景徳王と忠談師と表訓大徳景德王·忠談師·表訓大德
1三月三日、楼で出会った僧
景徳王忠談師表訓大徳徳經等大王備禮受之.王御國二十四年,五岳三山神等時或現侍扵殿庭.三月三日王御敀正門楼上謂左右曰,“誰能途中得一貟榮服僧來.”扵是適有一大徳威儀鮮潔徜徉而行.左右望而引見之,王曰“非吾所謂榮僧也.”退之.更有一僧被衲衣負櫻筒〔一作荷簣〕從南而來.王喜見之邀致樓上視其筒中,盛茶具已.曰“汝爲誰耶.”僧曰“忠談”,曰“何所歸來.”僧曰“僧每重三重九之日,烹茶饗南山三花嶺彌勒世尊,今兹旣献而還矣.”王曰“寡人亦一甌茶有分乎.”僧乃煎茶献之,茶之氣味異常甌中異香郁烈.
景徳王と忠談師と表訓大徳。
『道徳経』などを大王が礼を整えて受け取った。
王が国を治めて二十四年、五岳と三山の神々が時おり宮殿の庭に現れて侍った。
三月三日、王は帰正門の楼の上に出て、左右の者に言った。
「誰か道で身なりの立派な僧を一人連れて来られる者はいないか。」
そこへちょうど大徳の一人がいて、姿かたちが清らかで立派なまま、ぶらぶらと歩いて通り過ぎた。
左右の者が見かけて招き入れて見せると、王は言った。「わたしの言う立派な僧ではない。」そして退けた。
また一人の僧がいて、継ぎあてした衣を着て桜の木の筒を〔もっこを担いだとも言う。〕背負い、南から来た。
王は喜んで迎え、楼の上に招き入れてその筒の中を見ると、茶の道具が入っているだけであった。
「そなたは誰か。」
僧は言った。「忠談です。」
「どこから来たのか。」
僧は言った。「わたしは毎年、三月三日と九月九日に茶を煮て、南山の三花嶺の弥勒世尊に差し上げます。今日もすでに差し上げて帰る途中です。」
王は言った。「わたしにも茶一杯をいただく分があるだろうか。」
僧がそこで茶を煮て差し上げると、茶の香りと味は並みではなく、茶碗の中に不思議な香りが濃く立った。
夾注 1
一作荷簣
もっこを担いだとも言う。
2君は父であり、臣は母である
王曰“朕甞聞師讃耆婆郎詞腦歌其意甚髙,是其果乎.”對曰“然”王曰“然則爲朕作理安民歌.”僧應時奉勑歌呈之王佳之封王師焉,僧再拜固辝不受.安民歌曰君隱父也,臣隠愛賜尸母史也,支民焉狂尸恨阿孩古爲賜尸知,民是愛尸知古如.窟理叱大肹生以支所音物生,此肹喰惡支治良羅.此地肹捨遣只扵冬是去扵丁爲尸知,國惡攴持以支知古如.後句君如臣多支民隠如爲内尸等焉,國惡太平恨音叱如.讃耆婆郎歌曰.咽嗚爾處米,露曉邪隠月羅理,白雲音逐于浮去隠安攴下.沙是八陵隠汀理也中,耆郎矣皃史是史藪邪.逸烏川理叱磧惡希,郎也持以攴如賜烏隠,心未際叱肹逐内良齊.阿耶,栢史叱枝次髙攴好,雪是毛冬乃乎尸花判也.
王は言った。「わたしはかつて、師が作った「讃耆婆郎」の詞脳歌はその意がとても高いと聞いたが、はたしてそうか。」
答えた。「そうです。」
王は言った。「それならわたしのために民を治めて安らかにする歌を作ってくれ。」
僧はその場で命を受けて歌を作って捧げた。王はそれを立派だと思い、王師に封じた。
僧は二度拝して、固く辞して受けなかった。
「安民歌」はこうである。
⟪郷歌⟫
君隱父也 臣隠愛賜尸母史也 支民焉狂尸恨阿孩古爲賜尸知 民是愛尸知古如 窟理叱大肹生以支所音物生 此肹喰惡支治良羅 此地肹捨遣只扵冬是去扵丁爲尸知 國惡攴持以支知古如 後句 君如臣多支民隠如爲内尸等焉 國惡太平恨音叱如
「讃耆婆郎歌」はこうである。
⟪郷歌⟫
咽嗚爾處米 露曉邪隠月羅理 白雲音逐于浮去隠安攴下 沙是八陵隠汀理也中 耆郎矣皃史是史藪邪 逸烏川理叱磧惡希 郎也持以攴如賜烏隠 心未際叱肹逐内良齊 阿耶 栢史叱枝次髙攴好 雪是毛冬乃乎尸花判也
3娘を息子に換えれば国が危うくなる
王玉莖長八寸.無子廢之,封沙梁夫人.後妃滿月夫人謚景垂大后,依忠角干之女也.王一日詔表訓大徳曰,“朕無祐不獲其嗣,願大徳請扵上帝而有之.”訓上告扵天帝還來奏云,“帝有言,求女即可,男即不冝.”王曰“願轉女成男.”訓再上天請之,帝曰“可則可矣,然爲男則國殆矣.”訓欲下時,帝又召曰“天與人不可乱,今師徃來如隣里漏洩天機,今後冝更不通.”訓來以天語諭之,王曰“國雖殆,得男而爲嗣足矣.”
王は玉茎の長さが八寸であった。子がないので王妃を退け、沙梁夫人に封じた。
後の王妃の満月夫人は、諡が景垂大后で、依忠角干の娘である。
王はある日、表訓大徳に詔を下した。「わたしには福がなく、跡を継ぐ子を得られない。願わくは大徳、上帝に請うて得られるようにしてほしい。」
表訓は天帝のもとへ上って申し上げ、帰ってきて言った。「上帝は、娘を求めるならよいが、息子はふさわしくないと仰せになりました。」
王は言った。「願わくは娘を息子に換えてほしい。」
表訓がまた天に上って請うと、上帝は言った。「できることはできるが、息子にすれば国が危うくなるだろう。」
表訓が下りようとするとき、上帝はまた呼んで言った。
「天と人は乱してはならない。いま師が往き来することが隣村へ通うようで、天の機密を漏らしている。これからは二度と通ってはならない。」
表訓が来て天の言葉を伝えて諭すと、王は言った。
「国が危うくなろうとも、息子を得て跡を継がせられれば十分だ。」
4表訓の後、聖人は生まれなかった
扵是滿月王后生太子王喜甚.至八歳王崩太子即位,是爲惠恭大王.㓜冲故大后臨朝政條不理,盗賊蜂起不遑備禦,訓師之說験矣.小帝旣女爲男,故自期晬至扵登位常爲婦女之戱,好佩錦囊,與道流爲戱.故國有大乱,修爲宣徳與金良相所弑.自表訓後聖人不生扵新羅云.
こうして満月王后が太子を産み、王はたいそう喜んだ。
八歳になったとき王が世を去り、太子が即位した。これが恵恭大王である。
幼い年であったので太后が朝廷に臨んだが、政が治まらず、盗賊が蜂のように起こって防ぎきれなかった。表訓法師の言葉が当たったのである。
幼い帝はもともと娘から息子になったので、一歳の祝いから王位に就くまで、いつも女の遊びをし、錦の袋を腰に下げるのを好み、道流と交わって遊んだ。
そのため国に大きな乱があり、ついに宣徳王と金良相に殺された。
表訓の後、新羅に聖人は生まれなかったという。