いにしえの文 › 三国史記(三国時代の正史) › 列傳

居道

三国史記(三国時代の正史) 三國史記 · 金富軾(キム・ブシク)ほか · 1145年(高麗・仁宗23年) · 段落 1 · 漢字 106字 · 朗読 0.4分

三国史記(三国時代の正史) 列傳 現存する最も古い韓国の歴史書。新羅・高句麗・百済の本紀と、志・表・列伝から成る。金富軾が随所に「論曰」として自らの評を付けているので、編者が何を疑い何を責めたかがそのまま残っている。

1居道が馬の戯れで二国を滅ぼす

居道,失其族姓,不知何所人也,仕脫解尼師今,為干。時,于尸山國、居柒山國,介居隣境,頗為國患。居道為邊官,潛懷幷吞之志,每年一度,集群馬於張吐之野,使兵士騎之,馳走以為戱樂,時人稱為馬技。兩國人,習見之,以為新羅常事,不以為怪。於是,起兵馬,擊其不意,以滅二國。

居道は、その族と姓が伝わらず、どこの人かわからない。脱解尼師今に仕えて干となった。

そのころ于尸山国と居柒山国とが隣の境に挟まって在り、かなり国の患いとなっていた。居道は辺りの官となって、ひそかに二国を併せ呑む志を抱き、毎年一度、張吐の野に馬の群れを集め、兵にこれに乗らせて駆けさせ、戯れの楽しみとしたので、当時の人はこれを馬技と呼んだ。両国の人はこれを見慣れて、新羅の常の事だと思い、怪しまなかった。そこで兵馬を起こし、その不意を撃って二国を滅ぼした。