 戦国時代に集成(紀元前5〜3世紀) · 段落 11 · 漢字 728字 · 朗読 2.9分

論語(孔子とその弟子たちの語録) 全一巻 「学びて時にこれを習う、また喜ばしいことではないか」で始まる、東アジアで最も長く読まれてきた書。孔子と弟子たちの問答497章。朝鮮五百年の士の必読書であり、今も人が生きるための言葉がここから出てくる。

1殷の三人の仁者

微子去之,箕子爲之奴,比干諫而死。孔子曰:「殷有三仁焉。」

微子は去り、箕子は奴となり、比干は諫めて死んだ。孔子が言われた。「殷に三人の仁者がいた。」

2三度退けられた柳下恵

柳下惠爲士師,三黜。人曰:「子未可以去乎?」曰:「直道而事人,焉往而不三黜?枉道而事人,何必去父母之邦?」

柳下恵が士師となって三度退けられた。人々が「あなたは去ってもよいのではないか」と言うと、彼は言った。「道をまっすぐにして人に仕えれば、どこへ行っても三度退けられないことがあろうか。道を曲げて人に仕えるのなら、どうして父母の国を去る必要があろうか。」

3斉の景公が孔子を待遇する件

齊景公待孔子,曰:「若季氏則吾不能,以季、孟之閒待之。」曰:「吾老矣,不能用也。」孔子行。

斉の景公が孔子を待遇することについて言った。「季氏のようにはできないが、季氏と孟氏の中間の待遇にしよう。」そして「私は年老いて用いることができない」と言ったので、孔子は去られた。

4女楽を受けて三日朝廷に出ない

齊人歸女樂,季桓子受之,三日不朝。孔子行。

斉の人々が女楽を贈ってくると、季桓子がそれを受け取って三日の間、朝廷に出なかったので、孔子は去られた。

5楚の狂人・接輿の歌

楚狂接輿,歌而過孔子,曰:「鳳兮!鳳兮!何德之衰?往者不可諫,來者猶可追。已而!已而!今之從政者殆而!」孔子下,欲與之言。趨而辟之,不得與之言。

楚の狂人、接輿が歌いながら孔子のそばを通り過ぎた。「鳳よ、鳳よ。どうして徳が衰えたのか。過ぎ去ったものは諫めることができないが、来るものはなお追うことができる。やめよ、やめよ。今、政治にたずさわる者は危ういぞ。」孔子は車を降りて彼と話そうとされたが、小走りで避けたので、共に話すことができなかった。

6長沮と桀溺 — 鳥や獣と群れることはできない

長沮、桀溺耦而耕。孔子過之,使子路問津焉。長沮曰:「夫執輿者爲誰?」子路曰:「爲孔丘。」曰:「是魯孔丘與?」曰:「是也。」曰:「是知津矣!」問於桀溺,桀溺曰:「子爲誰?」曰:「爲仲由。」曰:「是魯孔丘之徒與?」對曰:「然。」曰:「滔滔者,天下皆是也,而誰以易之?且而與其從辟人之士也,豈若從辟世之士哉?」耰而不輟。子路行以吿,夫子憮然曰:「鳥獸不可與同群!吾非斯人之徒與而誰與?天下有道,丘不與易也。」

長沮と桀溺が並んで畑を耕していた。孔子が通りかかり、子路に渡し場を尋ねさせられた。長沮が「あの手綱を取っている人は誰か」と言うと、子路は「孔丘先生です」と言った。「あの魯の孔丘か。」「そうです。」「それなら渡し場は知っているだろう。」桀溺に尋ねると、桀溺が「あなたは誰か」と言った。「仲由です。」「あの魯の孔丘の弟子か。」「そうです」と答えると、言った。「とうとうと流れるのは天下すべてがこうなのだから、誰と共に変えようというのか。それに、あなたは人を避ける士に従うより、世を避ける士に従うほうがよいではないか。」そして種に土をかける手を止めなかった。子路が行って申し上げると、孔子は寂しそうに言われた。「鳥や獣と共に群れて暮らすことはできない。私がこの人々の仲間と共にしないで、誰と共にしようか。天下に道があったなら、私も共に変えようとはしなかっただろう。」

