いにしえの文 › 山海経(山と海の彼方を記した経) › 山経・東山経

東山経 第四東次四經

山海経(山と海の彼方を記した経) 山海經 · 作者未詳 · 郭璞 注 · 戦国〜前漢(注は4世紀) · 段落 10 · 漢字 566字 · 朗読 2.3分

山海経(山と海の彼方を記した経) 山経・東山経 山の彼方と海の外の国々を記した最も古い地理書であり、神話の蔵である。一人が作ったものではなく、戦国時代から漢まで多くの手を経てできあがり、4世紀に郭璞が注を付けた。九尾の狐、精衛、夸父、刑天、西王母はみなここから出た。「東海の内、北海の隅に国があり、その名を朝鮮という」 — 朝鮮という名が残る最も早い記録の一つがこの書にある。

又《東次四經》之首,曰北號之山,臨于北海。有木焉,其狀如楊,赤華,其實如棗而無核,其味酸甘,食之不瘧。食水出焉,而東北流注于海。有獸焉,其狀如狼,赤首鼠目,其音如豚,名曰猲狙,是食人。有鳥焉,其狀如雞而白首,鼠足而虎爪,其名曰鬿雀,亦食人。

また『東次四経』の初めは北号山である。北の海に臨んでいる。ここに木があって、形はやなぎのようで花が赤く、その実はなつめのようだが種がない。その味は酸く甘く、これを食べるとおこりの病にかからない。食水がここから出て、東北へ流れて海に注ぐ。ここに獣がいて、形は狼のようで頭が赤く、目は鼠である。その声は豚のようで、名を猲狙といい、人を食う。ここに鳥がいて、形は鶏のようで頭が白く、足は鼠、爪は虎である。その名を鬿雀といい、これもまた人を食う。

又南三百里,曰旄山,無草木。蒼體之水出焉,而西流注于展水。其中多鱃魚,其狀如鯉而大首,食者不疣。

さらに南へ三百里行くと旄山である。草木がない。蒼体の水がここから出て、西へ流れて展水に注ぐ。その水には鱃魚が多く、形はこいのようで頭が大きい。これを食べた者はいぼができない。

又南三百二十里,曰東始之山,上多蒼玉。有木焉,其狀如楊而赤理,其汁如血,不實,其名曰𦬊,可以服馬,泚水出焉,而東北流注于海,其中多美貝,多茈魚,其狀如鮒,一首而十身,其臭如蘪蕪,食之不䊧。

さらに南へ三百二十里行くと東始山である。上には青い玉が多い。ここに木があって、形はやなぎのようで木目が赤く、その汁は血のようで、実を結ばない。その名を𦬊といい、馬を馴らすことができる。泚水がここから出て、東北へ流れて海に注ぐ。その水には美しい貝が多く、茈魚が多い。形はふなのようで、頭が一つで体が十ある。その匂いは蘪蕪のようで、これを食べると下痢をしない。

又東南三百里,曰女烝之山,其上無草木。石膏水出焉,而西注于鬲水,其中多薄魚,其狀如鱣魚而一目,其音如歐,見則天下大旱。

さらに東南へ三百里行くと女烝山である。その上には草木がない。石膏水がここから出て、西へ鬲水に注ぐ。その水には薄魚が多く、形は鱣魚のようで目が一つである。その声は吐く声のようで、これが現れると天下に大きな旱が起こる。

又東南二百里,曰欽山,多金玉而無石。師水出焉,而北流注于皋澤,其中多鱃魚,多文貝。有獸焉,其狀如豚而有牙,其名曰當康,其鳴自叫,見則天下大穰。

さらに東南へ二百里行くと欽山である。金と玉が多く、石がない。師水がここから出て、北へ流れて皋沢に注ぐ。その水には鱃魚が多く、文の入った貝が多い。ここに獣がいて、形は豚のようできばがある。その名を当康といい、その鳴く声は自分の名を呼ぶものである。これが現れると天下に大豊作となる。

又東南二百里,曰子桐之山,子桐之水出焉,而西流注于餘如之澤。其中多䱻魚,其狀如魚而鳥翼,出入有光,其音如鴛鴦,見則天下大旱。

さらに東南へ二百里行くと子桐山である。子桐の水がここから出て、西へ流れて余如の沢に注ぐ。その水には䱻魚が多く、形は魚のようで翼が鳥である。出入りするときに光があり、その声はおしどりのようである。これが現れると天下に大きな旱が起こる。

又東北二百里,曰剡山,多金玉。有獸焉,其狀如彘而人面,黃身而赤尾,其名曰合窳,其音如嬰兒。是獸也,食人,亦食蟲蛇,見則天下大水。

さらに東北へ二百里行くと剡山である。金と玉が多い。ここに獣がいて、形は豚のようで顔が人である。体が黄色く尾が赤く、その名を合窳という。その声は赤子のようである。この獣は人を食い、虫や蛇も食う。これが現れると天下に大水が出る。

又東北二百里,曰太山,上多金玉、楨木。有獸焉,其狀如牛而白首,一目而蛇尾,其名曰蜚,行水則竭,行草則死,見則天下大疫。鉤水出焉,而北流注于勞水,其中的鱃魚。

さらに東北へ二百里行くと太山である。上には金と玉、楨の木が多い。ここに獣がいて、形は牛のようで頭が白く、目が一つ、尾が蛇である。その名を蜚という。水を行けば水が涸れ、草を行けば草が死ぬ。これが現れると天下に大きな疫病が広がる。鉤水がここから出て、北へ流れて労水に注ぐ。その水には鱃魚がいる。

凡《東次四經》之首,自北號之山至于太山,凡八山,一千七百二十里。

およそ『東次四経』の初めは北号山から太山まで、全部で八つの山、千七百二十里である。

右東經之山誌,凡四十六山,萬八千八百六十里。

以上は東経の山々を記したもので、全部で四十六の山、一万八千八百六十里である。