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色服

三国史記(三国時代の正史) 三國史記 · 金富軾(キム・ブシク)ほか · 1145年(高麗・仁宗23年) · 段落 23 · 漢字 1,768字 · 朗読 7.1分

三国史記(三国時代の正史) 雑志 現存する最も古い韓国の歴史書。新羅・高句麗・百済の本紀と、志・表・列伝から成る。金富軾が随所に「論曰」として自らの評を付けているので、編者が何を疑い何を責めたかがそのまま残っている。

1新羅の衣服の制度の由来

新羅之初,衣服之制,不可考色,至第二十三葉法興王,始定六部人服色尊卑之制,猶是夷俗,至眞德在位二年,金春秋入唐,請襲唐儀,太宗皇帝詔可之,兼賜衣帶,遂還來施行,以夷易華,文武王在位四年,又革婦人之服,自此已後,衣冠同於中國

新羅のはじめには、衣服の制度と色を考えることができない。第二十三代の法興王に至ってはじめて六部の人の服色で尊卑を分ける制度を定めたが、それでもなお夷の俗であった。

真德が位にあって二年に至り、金春秋が唐に入って唐の儀にならうことを請うと、太宗皇帝は詔して許し、あわせて衣と帯を賜った。そこで帰って施行し、夷のものを華のものに改めた。文武王が位にあって四年に、また婦人の服を改めたので、これより後は衣と冠が中国と同じになった。

2今の衣服もそのときの制度か

我太祖受命,凡國家法度,多因羅舊,則至今朝廷士女之衣裳,蓋亦春秋請來之遺制歟,臣三奉使上國,一行衣冠,與宋人無異,嘗入朝尙早,立紫宸殿門,一閤門員來問,何者是高麗人使,應曰,我是,則笑而去,又宋使臣劉逵吳拭來聘在館,宴次見鄕粧倡女,召來上陛,指闊袖衣色絲帶大裙,嘆曰,此皆三代之服,不擬尙行,於此,知今之婦人禮服,蓋亦唐之舊歟,新羅年代綿遠,文史缺落,其制不可僂數,但粗記其可見云爾

わが太祖が命を受けると、およそ国家の法度は新羅の旧いものに因ったものが多いので、それならば今の朝廷の士女の衣裳も、おそらくまた春秋が請うて来た遺制であろうか。

臣は三度上国に使いしたが、一行の衣と冠は宋の人と違いがなかった。かつて朝に入るのがまだ早く、紫宸殿の門に立っていたところ、一人の閤門の員が来て「どの方が高麗の人の使いか」と問うた。「わたしがそれである」と答えると、笑って去った。

また宋の使臣の劉逵と吳拭が訪問に来て館にいたとき、宴の席でこちらの装いをした妓女を見て、呼んで階に上らせ、広い袖の衣と色の糸の帯と大きな裳を指して嘆じた。「これはみな三代の服であるのに、まだここで行われているとは思いもよらなかった。」

これによって、今の婦人の礼服もおそらくまた唐の旧いものであると分かる。

新羅は年代が遥かに遠く、文と史が欠け落ちて、その制度を一つ一つ数えることができない。ただ見ることのできるものだけをあらあら記すだけである。

3法興王が定めた服の色

法興王制,自太大角干至大阿湌,紫衣,阿湌至級湌,緋衣並牙笏,大奈麻奈麻,靑衣,大舍至先沮知,黃衣

法興王が定めたところでは、太大角干から大阿湌までは紫の衣、阿湌から級湌までは緋の衣にあわせて牙の笏、大奈麻と奈麻は靑の衣、大舍から先沮知までは黄の衣とした。

4冠と纓

伊湌迊湌,錦冠,波珍湌大阿湌衿荷,緋冠,上堂大奈麻赤位大舍,組纓

伊湌と迊湌は錦の冠、波珍湌と大阿湌と衿荷は緋の冠、上堂の大奈麻と赤位の大舍は組の纓を用いる。

5興德王が下した教え

興德王卽位九年,太和八年,下敎曰,人有上下,位有尊卑,名例不同,衣服亦異,俗漸澆薄,民競奢華,只尙異物之珍寄,却嫌土産之鄙野,禮數失於逼僭,風俗至於陵夷,敢率舊章,以申明命,苟或故犯,國有常刑

