いにしえの文 › 三国史記(三国時代の正史) › 列伝
百結先生
三国史記(三国時代の正史) 列伝 現存する最も古い韓国の歴史書。新羅・高句麗・百済の本紀と、志・表・列伝から成る。金富軾が随所に「論曰」として自らの評を付けているので、編者が何を疑い何を責めたかがそのまま残っている。
1百結先生
百結先生,不知何許人。居狼山下,家極貧,衣百結若懸鶉,時人號為東里百結先生。嘗慕榮啓期之為人,以琴自隨,凡喜怒悲歡不平之事,皆以琴宣之。歲將暮,隣里舂粟,其妻聞杵聲曰:「人皆有粟舂之,我獨無焉,何以卒歲?」先生仰天嘆曰:「夫死生有命,富貴在天。其來也不可拒,其往也不可追。汝何傷乎?吾為汝,作杵聲以慰之。」乃鼓琴作杵聲,世傳之,名為碓樂。
百結先生は、どういう人かわからない。狼山の下に住んでいたが、家がたいそう貧しく、衣を百か所も繕って鶉を吊り下げたようであったので、当時の人は東里の百結先生と呼んだ。
かつて栄啓期の人柄を慕って、琴をいつも身に伴わせ、およそ喜び怒り悲しみ楽しみ、平らかでない事を、みな琴で述べた。
年が暮れようとするころ、隣の里で粟を搗いていたので、その妻は杵の音を聞いて言った。「人はみな粟があって搗くのに、私たちだけがありません。どうやって年を終えるのですか。」
先生は天を仰いで嘆いた。「死ぬも生きるも命があり、富貴は天にかかっている。来るものは拒めず、去るものは追えない。あなたはどうして心を痛めるのか。私はあなたのために、杵の音を作って慰めよう。」
そして琴を弾いて杵の音を作ったので、世に伝わって名を碓楽といった。