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月山・湯殿月山·湯殿

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 奥の細道 · 松尾芭蕉 · 元禄15年(1702年)刊 · 1689年の旅 · 段落 2 · 漢字 428字 · 朗読 1.1分

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 全一巻 「月日は百代の過客であり、行き交う年もまた旅人です」 — 芭蕉が四十六歳で江戸を離れ、奥州と北陸を五か月かけて歩いた紀行文。夏草に武士たちの夢を見、岩にしみ入る蝉の声を聞き、一つ屋根の下に眠る遊女を萩と月に見立てる。散文が終わるところごとに俳句が一句置かれる。法顕・玄奘・慧超の求法記と並ぶ、この書斎のもう一つの道である。

1月山 — 氷雪を踏んで八里

八日月山にのぼる木綿しめ身に引つけ寶冠に頭を包み强力といふ者に道びかれて雲霧山氣の中に氷雪をふんでのぼる事八里さらに日月の道の雲關に入かとあやしまれ息絕身凍へて頂上にいたれば日沒て月顯る笹を敷篠を枕として臥て明るを待つ日出で雲消ゆればゆどのに下る谷の坊に鍛冶小屋といふ有り此國のかぢ靈水を撰て潔齋して劔を打ち終に月山と銘を切て世に賞せらる彼龍泉に劔を淬とかや干將莫耶のむかしをしたふ道に堪能の執あさからぬ事しられたり

八日、月山に登りました。木綿のしめを身に引きつけ、宝冠で頭を包み、強力という者に導かれて、雲霧と山気の中、氷雪を踏んで登ること八里。これでは日月の道の雲の関に入るのかと怪しまれるほどで、息が絶え身が凍えて頂上に至ると、日が沈んで月が現れました。

笹を敷き、篠を枕として横になり、夜明けを待ちました。日が出て雲が消えると、湯殿へ下りました。

谷の坊に鍛冶小屋という所があります。この国の鍛冶が霊水を選んで潔斎し、剣を打って、ついに「月山」と銘を切って世に賞されています。あの龍泉で剣を淬(にら)いだとかいうことです。干将・莫耶の昔を慕うのですから、一つの道に堪能な人の執心が浅くないことが知られます。

夾注 1

一本撰てノ下こゝにトアリ

異本には「撰て」の下に「こゝに」があります。

2雪の下の遅桜、そして三山の句

岩に腰をかけてしばし休らふほど三尺ばかりなる櫻のつぼみ半開けるありふりつむ雪の下に埋れて春をわすれぬ遲ざくらの花の心わりなし炎天の梅花こゝにかほるがごとし行尊僧正のうたもこゝにおもひ出て猶まさりて覺ゆすべて此山中の微細行者の法式として他言する事を禁ずよりて筆をとゞめて記さず坊にかへれば阿闍梨の需に依て三山順禮の句々たんざくに書く 凉しさやほのみか月の羽黑山 雲のみね幾つくづれて月の山 語られぬ湯殿にぬらす袂哉 湯どの山錢ふむ道の泪哉曾良

岩に腰をかけてしばらく休む間に、三尺ほどの桜の蕾が半ば開いているのがありました。降り積む雪の下に埋もれても春を忘れない遅桜の花の心が、いじらしく思われます。「炎天の梅花」がここに香るようです。行尊僧正の歌もここで思い出されて、かえってまさって感じられました。

およそこの山中の細かな事は、行者の法式として他言することを禁じられています。ですから筆をとどめて記しません。坊に帰ると、阿闍梨の求めによって、三山順礼の句々を短冊に書きました。

涼しさよ / ほのかな三日月の羽黒山

雲の峰 / いくつ崩れて月の山となったのでしょう

語れない / 湯殿に濡らす袂よ

湯殿山 / 銭を踏んで行く道の涙よ — 曾良

夾注 2

一本句をトアリ

異本には「句を」とあります。

一本付すトアリ

異本には「付す」とあります。