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基臨尼師今

三国史記(三国時代の正史) 三國史記 · 金富軾(キム・ブシク)ほか · 1145年(高麗・仁宗23年) · 段落 8 · 漢字 151字 · 朗読 0.6分

三国史記(三国時代の正史) 新羅本紀 現存する最も古い韓国の歴史書。新羅・高句麗・百済の本紀と、志・表・列伝から成る。金富軾が随所に「論曰」として自らの評を付けているので、編者が何を疑い何を責めたかがそのまま残っている。

1基臨尼師今が即位する

基臨尼師今立,助賁尼師今之孫也。父乞淑伊飡,性寬厚,人皆稱之。

基臨尼師今が位に就いた。助賁尼師今の孫である。父は乞淑伊飡である。基臨は性質が寛やかで厚かったので、人はみな褒めた。

夾注 2

一云基立。

基立ともいう。

一云:乞淑,助賁之孫也。

乞淑は助賁の孫であるともいう。

2二年 — 長昕に兵馬の事を任せる

二年,春正月,拜長昕爲伊飡,兼知內外兵馬事。二月,祀始祖廟。

二年の春正月、長昕を伊飡とし、内外の兵馬の事を兼ねて司らせた。二月、始祖の廟に祭った。

3三年 — 倭国と使者を交わす

三年,春正月,與倭國交聘。二月,巡幸比列忽,親

三年の春正月、倭国と使者を交わした。二月、比列忽に行幸し、みずから

4三年 — 樂浪と帶方が服属してくる

問高年及貧窮者,賜穀有差。三月,至牛頭州,望祭太白山。樂浪、帶方兩國歸服。

年老いた者と貧しい者を見舞い、穀物を差をつけて与えた。三月、牛頭州に至り、太白山を望んで祭った。樂浪と帶方の二国が服属してきた。

5五年 — 旱

五年,春、夏旱。

五年の春と夏に旱があった。

6七年 — 地震

七年,秋八月,地震。泉湧。九月,京都地震,壞民屋有死者。

七年の秋八月、地が震え、泉が湧いた。九月、都に地震があり、民家が壊れて死んだ者があった。

7十年 — 国号をふたたび新羅とする

十年,復國號新羅。

十年、国号をふたたび新羅とした。

8十三年 — 王が死ぬ

十三年,夏五月,王寢疾彌留,赦內外獄囚。六月,王薨。

十三年の夏五月、王は病に臥して長く癒えなかったので、内外の獄の囚人を赦した。六月、王が亡くなった。