興德王の即位九年、太和八年に、教えを下して言った。

「人には上下があり、位には尊卑があって、名と例が同じでないから、衣服もまた異なる。ところが俗は次第に薄くなり、民は競って奢り華やかにし、ただ他国の物の珍しいものだけを尚んで、かえって土地の産を鄙びて野しいと嫌っている。礼の数は僭上に失われ、風俗は衰え崩れるに至った。敢えて旧い章に従って明らかな命を申し述べるから、もし故意に犯す者があれば、国に常の刑がある。」

6真骨の男

眞骨大等,幞頭任意,表衣半臂袴並禁罽繡錦羅,腰帶禁硏文白玉,靴禁紫皮,靴帶禁隱文白玉,襪任用綾已下,履任用皮絲麻,布用二十六升已下

真骨の大等は、幞頭は意のままとし、表衣・半臂・袴にはあわせて罽・繡・錦・羅を禁じる。腰帯には磨いて文を出した白玉を禁じ、靴には紫の皮を禁じ、靴の帯には隠し文の白玉を禁じる。襪は綾以下を意のままに用い、履は皮・絲・麻を意のままに用い、布は二十六升以下を用いる。

7真骨の女

眞骨女,表衣禁罽繡錦羅,內衣半臂袴襪履並禁罽繡羅,裱禁罽及繡用金銀絲孔雀尾翡翠毛者,梳禁瑟瑟鈿玳瑁,釵禁刻鏤及綴珠,冠禁瑟瑟鈿,布用二十八升已下,九色禁赭黃

真骨の女は、表衣に罽・繡・錦・羅を禁じ、內衣・半臂・袴・襪・履にはあわせて罽・繡・羅を禁じる。裱には罽、および金銀の糸・孔雀の尾・翡翠の毛で繡したものを禁じる。梳には瑟瑟の鈿と玳瑁を禁じ、釵には刻み鏤めたものと珠を綴ったものを禁じ、冠には瑟瑟の鈿を禁じる。布は二十八升以下を用い、色は赭黃を禁じる。

8六頭品の男

六頭品,幞頭用繐羅絁絹布,表衣只用綿紬紬布,內衣只用小文綾絁絹布,袴只用絁絹綿紬布,帶只用烏犀鍮鐵銅,襪只用絁綿紬布,靴禁烏麋皺文紫皮,靴帶用烏犀鍮鐵銅,履只用皮麻,布用十八升已下

六頭品は、幞頭に繐羅・絁・絹・布を用い、表衣はただ綿紬・紬・布だけを用い、內衣はただ小さな文の綾と絁・絹・布だけを用いる。袴はただ絁・絹・綿紬・布だけを用い、帯はただ烏犀・鍮・鉄・銅だけを用い、襪はただ絁・綿紬・布だけを用いる。靴には烏い麋の皮と皺文の紫の皮を禁じ、靴の帯は烏犀・鍮・鉄・銅を用い、履はただ皮と麻だけを用い、布は十八升以下を用いる。

9六頭品の女

六頭品女,表衣只用中小文綾絁絹,內衣禁罽繡錦野草羅,半臂禁罽繡羅繐羅,袴禁罽繡錦羅繐羅金泥,裱禁罽繡錦羅金銀泥,褙襠短衣並禁罽繡錦羅布紡羅野草羅金銀泥,表裳禁罽繡錦羅繐羅野草羅金銀泥▩纈,䙅襻禁罽繡,內裳禁罽繡錦羅野草羅,帶禁以金銀絲孔雀尾翡翠毛爲組,襪袎禁罽羅繐羅,襪禁罽繡錦羅繐羅野草羅,履錦罽繡錦羅繐羅,梳禁瑟瑟鈿,釵禁純金以銀刻鏤及綴珠,冠用繐羅紗絹,布用二十五升已下,色禁赭黃紫紫粉金屑紅

