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史臣が言う論

南斉書 東南夷伝(南斉書に記された東夷・南夷の記録) 南齊書 東南夷傳 · 蕭子顕 · 537年頃(南朝・梁) · 段落 2 · 漢字 137字 · 朗読 0.5分

南斉書 東南夷伝(南斉書に記された東夷・南夷の記録) 全一巻 南斉が見た東夷と南夷。長寿王の死、加羅王荷知が初めて単独で立伝されたこと、百済の東城王(牟大)が北魏の騎兵数十万を破ったという表文が収められている。高麗伝の真ん中の一葉が欠けている事情までそのまま示した。

1史臣が言う

史臣曰:書稱「蠻夷猾夏」,蓋總而為言矣。至於南夷雜種,分嶼建國,四方珍怪,莫此為先,藏山隱海,瓌寶溢目。商舶遠屆,委輸南州,故交、廣富實,牣積王府。充斥之事差微,聲教之道可被。若夫用德以懷遠,其在此乎?

史臣が言う。『書経』に「蛮夷が夏を乱す」とあるのは、おおむねひとまとめにして言ったものである。南夷の雑多な種族となると、島を分けて国を建て、四方の珍しく奇なるものはこれに先立つものがなく、山に蔵し海に隠された美しい宝が目にあふれる。商いの船が遠くから着き、南州に積み送るので、交州と広州は富み満ちて、王府にうずたかく積まれる。侵し寄せてくる事はごく少なく、声教の道は及ぼすことができる。そもそも徳によって遠い者を懐けるとは、ここにあるのではないか。

2賛

贊曰:司、雍分壃,荊及衡陽。參錯州部,地有蠻方。東夷海外,碣石、扶桑。南域憬遠,極泛溟滄。非要乃貢,竝亦來王。

賛に言う。司州と雍州が境を分け、荊州および衡陽の地である。州と部が入り混じるところに蛮の地方がある。東夷は海の外、碣石と扶桑である。南の域ははるかに遠く、広い大海の果てまで浮かび行く。要服の地ではないのに貢ぎ、あわせてまた来て王に朝する。