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東扶余東扶餘
三国遺事(三国時代の遺聞集) 紀異 第1 高麗の僧・一然が編んだ三国時代の説話集。正史が捨てた話を集めている。檀君神話を載せる最も古い書物である。
1お前はここを避けよ
東扶餘北扶餘王解夫婁之相阿蘭弗夢天帝降而謂曰,“將使吾子孫立國於此,汝其避之〔謂東明将興之兆也.〕.東海之濵有地名迦葉原,土壌膏腴冝立王都.”阿蘭弗勸王移都於彼,國號東扶餘.
東扶余。
北扶余王の解夫婁の宰相である阿蘭弗の夢に、天帝が降りてきて言った。
「これからわが子孫にここで国を立てさせるつもりだから、お前はここを避けよ。〔東明がこれから興る兆しをいったのである。〕
東海のほとりに迦葉原という地があり、土が肥えていて王都を立てるのによい。」
阿蘭弗が王に勧めてそこへ都を移し、国号を東扶余とした。
夾注 1
謂東明将興之兆也.
東明がこれから興る兆しをいったのである。
2石の下にいた金色のかえるの形の子
夫婁老無子一日祭山川求嗣,所乗馬至鯤淵見大石相對俠流,王怪之使人轉其石有小児金色蛙形.王喜曰“此乃天賚我令胤乎”.乃收而飬之名曰金蛙.及其長為太子,夫婁薨金蛙嗣位爲王.次傳位于太子帶素,至地皇三年壬午髙麗王無恤伐之殺王帶素,國除.
解夫婁は年老いても子がなく、ある日山川に祭って跡継ぎを求めた。
乗っていた馬が鯤淵に至り、大きな石に向かって涙を流した。
王は怪しんで人に命じてその石を転がさせると、幼い子がいて、金色でかえるの形をしていた。
王は喜んで言った。「これは天がわたしに授けてくれた立派な子であろうか。」
そこで引き取って育て、名を金蛙とした。
成長して太子となり、解夫婁が死ぬと金蛙が位を継いで王となった。
次に太子の帯素に位を伝えたが、地皇三年壬午に至って高句麗王の無恤が攻めて王帯素を殺し、国は滅んだ。
夾注 1
底本は「俠流」だが「涙流」の誤りと見る。 ― 訳者