六頭品の女は、表衣にただ中と小の文の綾と絁・絹だけを用い、內衣には罽・繡・錦・野草羅を禁じる。半臂には罽・繡・羅・繐羅を禁じ、袴には罽・繡・錦・羅・繐羅と金泥を禁じ、裱には罽・繡・錦・羅と金銀泥を禁じる。褙襠と短衣にはあわせて罽・繡・錦・羅・布紡羅・野草羅と金銀泥を禁じ、表裳には罽・繡・錦・羅・繐羅・野草羅と金銀泥・纈を禁じる。䙅と襻には罽と繡を禁じ、內裳には罽・繡・錦・羅・野草羅を禁じる。帯には金銀の糸・孔雀の尾・翡翠の毛で組んだものを禁じ、襪袎には罽・羅・繐羅を禁じ、襪には罽・繡・錦・羅・繐羅・野草羅を禁じ、履には罽・繡・錦・羅・繐羅を禁じる。梳には瑟瑟の鈿を禁じ、釵には純金と銀で刻み鏤めたものと珠を綴ったものを禁じ、冠には繐羅・紗・絹を用いる。布は二十五升以下を用い、色は赭黃・紫・紫粉・金屑・紅を禁じる。

10五頭品の男

五頭品,幞頭用羅絁絹布,表衣只用布,內衣半臂只用小文綾絁絹布,袴只用綿紬布,腰帶只用鐵,襪只用綿紬,靴禁烏麖皺文紫皮,靴帶只用鍮鐵銅,履用皮麻,布用十五升已下

五頭品は、幞頭に羅・絁・絹・布を用い、表衣はただ布だけを用い、內衣と半臂はただ小さな文の綾と絁・絹・布だけを用いる。袴はただ綿紬と布だけを用い、腰帯はただ鉄だけを用い、襪はただ綿紬だけを用いる。靴には烏い麖の皮と皺文の紫の皮を禁じ、靴の帯はただ鍮・鉄・銅だけを用い、履は皮と麻を用い、布は十五升以下を用いる。

11五頭品の女

五頭品女,表衣只用無文獨織,內衣只用小文綾,半臂禁罽繡錦野草羅繐羅,袴禁罽繡錦羅繐羅野草羅金泥,裱用綾絹已下,▩[褙]襠禁罽繡綿野草羅布紡羅金銀泥▩纈,短衣禁罽繡錦野草羅布紡羅繐羅金銀泥▩纈,表裳禁罽繡錦野草羅繐羅金銀泥▩纈,䙅襻禁罽繡錦羅,內裳禁罽繡綿野草羅金銀泥▩纈,帶禁以金銀絲孔雀尾翡翠毛爲組,襪袎禁罽繡錦羅繐羅,襪禁罽繡錦羅繐羅野草羅,履但用皮已下,梳用素玳瑁已下,釵用白銀已下,無冠,布用二十升已下,色禁赭黃紫紫粉黃屑紅緋

五頭品の女は、表衣にただ文のない獨織だけを用い、內衣はただ小さな文の綾だけを用いる。半臂には罽・繡・錦・野草羅・繐羅を禁じ、袴には罽・繡・錦・羅・繐羅・野草羅と金泥を禁じ、裱は綾・絹以下を用いる。褙襠には罽・繡・綿・野草羅・布紡羅と金銀泥・纈を禁じ、短衣には罽・繡・錦・野草羅・布紡羅・繐羅と金銀泥・纈を禁じる。表裳には罽・繡・錦・野草羅・繐羅と金銀泥・纈を禁じ、䙅と襻には罽・繡・錦・羅を禁じ、內裳には罽・繡・綿・野草羅と金銀泥・纈を禁じる。帯には金銀の糸・孔雀の尾・翡翠の毛で組んだものを禁じ、襪袎には罽・繡・錦・羅・繐羅を禁じ、襪には罽・繡・錦・羅・繐羅・野草羅を禁じる。履はただ皮以下を用い、梳は素の玳瑁以下を用い、釵は白銀以下を用い、冠はない。布は二十升以下を用い、色は赭黃・紫・紫粉・黃屑・紅・緋を禁じる。

