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法王

三国史記(三国時代の正史) 三國史記 · 金富軾(キム・ブシク)ほか · 1145年(高麗・仁宗23年) · 段落 3 · 漢字 71字 · 朗読 0.3分

三国史記(三国時代の正史) 百済本紀 現存する最も古い韓国の歴史書。新羅・高句麗・百済の本紀と、志・表・列伝から成る。金富軾が随所に「論曰」として自らの評を付けているので、編者が何を疑い何を責めたかがそのまま残っている。

1法王が即位する

法王,諱宣,惠王之長子。惠王薨,子宣,繼位。

法王は名を宣といい、惠王の長子である。惠王が亡くなって、子の宣が位を継いだ。

夾注 2

或云孝順。

孝順ともいう。

《隋書》以宣為昌王之子。

『隋書』では宣を昌王の子としている。

2元年 — 殺生を禁じる

冬十二月,下令:禁殺生,收民家所養鷹鷂,放之,漁獵之具焚之。

冬十二月、令を下して殺生を禁じ、民家で飼っている鷹と鷂を取り上げて放たせ、漁や狩りの道具を焼かせた。

3二年 — 王興寺を創る

二年,春正月,創王興寺,度僧三十人。大旱,王幸漆岳寺,祈雨。夏五月,薨。上諡曰法。

二年春正月、王興寺を創り、三十人が僧となることを許した。大きな旱があったので、王は漆岳寺に行幸して雨を祈った。夏五月、亡くなった。諡を上って法といった。