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松島

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 奥の細道 · 松尾芭蕉 · 元禄15年(1702年)刊 · 1689年の旅 · 段落 5 · 漢字 582字 · 朗読 1.5分

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 全一巻 「月日は百代の過客であり、行き交う年もまた旅人です」 — 芭蕉が四十六歳で江戸を離れ、奥州と北陸を五か月かけて歩いた紀行文。夏草に武士たちの夢を見、岩にしみ入る蝉の声を聞き、一つ屋根の下に眠る遊女を萩と月に見立てる。散文が終わるところごとに俳句が一句置かれる。法顕・玄奘・慧超の求法記と並ぶ、この書斎のもう一つの道である。

1舟を借りて松島へ

日既に午に近し舟をかりて松島に渡る其間二里餘雄じまの礒につく

日はすでに正午近くです。舟を借りて松島に渡りました。その間は二里あまりで、雄島の磯に着きました。

2扶桑第一の景色

抑事ふりにたれど松島は扶桑第一の好風にして凡洞庭西湖をはぢず東南より海入て江の中三里浙江の潮をたゝゆ島々の數を盡して欹ものは天を指ふすものは波に圃匐あるは二重にかさなり三重にたゝみて左にわかれ右に連る負るあり抱あり兒孫を愛するがごとし松のみどり濃に枝葉汐風に吹たはめて屈曲をのづからためたるがごとし其けしき窅然として美人の顏を粧ちはやぶる神の昔大やまずみのなせるわざにや造化の天工いづれの人か筆を揮ひ詞をつくさん

今さらのことですが、松島は扶桑第一の好い景色で、おおよそ洞庭湖や西湖に恥じません。東南から海が入り込んで、湾の中は三里、浙江の潮をたたえています。

島々は数を尽くしがたく、そびえ立つものは天を指し、伏せるものは波に匍匐します。あるものは二重に重なり、三重に畳んで、左に分かれ右に連なります。負うものもあり、抱くものもあって、児孫をかわいがるようです。

松の緑は濃く、枝葉は潮風に吹きたわめられて、屈曲がおのずから矯められたようです。その景色は窅然として、美人が顔を装ったようです。遥かな神々の昔、大山祇のなさった業でしょうか。造化の天工を、どのような人が筆を振るって描き、言葉を尽くせるでしょうか。

夾注 2

にヲ落セシナラン

「海入て」は「に」を落としたのでしょう。

匍ノ誤リナリ

「圃匐」の「圃」は「匍」の誤りです。

3雄島の月

雄島がいそは地づつきて海に出たる島也雲居禪師の別室の跡坐禪の石など有りはた松の木陰に世をいとふ人もまれ〳〵見へ侍りて落穗松笠などうち烟たる艸の庵しづかにすみなしいかなる人ともしられずなから先懷敷立寄るほどに月海にうつりて晝のなかめ又改む江上にかへりて宿を求れば窓をひらき二階をつくりて風雲の中に旅寢するこそあやしき迄妙なる心地はせらるれ 松島や露に身をかれ時鳥曾良

雄島の磯は陸続きで海に出た島です。雲居禅師の別室の跡や、坐禅の石などがあります。また松の木陰に世を避けている人もまれに見えて、落穂や松笠などを焚いて煙の立つ草の庵に静かに住んでいました。どのような人とも知られませんが、まず懐かしい心がして近づいていくうちに、月が海に映って、昼の眺めがまた改まりました。

江上に帰って宿を求めると、窓を開いて二階に造った家なので、風雲の中で旅寝をすることになり、不思議なほど妙な心地がしました。

松島よ / 露に身を借りなさい 時鳥よ — 曾良

夾注 1

一本はトアリ

異本には「は」がもう一つあります。

4口を閉じて眠れない

予は口を閉て眠らんとしてねられず舊庵をわかるゝ時素堂松島の詩有原安適松がうら島の和歌を送らる袋をといてこよひの友とす且杉風濁子が發句あり

私は口を閉じて眠ろうとしましたが、眠れません。旧庵を離れるとき、素堂が松島の詩を、原安適が松がうら島の和歌を送ってくれました。袋を解いて今夜の友としました。それに杉風と濁子の発句もあります。

5瑞巌寺

十一日端岩寺に詣當寺三十二世のむかし眞壁の平四郞出家して入唐歸朝の後開山す雲居禪師の德化によりて七堂いから改りて金壁壯嚴光かゝやき佛土成就の大伽藍とはなれりける彼見佛聖の寺はいづくにやと慕はる

十一日、瑞巌寺に参詣しました。この寺の三十二世の昔、真壁の平四郎が出家して入唐し、帰朝の後に開山しました。雲居禅師の徳化によって七堂の瓦が改まり、金壁が荘厳に光り輝いて、仏土成就の大伽藍となりました。あの見仏聖の寺はどこだろうかと慕われます。