12四頭品の男

四頭品,幞頭只用紗絁絹布,表衣袴只用布,內衣半臂只用絁絹綿紬布,腰帶只用鐵銅,靴禁烏麖皺文紫皮,靴帶只用鐵銅,履用牛皮麻已下,布用十三升已下

四頭品は、幞頭にただ紗・絁・絹・布だけを用い、表衣と袴はただ布だけを用い、內衣と半臂はただ絁・絹・綿紬・布だけを用いる。腰帯はただ鉄と銅だけを用い、靴には烏い麖の皮と皺文の紫の皮を禁じ、靴の帯はただ鉄と銅だけを用いる。履は牛の皮と麻以下を用い、布は十三升以下を用いる。

13四頭品の女

四頭品女,表衣只用綿紬已下,內衣只用小文綾已下,半臂袴只用小文綾絁絹已下,裱短衣只用絹已下,褙襠只用綾已下,表裳只用絁絹已下,䙅與裳同,襻用越羅,無內裳,帶禁繡組及野草羅乘天羅越羅,只用綿紬已下,襪袎只用小文綾已下,襪只用小文綾絁綿紬布,履用皮已下,梳用素牙角木,釵禁刻鏤綴珠及純金,無冠,布用十八升,色禁赭黃紫紫粉黃屑緋紅滅紫

四頭品の女は、表衣にただ綿紬以下だけを用い、內衣はただ小さな文の綾以下だけを用い、半臂と袴はただ小さな文の綾と絁・絹以下だけを用いる。裱と短衣はただ絹以下だけを用い、褙襠はただ綾以下だけを用い、表裳はただ絁・絹以下だけを用いる。䙅は裳と同じにし、襻は越羅を用い、內裳はない。帯には繡して組んだものと野草羅・乘天羅・越羅を禁じ、ただ綿紬以下だけを用いる。襪袎はただ小さな文の綾以下だけを用い、襪はただ小さな文の綾と絁・綿紬・布だけを用いる。履は皮以下を用い、梳は素の牙・角・木を用い、釵には刻み鏤めたものと珠を綴ったものと純金を禁じ、冠はない。布は十八升を用い、色は赭黃・紫・紫粉・黃屑・緋・紅・滅紫を禁じる。

14平人の男

平人,幞頭只用絹布,表衣袴只用布,內衣只用絹布,帶只用銅鐵,靴禁烏麖皺文紫皮,靴帶只用鐵銅,履用麻已下,布用十二升已下

平人は、幞頭にただ絹と布だけを用い、表衣と袴はただ布だけを用い、內衣はただ絹と布だけを用いる。帯はただ銅と鉄だけを用い、靴には烏い麖の皮と皺文の紫の皮を禁じ、靴の帯はただ鉄と銅だけを用いる。履は麻以下を用い、布は十二升以下を用いる。

15平人の女

平人女,表衣只用綿紬布,內衣只用絁絹綿紬布,袴用絁已下,表裳用絹已下,襻只用綾已下,帶只用綾絹已下,襪袎用無文,襪用絁綿紬已下,梳用素牙角已下,釵用鍮石已下,布用十五升已下,色與四頭品女同

平人の女は、表衣にただ綿紬と布だけを用い、內衣はただ絁・絹・綿紬・布だけを用い、袴は絁以下を用いる。表裳は絹以下を用い、襻はただ綾以下だけを用い、帯はただ綾・絹以下だけを用いる。襪袎は文のないものを用い、襪は絁・綿紬以下を用い、梳は素の牙・角以下を用い、釵は鍮石以下を用いる。布は十五升以下を用い、色は四頭品の女と同じである。