7杖に竹かごをかけた老人

子路從而後,遇丈人,以杖荷蓧。子路問曰:「子見夫子乎?」丈人曰:「四體不勤,五穀不分,孰爲夫子?」植其杖而芸。子路拱而立。止子路宿,殺雞爲黍而食之,見其二子焉。明日,子路行以吿。子曰:「隱者也。」使子路反見之。至則行矣。子路曰:「不仕無義。長幼之節,不可廢也;君臣之義,如之何其廢之?欲潔其身,而亂大倫。君子之仕也,行其義也。道之不行,已知之矣。」

子路が従って行くうちに遅れ、杖に竹かごをかけた老人に出会った。子路が「ご老人は私の先生を見ましたか」と尋ねると、老人は「手足を働かせず、五穀も見分けられないのに、誰が先生というのか」と言って、杖を突き立てて草を取った。子路が両手を組んで立っていると、子路を引き止めて泊めてやり、鶏をつぶし黍飯を炊いて食べさせ、二人の子をあいさつさせた。翌日、子路が行って申し上げると、孔子は「隠者である」と言われ、子路を引き返させて会わせようとされたが、着いてみるとすでに去っていた。子路が言った。「仕えないのは義がないことである。年長者と年少者の節度さえ廃することができないのに、君臣の義をどうして廃することができようか。自分の身を清くしようとして、大きな人倫を乱すことになる。君子が仕えるのはその義を行うためであり、道が行われないことは、先生はすでにご存じである。」

8逸民 — 私はよいもよくないもない

逸民:伯夷、叔齊、虞仲、夷逸、朱張、柳下惠、少連。子曰:「不降其志,不辱其身,伯夷叔齊與!」謂柳下惠、少連:「降志辱身矣。言中倫,行中慮,其斯而已矣。」謂虞仲、夷逸:「隱居放言,身中淸,廢中權。」我則異於是,無可無不可。」

逸民は伯夷・叔斉・虞仲・夷逸・朱張・柳下恵・少連である。孔子が言われた。「その志を曲げず、その身を汚さなかったのは伯夷と叔斉であろう。」柳下恵と少連については「志を曲げ身を汚したが、言葉は道理にかない、行いは思慮にかなった。それだけのことだ」と言われ、虞仲と夷逸については「隠れ住んで遠慮なく物を言ったが、身は清らかさにかない、官を捨てたことは臨機の道にかなった」と言われた。「私はこの人たちとは違って、よいということもなく、よくないということもない。」

9楽人たちが散って去る

大師摯適齊,亞飯干適楚,三飯繚適蔡,四飯缺適秦。鼓方叔入於河,播鼗武入於漢,少師陽、擊磬襄入於海。

楽官長の摯は斉に行き、亜飯の干は楚に行き、三飯の繚は蔡に行き、四飯の缺は秦に行った。太鼓を打つ方叔は河内に入り、小鼓を振る武は漢中に入り、少師の陽と磬を打つ襄は海の島に入った。

10周公が魯公に言う

周公謂魯公曰:「君子不施其親,不使大臣怨乎不以。故舊無大故,則不棄也,無求備於一人。」

周公が魯公に言った。「君子は自分の親族を見捨てず、大臣に用いてもらえないと怨ませず、古くからの臣は大きな過ちがなければ捨てず、一人の人に何もかも備わっていることを求めない。」

11周の八人の士

周有八士:伯達、伯适、仲突、仲忽、叔夜、叔夏、季隨、季騧。

周に八人の士がいた。伯達・伯适・仲突・仲忽・叔夜・叔夏・季随・季騧である。