16高句麗と百済の衣服

高句麗百濟衣服之制,不可得而考,今但記見於中國歷代史書者

高句麗と百済の衣服の制度は考えることができないので、いまはただ中国の歴代の史書に見えるものだけを記す。

17『北史』にいう高句麗の衣服

北史云,高句麗人皆頭着折風,形如弁,士人加揷二鳥羽,貴者其冠曰蘇骨,多用紫羅爲之,飾以金銀,服大袖衫大口袴素皮帶黃革履,婦人裙襦加襈

『北史』に、高句麗の人はみな頭に折風をかぶり、形は弁のようで、士人はさらに鳥の羽二つを挿す。貴い者はその冠を蘇骨といい、紫の羅で作ったものが多く、金と銀で飾る。大袖の衫、口の大きな袴、素い皮の帯、黄の革の履をつけ、婦人は裙と襦に襈を加える、とある。

18『新唐書』にいう高句麗の衣服

新唐書云,高句麗王服五采,以白羅製冠,革帶皆金釦,大臣靑羅冠,次絳羅,珥兩鳥羽,金銀雜釦,衫筩褎,袴大口,白韋帶,黃革履,庶人衣褐,戴弁,女子首巾幗

『新唐書』に、高句麗の王は五彩の服をつけ、白い羅で冠を作り、革の帯にはみな金の釦をつける。大臣は靑い羅の冠、その次は絳の羅の冠をかぶり、鳥の羽二つを挿し、金と銀を混ぜて釦をつける。衫は筒の袖、袴は口が大きく、白い韋の帯に黄の革の履をはく。庶人は褐の衣をつけ、弁をかぶり、女子は頭に巾幗をつける、とある。

19『冊府元亀』にいう高句麗の衣服

冊府元龜云,高句麗,其公會皆錦繡,金銀以自飾,大加主簿皆着幘,如冠幘而無後,其小加着折風,形如弁

『冊府元亀』に、高句麗は公の会にはみな錦と繡の衣をつけ、金と銀で自らを飾る。大加と主簿はみな幘をかぶるが、冠幘のようで後ろがなく、その小加は折風をかぶり、形は弁のようである、とある。

20『北史』にいう百済の衣服

北史云,百濟衣服與高麗略同,若朝拜祭祀,其冠兩廂加翅,戎事則不,奈率已下,冠飾銀花,將德紫帶,施德皂帶,固德赤帶,季德靑帶,對德文督皆黃帶,自武督至剋虞皆白帶

『北史』に、百済の衣服は高句麗とほぼ同じである。もし朝拝や祭祀のときには、その冠の両脇に翅を加え、軍事のときにはしない。奈率以下は冠を銀の花で飾り、將德は紫の帯、施德は皂の帯、固德は赤の帯、季德は靑の帯、對德と文督はみな黄の帯、武督から剋虞まではみな白い帯を締める、とある。

21『隋書』にいう百済の衣服

隋書云,百濟自佐平至將德,服紫帶,施德皂帶,固德赤帶,季德靑帶,對德以下皆黃帶,自文督至剋虞皆白帶,冠制並同,唯奈率以上,飾以銀花

『隋書』に、百済は佐平から將德までは紫の帯、施德は皂の帯、固德は赤の帯、季德は靑の帯、對德以下はみな黄の帯、文督から剋虞まではみな白い帯を締める。冠の制度はあわせて同じであるが、ただ奈率以上だけは銀の花で飾る、とある。

22『唐書』にいう百済の衣服

唐書云,百濟其王服大袖紫袍靑錦袴烏羅冠,金花爲飾,素皮帶,烏革履,官人盡緋爲衣,銀花飾冠,庶人不得衣緋紫

『唐書』に、百済はその王が大袖の紫の袍と靑い錦の袴をつけ、烏い羅の冠をかぶって金の花で飾り、素い皮の帯と烏い革の履をつける。官人はみな緋を衣とし、銀の花で冠を飾り、庶人は緋と紫の衣をつけることができない、とある。

23『通典』にいう百済の衣服

通典云,百濟其衣服,男子略同於高麗,婦人衣似袍而袖微大

『通典』に、百済の衣服は、男子は高句麗とほぼ同じで、婦人の衣は袍に似ているが袖が少し大きい、とある。